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フランチェスコ・ローディ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フランチェスコ・ローディ
名前
ラテン文字 Francesco Lodi
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1984-03-23) 1984年3月23日(40歳)
出身地 ナポリ
身長 183cm
体重 70g
選手情報
ポジション MF
利き足 左足
ユース
イタリアの旗 エンポリ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2000-2010 イタリアの旗 エンポリ 89 (19)
2004 イタリアの旗 ヴィチェンツァ (loan) 11 (0)
2006-2008 イタリアの旗 フロジノーネ (loan) 82 (31)
2009-2010 イタリアの旗 ウディネーゼ (loan) 19 (1)
2010-2011 イタリアの旗 フロジノーネ 23 (7)
2011-2013 イタリアの旗 カターニア 86 (18)
2013-2014 イタリアの旗 ジェノア 9 (2)
2014-2015 イタリアの旗 カターニア 19 (2)
2014-2015 イタリアの旗 パルマ (loan) 23 (2)
2015-2017 イタリアの旗 ウディネーゼ 25 (1)
2017-2020 イタリアの旗 カターニア 88 (26)
2020-2021 イタリアの旗 トリエスティーナ 24 (2)
2021 イタリアの旗 メッシーナ 20 (12)
2021-2022 イタリアの旗 アチレアーレ 24 (5)
2022-2023 イタリアの旗 カターニア 30 (4)
代表歴
2000 イタリアの旗 イタリア U-15 8 (0)
2000-2001 イタリアの旗 イタリア U-16 13 (7)
2002 イタリアの旗 イタリア U-18 6 (3)
2002-2003 イタリアの旗 イタリア U-19 12 (11)
2006-2007 イタリアの旗 イタリア U-21 2 (2)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

フランチェスコ・ローディFrancesco Lodi1984年3月23日 - )は、イタリアナポリ出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー

経歴

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クラブ

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エンポリFCのユース出身。2000年9月、当時セリエBに所属するトップチームでデビューを果たした。その後ヴィチェンツァ・カルチョへの半年間のレンタルを経てエンポリに復帰し、2004-05シーズンには27試合6得点と結果を残し、クラブのセリエA昇格に貢献。翌2005-06シーズンもセリエAで17試合に出場した。

2006年夏、セリエBのフロジノーネ・カルチョへレンタル移籍を果たし2年間在籍。加入1年目で11得点、2年目はMFながらの20得点を記録しチーム内得点王に輝いた。2008-09シーズンはセリエBに降格したエンポリに復帰し12得点をマーク。セリエAの中堅クラブから注目を集めるようになり、翌2009-10シーズン開幕直後、ウディネーゼへレンタル移籍を果たした。しかしガエターノ・ダゴスティーノギョクハン・インレルマウリシオ・イスラなどとのポジション争いに敗れ、シーズン後には再びエンポリへ戻ることになった。

2010年夏、古巣フロジノーネ・カルチョに共同保有で加入。半年後の冬の移籍期間ではカターニアへ移籍し、再びセリエAの舞台に復帰。レギュラーとしてセリエA残留に貢献し、シーズン終了後にカターニアはエンポリから保有権の全てを買い取り、完全移籍を果たした[1]。2011-12シーズン開幕前にヴィンチェンツォ・モンテッラが新監督に就任すると、従来のトップ下より一列下がったレジスタにコンバートされ才能が開花し、セリエAで自己最多となる9得点を記録。翌2012-13シーズンには中心選手としてカターニアの過去最高順位に並ぶ8位フィニッシュへ導いた。

2013年夏、ジェノアCFCへ共同保有で移籍。しかし同年9月に就任したジャン・ピエロ・ガスペリーニマツザレムを重用したため出場機会を失い、2014年1月にカターニアへ復帰。19試合に出場したがクラブは降格した。2014年8月25日パルマFCへレンタル移籍[2]。クラブの破産など不安定な状況で奮闘したがクラブは降格し、自身は2季連続で降格を味わうこととなった。シーズン終了後にパルマとの契約を解除した。

2015年9月22日ウディネーゼ・カルチョへ自由移籍で加入[3]。6シーズンぶりの古巣復帰となった。

2017年3月2日、カターニアへ再び復帰した。

2020年1月8日、USトリエスティーナ・カルチョ1918へ移籍した。

2021年1月22日、SSD FCメッシーナへ移籍した。

2021年8月、SSDチッタ・ディ・アチレアーレ・カルチョ1946へ移籍した。

2022年8月、カターニアへ復帰し、これが4度目の加入となった。

2023年7月25日、現役引退を表明した。

代表

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各年代別のイタリア代表を経験。2003年のUEFA U-19欧州選手権では優勝に貢献した。

プレースタイル

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イタリア屈指のフリーキックの名手として知られている[2][3]2016年現在、フリーキックから10得点を記録しており、これはアンドレア・ピルロの12得点に次ぐセリエAで2位の記録である。

ローディのフリーキックは各方面から高い評価を得ており、EAより発売されているサッカーゲームのFIFA17ではフリーキック能力値の上位10選手に選出された[4]

脚注

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外部リンク

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