アルバート・クラウス

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アルバート・クラウス
Albert the Champ.JPG
基本情報
本名 アルバート・クラウス
通称 ザ・ハリケーン
階級 ミドル級K-1
国籍 オランダの旗 オランダ
誕生日 1980年8月3日(34歳)
出身地 北ブラバント州オス市
身長 175cm
体重 70kg
スタイル キックボクシング
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アルバート・クラウスAlbert Kraus、男性、1980年8月3日 - )は、オランダ出身のキックボクサー北ブラバント州オス市出身。K-1 WORLD MAXの初代王者。チーム・スーパープロ所属。試合入場時のガウン、パンツなどは独特のものがある(パンツの前面に漢字で「一番」の文字を縫っている)。入場曲はサバイバーアイ・オブ・ザ・タイガー

来歴[編集]

2002年5月11日、K-1 WORLD MAX 2002のトーナメント準々決勝ではシェイン・チャップマンに判定勝ち、準決勝では魔裟斗に判定勝ち、決勝ではガオラン・カウイチットを右フックでKO勝ち、K-1 WORLD MAX初代王者となった。当初はリンホージムの兄弟子アンディ・サワーが出場予定であったが、怪我によりクラウスが出場し優勝を果たした。

優勝したことでクラウスが天狗になり、リンホージムのジョン・デ・リン会長との関係が悪化。最終的には、同ジムを離脱しブリーズジムに移籍した。

2002年10月11日、K-1 WORLD MAX 2002 〜世界王者対抗戦〜で魔裟斗と再戦するも5Rドロー。

2003年3月1日、K-1 WORLD MAX 2003 〜日本代表決定トーナメント〜のスーパーファイトでマイク・ザンビディスと対戦し、右フック一発でKO負け。

2003年7月5日、K-1 WORLD MAX 2003のトーナメント準々決勝ではアンディ・サワーにダメージによる棄権でTKO勝ち、準決勝ではドゥエイン・ラドウィックに左フックでKO勝ち、決勝では魔裟斗に左フックでKO負けし、準優勝に終わった。同年9月27日に、スーパーリーグの興行で、フランスのモウッサ・コナテに2R終了時TKO勝ちし、復帰戦を飾った。

2004年4月7日、K-1 WORLD MAX 2004のトーナメント1回戦でジャダンバ・ナラントンガラグに延長判定勝ち。7月7日の準々決勝ではシャミール・ガイダルベコフに判定勝ちしたものの、準決勝で王者魔裟斗に判定負け。ベスト4に終わった。

2004年9月19日、シュートボクシングS-cup 2004」に出場。1回戦でチャンプアック・チョーセパサートに延長の末判定勝ちを収めるも、右背部筋挫傷および肋骨亀裂骨折により準決勝を棄権した[1]

2005年5月4日、K-1 WORLD MAX 2005のトーナメント1回戦でヴァージル・カラコダに判定勝ち。7月20日の準々決勝ではジョン・ウェイン・パーに判定勝ちしたものの、準決勝でブアカーオ・ポー.プラムックに判定負け。2年連続でベスト4で終わった。

2005年12月18日、オランダの北ブラバント州にあるクラウスの地元オスで行われたIKBAムエタイ世界ウェルター級タイトルマッチで、メノー・ダイクストラを5R判定で下し世界王者になった。

2006年4月5日、K-1 WORLD MAX 2006のトーナメント1回戦でアリ・グンヤーに判定勝ち。6月30日の準々決勝でドラゴに1R右膝蹴りでダウンを奪われ判定負け。ベスト8に終わった。その年の終わりの、12月17日に、オランダの地元オスで開催された「WORLD TITLE DEFENSE」で自身の持つIKBO世界王座防衛戦を行った。“キング”ジェームス・マルティネス(アメリカ)を2RTKOで下し、防衛に成功した。本来はザック・デイ(アメリカ)と防衛戦を行う予定だったが、デイが怪我のため出場できなかった。

2007年4月4日、K-1 WORLD MAX 2007 〜世界最終選抜〜でTATSUJIと対戦し、判定負け。しかし判定負けに納得のできないクラウスは試合後にカメラを殴るなど怒りをあらわにした。試合は手数ではTATSUJI、クリーンヒットではクラウスと非常に微妙なものであった。

2007年6月28日、K-1 WORLD MAX 2007のトーナメント1回戦でヴァージル・カラコダに判定勝ち。10月3日の準々決勝では佐藤嘉洋に判定勝ちしたものの、準決勝でアンディ・サワーに判定負け。

2007年10月28日、SHOOT BOXING BATTLE SUMMIT GROUND ZERO TOKYO 2007で緒形健一と対戦予定であったが、K-1 MAXでの負傷を理由に欠場となった。

2008年1月26日、Beast of the Eastにてファディル・シャバリと対戦し、判定負け。

2008年4月9日、K-1 WORLD MAX 2008 FINAL16のトーナメント1回戦でブアカーオ・ポー.プラムックと再戦し、延長判定負け。

2008年7月7日、K-1 WORLD MAX 2008 FINAL8のトーナメント敗者復活戦でマイク・ザンビディスと対戦し、3R終了時、左目カットによるTKO勝ち。FINALでのリザーブファイト出場権を手にした。

2008年10月1日、K-1 WORLD MAX 2008 FINALのトーナメントリザーブファイトで城戸康裕と対戦。1R終了間際に膝蹴りで城戸の眉間付近をカットさせる。2Rに再度膝蹴りをヒットさせ、城戸をドクターストップに。クラウスの2RTKO勝ち。

2009年2月23日、K-1 WORLD MAX 2009イ・スファンと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。

2009年4月21日、K-1 WORLD MAX 2009 FINAL16のトーナメント1回戦で長島☆自演乙☆雄一郎と対戦。1Rに2度のダウンを奪い、KO勝ちを収めた。

2009年7月13日、K-1 WORLD MAX 2009 FINAL8の準々決勝でジョルジオ・ペトロシアンと対戦し、0-3の判定負けを喫した。

2009年10月26日、K-1 WORLD MAX 2009 FINAL武田幸三の引退試合の相手を務め、TKO勝ちを収めた。

2010年7月5日、K-1 WORLD MAX 2010 FINAL16中島弘貴と対戦し、1Rに右ハイキックでダウンを奪った上で3-0の判定勝ちを収めた。

2010年11月8日、K-1 WORLD MAX 2010 FINALの準々決勝にてジョルジオ・ペトロシアンと対戦し、0-3の判定負けを喫した。

2011年9月25日、K-1 WORLD MAX 2011 -70kg Japan Tournament FINALに出場、1回戦で名城裕司と対戦し、3Rに左ハイキックでダウンを奪われ0-3の判定負けを喫し、自身のプロキャリア初の3連敗となった。

戦績[編集]

キックボクシング 戦績
85試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
63 32 30 0 3 0
17 3 14 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× 名城裕司 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2011 -70kg Japan Tournament FINAL
【1回戦】
2011年9月25日
× 佐藤嘉洋 3R終了 判定0-2 K-1 WORLD MAX 2011 -63kg Japan Tournament FINAL
【スーパーファイト】
2011年6月25日
× バツ・ハシコフ 3R終了 判定0-3 Fight Nights: Battle of Moscow 3 2011年3月12日
モハメド・グール 3R終了 判定3-0 Mix Fight Gala XI 2010年11月27日
× ジョルジオ・ペトロシアン 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2010 -70kg World Championship Tournament FINAL
【準々決勝】
2010年11月8日
中島弘貴 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2010 〜-70kg World Championship Tournament FINAL16 / -63kg Japan Tournament FINAL〜 2010年7月5日
テヴフィック・スク 1R 0:31 KO(右フック) Beast of the East 2010 Poland 2010年6月12日
ウィリアム・ディンダー 3R終了 判定 Time for Action 2010年3月7日
ヤン・マズル 3R 1:30 TKO(レフェリーストップ) K-1 ColliZion 2009 Final Tournament
【スーパーファイト】
2009年12月12日
武田幸三 2R 2:19 TKO(ドクターストップ:右目負傷) K-1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINAL 2009年10月26日
× ジョルジオ・ペトロシアン 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINAL8
【準々決勝】
2009年7月13日
長島☆自演乙☆雄一郎 1R 1:07 KO(パンチ連打) K-1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINAL16
【1回戦】
2009年4月21日
イ・スファン 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2009 〜日本代表決定トーナメント〜
【スーパーファイト】
2009年2月23日
ウォーレン・スティーブルマンズ 3R終了 判定 Beast of the East 2009年1月24日
ブアカーオ・ポー.プラムック 3R終了 判定 It's Showtime 2008年11月29日
城戸康裕 2R 0:48 TKO(ドクターストップ:額カット) K-1 WORLD MAX 2008 World Championship Tournament FINAL
【リザーブファイト】
2008年10月1日
マイク・ザンビディス 3R終了時 TKO(ドクターストップ:左瞼カット) K-1 WORLD MAX 2008 World Championship Tournament FINAL8
【敗者復活戦】
2008年7月7日
アリ・グンヤー 2R KO(膝蹴り) Gentleman Promotions Fightnight 2008年5月24日
× ブアカーオ・ポー.プラムック 延長R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2008 World Championship Tournament FINAL16
【1回戦】
2008年4月9日
× ファディル・シャバリ 5R終了 判定 Beast of the East
【WFCAタイボクシング世界ジュニアミドル級王者決定戦】
2008年1月26日
オズカン・コーズ 3R終了 判定 KlasH Champions Battlefield IV 2007年12月16日
× アンディ・サワー 3R終了 判定0-2 K-1 WORLD MAX 2007 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜
【準決勝】
2007年10月3日
佐藤嘉洋 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2007 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜
【準々決勝】
2007年10月3日
キム・ハンヌル 1R 2:03 KO(右ハイキック) K-1 FIGHTING NETWORK KHAN 2007 〜世界対抗戦〜 2007年7月21日
ヴァージル・カラコダ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2007 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜
【1回戦】
2007年6月28日
ピーター・クルーク 3R終了 判定 K-1 UK MAX Tournament 2007 Pain & Glory
【スーパーファイト】
2007年4月4日
× TATSUJI 3R終了 判定0-2 K-1 WORLD MAX 2007 〜世界最終選抜〜 2007年4月4日
× ムラット・ディレッキー 1R 1:27 KO(右フック) K-1 WORLD MAX 2007 〜日本代表決定トーナメント〜
【スーパーファイト】
2007年2月5日
ジェームス・マーティンズ 2R TKO IKBO World Title 2006年12月17日
オズワルド・パルマ 1R 2:29 KO(パンチ連打) K-1 World MAX North European Qualification 2007 2006年11月24日
佐藤嘉洋 3R終了 判定2-0 K-1 WORLD MAX 2006 〜世界王者対抗戦〜 2006年9月4日
× ドラゴ 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2006 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜
【準々決勝】
2006年6月30日
アリ・グンヤー 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2006 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜
【1回戦】
2006年4月5日
メノー・ダイクストラ 5R終了 判定 WFCA World Title 2005年12月18日
イム・チビン 3R終了 判定3-0 K-1 FIGHTING NETWORK KOREA MAX 2005
【スーパーファイト】
2005年11月5日
大東旭 2R 1:31 KO(3ノックダウン:右ローキック) K-1 WORLD MAX 2005 〜世界王者対抗戦〜 2005年10月12日
× ブアカーオ・ポー.プラムック 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜
【準決勝】
2005年7月20日
ジョン・ウェイン・パー 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定トーナメント決勝戦〜
【準々決勝】
2005年7月20日
ヴァージル・カラコダ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2005 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜
【1回戦】
2005年5月4日
ブアカーオ・ポー.プラムック 延長R終了 判定2-1 K-1 WORLD MAX 2005 〜日本代表決定トーナメント〜
【スーパーファイト】
2005年2月23日
ジョセ・バラダス 1R KO(パンチ連打) SuperLeague Netherlands 2004 2004年12月18日
× 小比類巻貴之 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2004 〜世界王者対抗戦〜 2004年10月13日
チャンプアック・チョーセパサート 延長R終了 判定3-0 SHOOT BOXING WORLD TOURNAMENT S-cup 2004
【1回戦】
2004年9月19日
× 魔裟斗 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定トーナメント〜
【準決勝】
2004年7月7日
シャミール・ガイダルベコフ 3R終了 判定2-0 K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定トーナメント〜
【準々決勝】
2004年7月7日
マイケル・コーラ 4R TKO SuperLeague Switzerland 2004 2004年5月22日
ジャダンバ・ナラントンガラグ 延長R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2004 〜世界一決定トーナメント開幕戦〜
【1回戦】
2004年4月7日
大野崇 1R 2:31 KO(右フック) K-1 WORLD MAX 2004 〜日本代表決定トーナメント〜
【スーパーファイト】
2004年2月24日
ローマン・ローギッシュ 3R TKO(タオル投入) SuperLeague Netherlands 2003 2003年12月6日
須藤元気 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2003 〜世界王者対抗戦〜 2003年11月18日
モウッサ・コナテ 2R終了時 TKO(タオル投入) SuperLeague Germany 2003 2003年9月27日
× 魔裟斗 2R 2:26 KO(左フック) K-1 WORLD MAX 2003 〜世界一決定トーナメント〜
【決勝】
2003年7月5日
ドゥエイン・ラドウィック 3R 1:33 KO(左フック) K-1 WORLD MAX 2003 〜世界一決定トーナメント〜
【準決勝】
2003年7月5日
アンディ・サワー 1R終了時 TKO(ドクターストップ:左瞼カット) K-1 WORLD MAX 2003 〜世界一決定トーナメント〜
【準々決勝】
2003年7月5日
× マイク・ザンビディス 2R 0:16 KO(右フック) K-1 WORLD MAX 2003 〜日本代表決定トーナメント〜
【スーパーファイト】
2003年3月1日
魔裟斗 5R終了 判定1-1 K-1 WORLD MAX 2002 〜世界王者対抗戦〜 2002年10月11日
ガオラン・カウイチット 1R 1:00 KO(右フック) K-1 WORLD MAX 2002 〜世界一決定戦〜
【決勝】
2002年5月11日
魔裟斗 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2002 〜世界一決定戦〜
【準決勝】
2002年5月11日
シェイン・チャップマン 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2002 〜世界一決定戦〜
【準々決勝】
2002年5月11日
フランシス・イタイ 2R 1:46 TKO K-1 Holland GP 2002 in Arnhem 2002年2月24日
× カマル・エル・アムラーニ 7R終了 判定 Battle of Arnhem III 2001年9月23日
フランクリン・ビューク 5R終了 判定 Veselic meets Dejpitak 2000年9月3日
ケニー 2R KO Matter of Honor 2000年2月7日

ファイトスタイル[編集]

元々のバックボーンはボクシングK-1ではそのボクシングで鍛えたパンチを武器に活躍している。2002 - 2003年あたりまで、パンチに偏ったスタイルだったが、後にキックを猛練習。バランスのよいファイターになった。しかしアゴへのパンチや跳び膝蹴りに非常に弱く、悪い特徴として調子の波が激しすぎることがあげられる。

獲得タイトル[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]