エカテリーナ・パヴロヴナ

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エカテリーナ・パヴロヴナ(1819年、Franz Seraph Stirnbrand筆)

エカテリーナ・パヴロヴナロシア語: Екатерина Павловна / Ekaterina Pavlovna, 1788年5月10日 - 1819年1月9日)は、ヴュルテンベルクヴィルヘルム1世の王妃。ロシア大公女ドイツ語名ではカタリーナ・フォン・ヴュルテンベルク(Katharina von Württemberg)と呼ばれた。

ロシア皇帝パーヴェル1世と皇后マリア・フョードロヴナの四女として、ツァールスコエ・セローで生まれた。兄にアレクサンドル1世コンスタンチン大公、妹にオランダ王妃アンナ・パヴロヴナ、弟にニコライ1世がいる。エカテリーナはシュトゥットガルトで死去した。

子女[編集]

1809年8月、母方の従兄に当たるオルデンブルク公子ゲオルクと結婚し、2人の息子をもうけたが、3年後にゲオルクはチフスで急逝した。

  • アレクサンドル(1810年 - 1829年)
  • ピョートル(1812年 - 1881年)

1816年、母方の従兄ヴィルヘルムとサンクトペテルブルクで再婚し、2女をもうけた。