コーンウォール語
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| コーンウォール語 Kernewek, Kernowek, Curnoack |
|
|---|---|
| 話される国 | イギリス |
| 地域 | ヨーロッパ |
| 話者数 | 1万人以下 |
| 話者数の順位 | 100位以下 |
| 言語系統 | インド・ヨーロッパ語族 ケルト語派 島嶼ケルト語 ブリタニック語 コーンウォール語 |
| 公的地位 | |
| 公用語 | |
| 統制機関 | |
| 言語コード | |
| ISO 639-1 | kw |
| ISO 639-2 | cor |
| ISO/DIS 639-3 | |
| SIL | |
コーンウォール語(Kernowek)は、インド・ヨーロッパ語族ケルト語派に属する言語で、主にイングランド・コーンウォール地方に住むコーンウォール人の間で使われてきた。一時、断絶の危機を迎えていたが、近年のイギリス政府によって人工言語として復活・保存が進められている。
[編集] 歴史
原始コーンウォール語はサマセット・ドーセット・デヴォン・コーンウォールが577年のデオルハムの戦いの後に、西ブリトン(のちのウェールズ)から分割された後に生じた言語である。イングランド王国以前はヘプターキー(七王国)と呼ばれる7つのアングロ=サクソン系王国で構成されていたが、そのうちの一つウェセックスはその後数世紀にわたって拡大し続け、一方で南西部ブリトンの支配を受けていた地域は次第に縮小されていった。930年頃、コーンウォールはサクソン系のアセルスタン王によって滅ぼされた。しかしその後もコーンウォール語は繁栄を続け、最盛期の13世紀には3万9000人(海洋学者ケン・ジョージによる概算)がこの言語を使用していたとみられる。ウェールズの自然学者、植物学者であり言語学者であったエドワード(1660年 - 1709年)は1702年に著書に当時のコーンウォール語は極度に乱れていたと記している。また、当時に関連する限られた史料から、属格、奪格、処格は初期現代コーンウォール語と共通な部分が多いだけでなく与格や対格さらには呼格までもが通ずる部分あることも分かっている。
コーンウォール語についての初期の記録は、ボエティウスがラテン語で書いた「Consolatio Philosophiae(哲学の慰め)」の祈祷原書の注釈の中に見られる。その注釈された語というのは《ud rocashaas》で、意味は「心は陰鬱な処を忌む」だといわれる。1549年、市民によるプレーヤーブック暴動が勃発した。このプレーヤーブック騒動というのは、英国の統一法が第一議会で可決された際に市民が蜂起したものである。その際、コーンウォールに住む人々は英語を話すことも理解することもできなかった。この統一法は、立法者たちがラテン語崇拝から英語崇拝への切り替えを促したものであり、ラテン語の使用を禁止する一方で、英語の使用を強制することを目的として立法されたものである。 コーンウォール地方で英語を使うか否か、新しい言語の導入が市民の生命にまでかかわる問題となった。すなわち、英語の使用を強制したことに反抗した4000人以上の市民は、軍隊により虐殺されたのである。先頭に立った市民らは死刑になり、そのほかの市民は多くの復讐を被った。 反首領派(英語導入反対派)はかつての礼拝の習慣を取り戻したいということと、『我々英語の話すことのできないコーンウォール人は、完全に新しい英語を拒絶する』という信念を主張した。サマセット公エドワード・シーモアは彼らに対し、なぜ英語での礼拝を拒んだのか尋ねたという。多数の犠牲者を出し、英語を強制的に普及させていったという過去を持ちつつ、プレイヤーブックの暴動がコーンウォール語に大きな転機を与えたのである。確かに、その暴動以前のコーンウォール語話者人口はもっと低く、急激に人口が低下したと推論される。
近現代コーンウォール語は、先のエドワードが1702年に発表した研究対象となっている。近現代のコーンウォール語は中世ごろに使われていたそれよりも文法や基本構造が簡単であるなどという点でかなり異なっている。近現代語では用いられない修辞句が、中世語では広く用いられていたことも認められている。このような差異は語順の違いにも影響したと考えられている。中世語には2つの時制の用法があったとされ、このころから恐らく衰退期にあり、翌世紀にはさらに用法が悪化していたのではないかと報告されている。ニューリン近郊マウゾルの居留民であったドリー・ペントリース(Dolly Pentreath)氏は、コーンウォール語最後の母語話者とされている。彼女は1777年12月に亡くなった。コーンウォール語で"Me ne vidn cewsel Sawznek!" すなわち「私は英語を話したくない」は彼女の最後の言葉であったが、実際は英語もコーンウォール語と同程度に話せたようである。モノグロット(一言語使用者)の中では1676年に亡くなったチェステン・マーチャント(Chesten Marchant)だと言われていたが、20世紀にもコーンウォール語を話せるという人が見つかったことにより、最後の母語話者は今のところ不明確である。
[編集] 文法
コーンウォール語はインド・ヨーロッパ語族ケルト語派に分類される。また、他のケルト語と文法的に多く共通する部分がある。それらを以下に示す。
語頭子音の変化 語頭の音は文法構造により変化しうる。この変化はウェールズ語では三種類、アイルランド語では二種類なのに対し、コーンウォール語では以下の四種類がある。
- 語頭のbがvなどに変化する。(硬化交代)
- 語頭のbがpに変化する。(軟化交代)
- 語頭のbが変化しない。また、語頭のtがthに変化する。(気息音化交代)
- 語頭のbがfに変化する。(混合化交代)
| 子音 原形 |
軟化交代 | 気息音化交代 | 硬化交代 | 混合化交代 |
|---|---|---|---|---|
| p | b | f | ||
| t | d | th | ||
| k | g | h | ||
| b | v | p | f | |
| d | dh | t | t | |
| g1 | 消失 | k | h | |
| g² | w | k | hw | |
| gw | w | kw | hw | |
| m | v | f | ||
| ch | j |
1非円唇母音、lおよびrの前
² 円唇音およびrの前
活用した前置詞 前置詞は人称代名詞と結びつき分離した語形になる。たとえば、<gans my>は<genef>になり、<gans ef>は<ganso>になる。この場合、前者は英語で<with>または<by>に相当する<gans>が、<me>に当たる<my>と結合して<ganef>、後者は<gans>に<him>に当たる<ef>が結合して<ganso>になっている。 そのほかにも無不定冠詞など。

