ウィンストン・ボハルデ

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ウィンストン・ボハルデ Football pictogram.svg
名前
本名 ウィンストン・ロイド・ボハルデ
ラテン文字 Winston Lloyd Bogarde
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
スリナムの旗 スリナム
生年月日 1970年10月22日(44歳)
出身地 ロッテルダム
身長 190cm
体重 84kg
選手情報
ポジション DF(LSB, CB)
利き足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1988-1989
1989-1990
1990-1991
1991-1994
1994-1997
1997
1997-2000
2000-2004
SVV
エクセルシオール
SVV
スパルタ
アヤックス
ACミラン
FCバルセロナ
チェルシーFC
11(1)
10(1)
0(0)
65(14)
62(6)
3(0)
41(4)
11(0)
代表歴
1995-2000[1] オランダの旗 オランダ代表 20(0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ウィンストン・ボハルデWinston Lloyd Bogarde, 1970年10月22日 - )は、オランダロッテルダム出身の元サッカー選手。ポジションはDF。4年契約でチェルシーFCに移籍したもののその間わずかな試合にしか出場せずリザーブ・ユースチームでトレーニングを続けながら契約通りの高額な報酬を受け取っていたことで物議をかもした。

略歴[編集]

ロッテルダム郊外のクラブSVVスキーダムでプロデビューし、1991年スパルタ・ロッテルダムに加入。当時は前線のポジションを務めており、1993-94シーズンではリーグ戦11ゴールを記録している。1994年アヤックスに移籍すると、ルイ・ファン・ハールによって守備的なポジションへとコンバートされ、強靭な体格と持ち前のスピードを活かしたストッパーへと成長を遂げた。1997年、ファン・ハールのあとを追ってFCバルセロナへと移籍。2000年に同胞マリオ・メルヒオットの誘いもありチェルシーFCに移籍したが、その数週間後にジャンルカ・ヴィアッリに代わって監督に就任したクラウディオ・ラニエリはボハルデを戦力構想外とみなした。しかし週給7万ポンドの4年契約というチェルシーの報酬を保証してくれる移籍先も見当たらず、ボハルデはチェルシーに残留し契約を全うするという道を選んだ。クラブはボハルデを退団させるためにトップチームではなくリザーブ・ユースチームでのトレーニングを命じたが、結局ボハルデはチェルシーでの4年契約を満了した。この間出場試合はわずか11にとどまり、2000年12月26日のイプスウィッチ・タウンFC戦に途中出場してからは2002年の11月6日のリーグカップのジリンガムFC戦に途中出場しただけであった。チェルシー退団後はどのクラブとも契約合意に至ることなく、1年後の2005年11月8日に現役引退を表明した。

代表歴[編集]

1995年12月13日対アイルランド戦でデビュー。

獲得タイトル[編集]

出典[編集]