ジョルディ・クライフ

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ジョルディ・クライフ Football pictogram.svg
Cruyff, Jordi.jpg
名前
本名 ヨハン・ジョルディ・クライフ
ラテン文字 Johan Jordi CRUYFF
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
生年月日 1974年2月9日(40歳)
出身地 アムステルダム
身長 184cm
体重 72kg
選手情報
ポジション OHCF、WG
代表歴
1996 オランダの旗 オランダ 9 (1) 
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ジョルディ・クライフ(Johan Jordi Cruijff, 1974年2月9日 - )は、オランダアムステルダム出身のサッカー選手、サッカー指導者。オランダが世界に誇るスーパースター、ヨハン・クライフを父に持つ。親譲りの足技を武器に、攻撃的なポジションならどこでもこなせるユーティリティ・プレイヤー。

人物[編集]

父ヨハン・クライフが選手としてFCバルセロナに在籍していた1974年に誕生し、カタルーニャ語風に「Jordi(ジョルディ)」と名付けられた。FCバルセロナの下部組織(カンテラ)を経て、父が監督を務めていた1994年にトップチームデビューを飾る。「エル・ドリーム・チーム」と称された同クラブの黄金時代を間近で体験する。

1996年、父がバルセロナ監督を辞任すると、ジョルディも時を同じくしてイングランドFAプレミアリーグマンチェスター・ユナイテッドへ移籍。しかし度重なる怪我に悩まされ、満足なプレーをすることは出来なかった。その後スペインリーガ・エスパニョーラのクラブを転々としたが、偉大な父を持つ影響で周囲から過度の期待を受けてしまい、その重圧から十分なパフォーマンスを発揮出来ずにいた。

2004年、当時所属していたエスパニョールから自由契約とされ、無所属となる。UAEのクラブチームからオファーを受けるも膝の怪我により白紙となり、負傷箇所の手術を決断、その後はリハビリを続けながらオファーを待っていた。2006-2007シーズンは新天地をウクライナに求め、復活を賭ける。2008年で引退。その後は、ファッションビジネスを手がけたり、クライフブランドの会社を手伝っていたが、2009年夏、マルタのサッカークラブヴァレッタFCの選手兼アシスタントコーチに就任することを発表、現役に復帰した。

バルセロナ生まれであるためスペイン国籍も有するが、父と同じオランダ代表を選択した。通算9試合1得点。

選手歴[編集]

→1998-1999 スペインの旗 セルタレンタル移籍

指導者歴[編集]

  • 2009-2010 マルタの旗 ヴァレッタFC:アシスタントコーチ
  • 2010-現在 キプロスの旗 AEK Larnaca:チームマネージャー

外部リンク[編集]