エレナ・パヴロヴナ (パーヴェル1世皇女)

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エレナ・パヴロヴナ

エレナ・パヴロヴナ(Елена Павловна / Elena Pavlovna, 1784年12月24日 - 1803年9月24日)は、メクレンブルク=シュヴェリーン大公太子フリードリヒ・ルートヴィヒの最初の妃。ロシア大公女

ロシア皇帝パーヴェル1世と皇后マリアの次女として、サンクトペテルブルクで生まれた。兄はアレクサンドル1世コンスタンチン、姉にアレクサンドラ。祖母エカテリーナ2世により、家庭教師をつけられて学んだ。当時の王族の女性が学ぶのは、芸術・文学・音楽が主で、良い結婚をし夫に多くの子供を生むことが求められた。

エレナは1799年10月に、フリードリヒとガッチナ宮殿で結婚した。ロシア皇族の女性は、自分の故国で式を挙げて数ヶ月暮らしてから嫁ぎ先へ向かうのが常であった。エレナの姉アレクサンドラは、その1週間後にオーストリア大公ヨーゼフ・アントンと挙式した。シュヴェリーンへ移ったエレナは、新しい宮廷になじんでいった。翌年には長男パウル・フリードリヒ(のちの大公)を生んだ。1803年3月に長女マリア(1825年、ザクセン=アルテンブルク公子ゲオルクと結婚 )を生んだ。しかし同年9月、エレナは重態に陥り、回復することなく没した。遺体はルートヴィヒスルストに葬られた。