Pe-2 (航空機)

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Pe-2

Pe-2-2004.jpg

ペトリャコーフPe-2V・M・ペトリャコーフが設計したソビエト連邦爆撃機

開発経緯[編集]

TsAGI1921年から所属していたV・M・ペトリャコーフは金属製主翼の設計を担当した後、1936年からは大型爆撃機の開発を中心とするZOK実験組織の所長に就任。新コンセプトの爆撃機の開発を進めていたが、1937年に投獄される。いわゆる、スターリン大粛清で逮捕された彼は、第156航空機工場(GAZ-156)のCCB-29特別刑務所に投獄。獄中で、KB-100と呼称される設計局を組織し、VI-100(VIは高高度戦闘機の略称)を開発するように命じられる。これこそが、Pe-2の礎となった機体であった。

VI-100からPe-2へ[編集]

金属製主翼の設計を担当していただけあって、V・M・ペトリャコーフの応力外皮構造の設計は複雑ではあったが、優秀であった。双発の水冷式エンジンは綺麗にカバー内に収められて、ソ連流である主翼内に冷却水ラジエターを設ける構造だった。 さらに、このラジエターの冷却空気は主翼前縁からダクトを通って、主翼上面のシャッターの隙間から排出され、出力を増す事を意図していた。エンジンには過給機、可変プロペラを装備した。機内装置の全ては電気化され、これはアメリカの影響を受けたものだといわれている。

1939年、VI-100の試作機の一号機が初飛行を記録。高度10,000mで時速630kmを記録する。しかし、三座型の爆撃機仕様を量産に移すように命令が下る。理由は定かでないが、これは仮想敵国の中に高高度爆撃機を持ち合わせている国が無く、高高度戦闘機の開発が必要ないと判断されたためだといわれている。三座型の爆撃機型、PB-100は1940年に認可され、試作機が製造された。VI-100との違いはダイブブレーキ(急降下速度を減速させる)の追加、機体構造や主翼の形状変更など、多岐にわたる。過給機も取り外されてしまった。これが実戦に送り出され、1941年から始まった量産型は設計者であるV・M・ペトリャコーフを敬してPe-2と改称された。

実戦[編集]

ドイツ軍バルバロッサ作戦が開始される頃には約450機が生産され、そのうち約300機が第24爆撃連隊や第5高速爆撃連隊に配属されていた。着陸速度も200km/hを超し、操縦性にかなり難があったものの、高速性はパイロット達も評価し、「ペシュカ」と呼んで親しんだ。これはロシア語で「小さなPe、チェスのポーン」という意味である。また、防護能力も乗員の為の装甲9mmを施し、燃料タンクにも自動防漏機能(被弾時の燃料漏れを防ぐ)などが施されていた。搭載エンジンはクリーモフ製VK-105 V型12気筒水冷エンジンを搭載し、定格出力は1100馬力。これはイスパノ製12Yのライセンス生産型だった。のちにPF-2やVK-105PFといったYakシリーズのエンジンを搭載するようになる。1945年初頭に生産が中止されるまで、約11,500機が生産された。

Pe-2シリーズに関しては、『ロシアのモスキート』と揶揄される事が多い。生産機数からみれば、Pe-2はモスキートを遥かに凌ぎ、派生型も多く、ソ連空軍の近代的な双発機としての立場を築いていたといえる。しかしながら、操縦性や安定性に難があり、急降下爆撃機としての運用は限定的なもので、欠陥や故障が絶えなかったと伝えられている。現に、V・M・ペトリャコーフは自身の設計局(OKB)が保有していたPe-2の試作機の事故によって1942年1月12日に他界してしまっている。ソ連空軍の戦力の一端を担った機体ではあったが、名機であったかというと、必ずしもそうではないのかもしれない。

第二次世界大戦中から東欧諸国にも輸出され、NATOコードネームは『バック(鹿)』であった。また、ドイツ空軍が鹵獲したものがフィンランド空軍に配備されている事も確認されている。

機体データ[編集]

Pe-2

三面図
  • 乗員:3 名
  • 全長:12.66 m
  • 全幅:17.16 m
  • 全高:3.42 m
  • 翼面積:40.5 m2
  • 全備重量:8.500kg
  • 動力:クリモフM-105R、1,100hp×2
  • 最大速度:580 km/h
  • 航続距離:2,100 km
  • 実用上昇限度:8,800 m
  • 武装:
    • 7.62 mm機関銃 ×2 爆装 1.6 t
  • 生産数: 11,427機(戦闘機型のPe-3 bis、その他の派生型含む)

型式一覧[編集]

  • VI-100
原型となった試作高高度戦闘機。
  • PB-100
VI-100からの試作爆撃機型。
  • Pe-2
最初の生産爆撃機型。エンジンはVK-105RAエンジン(1,100馬力)を搭載。
  • Pe-2B
1944年から生産された爆撃機型。
  • Pe-2D
エンジンをクリーモフ VK-107Aに変更した爆撃機型。
  • Pe-2FT
中期生産爆撃機型。7.62mm後部旋回機銃を追加。
  • Pe-2FZ
前線任務航空機と呼ばれた型。機首のガラス張りが廃止された。
  • Pe-2I
ヴラジーミル・ミハーイロヴィチ・ミャスィーシチェフによって改設計された爆撃機型。リモート式の尾部機銃、VK-107(1,650馬力) エンジンを搭載し最高時速656km/h、爆弾搭載量は1,000kg。生産は5機。
  • Pe-2K
Pe-2IのエンジンをVK-107PFに変更した型。少数生産。
  • Pe-2K RD-1
尾部にグルシュコ RD-1ロケットエンジン搭載した試験機。最高時速は785km/h。
  • Pe-2M
爆弾倉を拡大して500kg爆弾4発搭載可能にした型。
  • Pe-2MV
ShVAK20mm機関砲1門とUB12.7mm機銃2挺を胴体下部ゴンドラに追加装備した試作機。
  • Pe-2/M-82
M-82(シュベツォフ ASh-82)エンジン搭載の試作機。
  • Pe-2R
燃料搭載量を増やした3座の偵察機型。少数生産。
  • Pe-2Sh
地上攻撃機型。20mm機関砲2門、12.7mm機銃2丁または、各1ずつ混載した連装機銃2基を胴体下部に装備。
  • Pe-2VI
高高度戦闘機型。単座で操縦席は与圧され、エンジンはVK-107を搭載。
  • Pe-2UT
練習機型。Pe-2S、UPe-2とも呼ばれる。
  • Pe-3
長距離夜間戦闘機型。20mm機関砲2門、12.7mm機銃2挺を装備。207機生産。
  • Pe-3bis
改良型。ShVAK20mm機関砲2門(機首)、UBK12.7mm機銃2挺(翼内)、UBT12.7mm機銃1挺(後席)、ShKAS7.62mm機銃1挺(尾部)装備。152機生産。
  • Pe-4
戦闘機型。少数生産。
  • B-32
戦後チェコスロバキアで使用されたPe-2FT型。
  • CB-32
戦後チェコスロバキアで使用されたPe-2UT型。

外部リンク[編集]