スプリングフィールド (オレゴン州)

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スプリングフィールド
City of Springfield
SpringfDepot.JPG
サザン・パシフィック鉄道のスプリングフィールド駅
位置
オレゴン州におけるレーン郡(上図)およびスプリングフィールドの位置の位置図
オレゴン州におけるレーン郡(上図)およびスプリングフィールドの位置
座標 : 北緯44度3分11秒 西経122度59分28秒 / 北緯44.05306度 西経122.99111度 / 44.05306; -122.99111
歴史
1885年
行政
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
  オレゴン州の旗 オレゴン州
  レーン郡
スプリングフィールド
City of Springfield
市長 クリスティーヌ・ルンドバーグ[1]
地理
面積  
  域 37.3 km2 (14.4 mi2)
    陸上   37.3 km2 (14.4 mi2)
    水面   0.0 km2 (0.0 mi2)
      水面面積比率     0.0%
標高 138.4 m (454 ft)
人口
人口 (2010年現在)
  域 59,403人
    人口密度   1417.4人/km2(3670.7人/mi2
その他
等時帯 太平洋標準時 (UTC-8)
夏時間 太平洋夏時間 (UTC-7)
公式ウェブサイト : City of Springfield

スプリングフィールド: Springfield)は、アメリカ合衆国オレゴン州レーン郡に位置する都市である[2]ウィラメットバレー南部に位置し、ユージーン・スプリングフィールド都市圏に属している。この都市圏の中では州間高速道路5号線を隔てて西にあるユージーン市の次に人口の多い都市である。2010年国勢調査での人口は59,403人である[3]

開拓者ブリッグス家が1848年にこの地域に到着したのが始まりだった。1885年には市制を布いた。市名は現在の市域内にある草原すなわちプレーリーにある自然の泉に因んで名付けられた。市の経済は昔から資源依存型だったが、1990年代以降は現在市内最大の雇用主であるピースヘルスができて多様化された。市内の公共教育はスプリングフィールド教育学区が管轄している。市の出身者として最も有名な者は『カッコーの巣の上で』の作家ケン・キージーである。

歴史[編集]

スプリングフィールドの町はエリアス・ブリッグスとメアリー・ブリッグスの一家が1848年に到着した時から開拓された。彼等はクラマス湖を過ぎてカスケード山脈を越え、ローグバレーから北のウィラメットバレーに入ってくるという、いわゆる「南ルート」を通ってこの地域に来た最初の隊に混じっていた[4]。エリアスはウィリアム・スティーブンスと共に、近くのウィラメット川で渡し船を運航した。

土地の登記記録に拠れば、スティーブンスが1847年10月にスプリングフィールドに到着して最初に権利を登録した開拓者となっている。スティーブンスは年長の息子3人と共に家の建設を初め、それが12月に完成すると、クリスマスの日に家族の残りが合流した。

スプリングフィールド近郷に到着したもう一人の開拓者はフェリックス・スコット・シニア大尉であり、1847年にマッケンジー川とウィラメット川の間に入植した。

1854年スプリングフィールド教育学区第19号が結成された。南7番通りとB通りの角近くに小さな校舎が建設された。この学校は1880年代まであった。ペンシルベニア州から来た若い女性のアグネス・スチュワートが最初の教師になった。彼女は1853年のロストワゴン・トレインによってスプリングフィールドに到着していた。

1871年、オレゴン・カリフォルニア鉄道の本線がスプリングフィールドを迂回してユージーンに通った。ユージーンの著名事業家の集団が、鉄道の資本家ベン・ホラデイに4万ドルを払い、ウィラメット川を渡る地点をスプリングフィールドではなくハリスバーグの近くにさせた。この時から両市のライバル関係が始まり今日に続いている。

スプリングフィールドの町は1885年に市制を布いた。町の鍛冶屋アルバート・ウォーカーが初代市長になった。

オレゴン市民同盟の運動が行われた後の1992年5月、スプリングフィールド市はその市民憲章に反LGBT条令を入れたことではアメリカ合衆国で最初の都市になった[5]。しかしその後成立した州法で反LGBT条令を執行してはならないものとされた[6]

経済[編集]

スプリングフィールド市の経済は長年製材業に依存してきており、最大の雇用主はウェアーハウザー社だった。ウェアーハウザー社は1949年にスプリングフィールドにその工場を開設して積極的に事業展開したが、老齢樹の材料が入手し難くなって事業縮小を強いられた。1990年代に製材とベニア板工場が閉鎖され、製紙工場は縮小された。現在の市はより多様化された経済を開発中であり、最大雇用主は近年に新しい病院であるセイクリッドハート・リバーベンド医療センター、マッケンジー・ウィラメット医療センターおよびピースヘルス研究所を開設したピースヘルスとなっている。

ケン・キージーの兄弟であるチャックとその妻スーが1960年にスプリングフィールド・クリーマリーを起業し、ナンシー・ハムレンのレシピを使って開発した基幹商品「ナンシーのヨーグルト」の売上げが寄与したこともあって今日まで事業を継続している。1970年代、この乳製品製造所は、ロックバンドの「グレイトフル・デッド」が10回連続の慈善コンサートを開催したことのお陰で破産の危機を回避した。

スプリングフィールド市はハシバミヘーゼルナッツ)の果樹園に囲まれている。果樹園が住宅地に転換されるにつれてその生産量は減少してきた。近年まで市は夏祭りとして毎年8月初旬にハシバミ祭を後援してきており、音楽、食事および家族向け行事が行われていた。この行事は2007年に主たるスポンサーが降りたことで中断され、将来再開されるかは不確実になっている。ハシバミの収穫は10月に行われ、ウィラメットバレーだけで全米生産量の98%を生産している[7]

医療[編集]

市内にはマッケンジー・ウィラメット医療センターおよびピースヘルスのセイクリッドハート・リバーベンド医療センターという2つの総合病院がある。

市政府[編集]

スプリングフィールド市は市政委員会・シティマネジャー方式を採用している。現市長はクリスティーヌ・ルンドバーグであり[1]、現シティマネジャーはジーノ・グリマルディである[8]。市政委員会は6つの選挙区から選ばれた委員で構成されている[9]

公衆安全[編集]

市の治安はスプリングフィールド警察署が担当している[10]。スプリングフィールド消防救急部は資産と人命を守り、市民の環境を保護している。

地理[編集]

ゲイトウェイ・モール

スプリングフィールドは北緯44度3分11秒 西経122度59分28秒 / 北緯44.05306度 西経122.99111度 / 44.05306; -122.99111座標: 北緯44度3分11秒 西経122度59分28秒 / 北緯44.05306度 西経122.99111度 / 44.05306; -122.99111に位置する[11]アメリカ合衆国国勢調査局に拠れば、市域全面積は14.4平方マイル (37.3 km2)であり、全て陸地である。標高は454フィート (138.4 m) である。 マッケンジー川が市境北側を通っている。

地区[編集]

市内に公式の地区指定は無いが、非公式の地区は以下の通りである。

  • ゲイトウェイ地域
  • グレンウッド
    • スプリングフィールド・ジャンクション
  • ノーススプリングフィールド
  • サーストン
  • ウォッシュバーン歴史地区、国立歴史史跡に指定

人口動態[編集]

人口推移
年度 人口
1860 198
1870 200 1.0%
1880 160 −20.0%
1890 371 131.9%
1900 353 −4.9%
1910 1,838 420.7%
1920 1,855 0.9%
1930 2,364 27.4%
1940 3,805 61.0%
1950 10,807 184.0%
1960 19,616 81.5%
1970 27,047 37.9%
1980 41,624 53.9%
1990 44,683 7.3%
2000 52,864 18.3%
2010 59,403 12.4%
source:[3][12][13]

以下は2000年の国勢調査による人口統計データである。

基礎データ

  • 人口: 52,864人
  • 世帯数: 20,514世帯
  • 家族数: 13,477家族
  • 人口密度: 1,417.4人/km2(3,670.7人/mi2
  • 住居数: 21,500軒
  • 住居密度: 576.5軒/km2(1,492.9軒/mi2

人種別人口構成

年齢別人口構成

  • 18歳未満: 27.2%
  • 18-24歳: 11.1%
  • 25-44歳: 31.4%
  • 45-64歳: 19.9%
  • 65歳以上: 10.3%
  • 年齢の中央値: 32歳
  • 性比(女性100人あたり男性の人口)
    • 総人口: 95.8
    • 18歳以上: 92.5

世帯と家族(対世帯数)

  • 18歳未満の子供がいる: 35.3%
  • 結婚・同居している夫婦: 45.7%
  • 未婚・離婚・死別女性が世帯主: 14.3%
  • 非家族世帯: 34.3%
  • 単身世帯: 25.4%
  • 65歳以上の老人1人暮らし: 7.8%
  • 平均構成人数
    • 世帯: 2.55人
    • 家族: 3.03人

収入[編集]

収入と家計

  • 収入の中央値
    • 世帯: 33,031米ドル
    • 家族: 38,399米ドル
    • 性別
      • 男性: 30,973米ドル
      • 女性: 22,511 米ドル
  • 人口1人あたり収入: 15,616米ドル
  • 貧困線以下
    • 対人口: 17.9%
    • 対家族数: 14.8%
    • 18歳未満: 23.5%
    • 65歳以上: 9.8%

芸術と文化[編集]

図書館[編集]

スプリングフィールド公共図書館は市役所の中にあり、スプリングフィールド市民の用に供している[14]

催事場[編集]

スプリングフィールド中心街メインストリートにあるリチャード・E・ウィルディッシュ・コミュニティシアターは、昔のマッケンジー劇場を全面的に改装したものであり、2006年12月に再開された。観客席数は284席であり、音楽演奏会やリサイタル、ダンス、劇、祝祭行事および小さなミュージカルのために設計されている。スプリングフィールド・ルネッサンス開発会社が改修計画を推進し310万ドルを掛けて完成させた。

教育[編集]

スプリングフィールド教育学区には小学校15校、中学校5校、高校4校があり、州内でも最大級の教育学区になっている[15][16]。生徒数最大の高校はサーストン高校とスプリングフィールド高校である。パイオニア・パシフィック・カレッジがスプリングフィールド市ゲイトウェイ地区にキャンパスを構えている[17]

著名な住人[編集]

著作家のケン・キージーは幼い頃にスプリングフィールドに引っ越してきて、スプリングフィールド高校を卒業し、近くのオレゴン大学に進んだ。何年間かの放浪(その様子はトム・ウルフの『The Electric Kool-Aid Acid Test』(『クール・クール LSD交感テスト』)に詳しい)後、プレザントヒルの近くで農園を購入し、2001年に死ぬ時まで地元の著名人だった。

その他、市の出身者には以下の者がいる。

大衆文化の中で[編集]

テレビアニメ『ザ・シンプソンズ』の作者マット・グレイニングがスプリングフィールド市に「オレゴン州スプリングフィールド、真のスプリングフィールドにハロー」と書かれた銘板を送った。このアニメのファンの多くは中で言及されるスプリングフィールドがオレゴン州のスプリングフィールドだと信じている。何故ならばグレイニングがオレゴン州(ポートランド)の出身だからである。

2007年、スプリングフィールド市は国内の16有るスプリングフィールド市の一つとして映画『ザ・シンプソンズ MOVIE』の封切り場所を選ぶ投票で第3位を獲得した[18]

脚注[編集]

  1. ^ a b Palmer, Susan (2010年12月7日). “Lundberg selected Springfield mayor”. The Register-Guard (Eugene, Ore.). http://special.registerguard.com/csp/cms/sites/web/news/cityregion/25637008-57/mayor-lundberg-council-springfield-vote.csp 2010年12月8日閲覧。 
  2. ^ Find a County, National Association of Counties, http://www.naco.org/Counties/Pages/FindACounty.aspx 2011年6月7日閲覧。 
  3. ^ a b American FactFinder: Oregon population, U.S. Census Bureau, http://factfinder2.census.gov/faces/tableservices/jsf/pages/productview.xhtml?pid=DEC_10_PL_GCTPL2.ST13&prodType=table 2011年3月3日閲覧。 
  4. ^ Early History of Springfield, Oregon, City of Springfield, http://www.ci.springfield.or.us/history.htm 2011年9月12日閲覧。 
  5. ^ Oregon to vote on plan to allow bias against gays. Conservative group forces a referendum, The Baltimore Sun, (1992-08-16), http://articles.baltimoresun.com/1992-08-16/news/1992229021_1_homosexuals-oregon-mabon/2 2011年4月10日閲覧, "The campaign was used successfully by Mr. Mabon's group in May, when the Oregon town of Springfield voted, by 55 percent to 45 percent, to become the nation's first municipality to include anti-gay language in its city charter." 
  6. ^ Neville, Paul (1995-04-13), “Appeals court deals setback to gay rights foes”, Eugene Register-Guard (Eugene, Oregon): 1, http://news.google.com/newspapers?id=zHAVAAAAIBAJ&sjid=7eoDAAAAIBAJ&pg=2905,3081538 2011年4月10日閲覧, "The Oregon Court of Appeals upheld a state law Wednesday that bars cities and counties from enforcing anti-gay rights ordinances." 
  7. ^ [1] uga.edu
  8. ^ Springfiled City Manager's Office, http://www.ci.springfield.or.us/dept_cmo.htm 2011年9月12日閲覧。 
  9. ^ City Council and Wards, City of Springfield, Oregon, http://www.ci.springfield.or.us/council.htm 2011年9月12日閲覧。 
  10. ^ SPD Website, http://www.ci.springfield.or.us/Police/home.html 2011年9月12日閲覧。 
  11. ^ US Gazetteer files: 2010, 2000, and 1990, United States Census Bureau, (2011-02-12), http://www.census.gov/geo/www/gazetteer/gazette.html 2011年4月23日閲覧。 
  12. ^ Moffatt, Riley. Population History of Western U.S. Cities & Towns, 1850-1990. Lanham, Maryland: Scarecrow, 1996, 216.
  13. ^ (CSV) Subcounty population estimates: Oregon 2000-2007, United States Census Bureau, Population Division, (2009-03-18), http://www.census.gov/popest/cities/files/SUB-EST2007-41.csv 2009年4月29日閲覧。 
  14. ^ SPL Downtown City Hall., http://www.ci.springfield.or.us/library/ 2011年9月12日閲覧。 
  15. ^ SPS, http://www.sps.lane.edu/1577101121196317/site/default.asp 
  16. ^ SPS- Homepage.”. 2011年9月12日閲覧。
  17. ^ PPC, http://www.pioneerpacific.edu/ 2011年9月12日閲覧。 
  18. ^ Staff Writer. "Springfields Vie For "Simpsons" Premiere." CBS News. March 9, 2007. Retrieved on March 9, 2007.

外部リンク[編集]