エカテリーナ・パヴロヴナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
エカテリーナ・パヴロヴナ(1819年、Franz Seraph Stirnbrand筆)

エカテリーナ・パヴロヴナロシア語: Екатерина Павловна / Ekaterina Pavlovna, 1788年5月10日 - 1819年1月9日)は、ヴュルテンベルク王ヴィルヘルム1世の2人目の妻で王妃。ロシア大公女ドイツ語名ではカタリーナ・フォン・ヴュルテンベルク(Katharina von Württemberg)と呼ばれた。

ロシア皇帝パーヴェル1世と皇后マリア・フョードロヴナの四女として、ツァールスコエ・セローで生まれた。兄にアレクサンドル1世コンスタンチン大公、妹にオランダ王妃アンナ・パヴロヴナ、弟にニコライ1世がいる。

1809年8月、母方の従兄に当たるオルデンブルク公子ゲオルクと結婚したが、3年後にゲオルクはチフスで急逝した。

1816年、同じく母方の従兄のヴュルテンベルク王太子ヴィルヘルム(同年に王位を継ぐ)とサンクトペテルブルクで再婚した。

エカテリーナはシュトゥットガルトで死去した。

その後、ヴィルヘルム1世は自身とエカテリーナ、ゲオルク公子の共通の従妹である同族のパウリーネを3人目の妻として次代の王カール1世らをもうけるが、カールの王妃オリガ・ニコラエヴナはニコライ1世の皇女でエカテリーナの姪にあたる。

子女[編集]

最初の夫オルデンブルク公子ゲオルクとの間には2男をもうけた。

  • アレクサンドル(1810年 - 1829年)
  • ピョートル(1812年 - 1881年)

2番目の夫ヴュルテンベルク王ヴィルヘルム1世との間には2女をもうけた。