M・ポコラ

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M. Pokora
M. Pokora 2013.jpg
基本情報
出生名 Matthieu Tota
生誕 (1985-09-26) 1985年9月26日(34歳)
出身地 フランスの旗 フランスストラスブール
ジャンル ポップス
リズム・アンド・ブルース
エレクトロニック・ダンス・ミュージック
職業 シンガーソングライター
ダンス
ファッション
俳優
活動期間 2003年 - 現在
レーベル ユニバーサル ミュージック グループ (2003-2007)、EMI (2007-2013)、パーロフォン
公式サイト mpokoramusic.fr

M・ポコラ(M. Pokora、1985年9月26日 - )は、フランスアルザス地方ストラスブール出身の歌手ダンサーモデル俳優タレント。作詞作曲も手掛ける。 2003年に、オーディションTV番組「Popstars」に出演し、3人組ボーイ・バンド「Linkup」を結成。 グループで、ファーストアルバム「Notre étoile」をリリース。 それを機にソロで活動していくことを決意し、2004年11月、ファーストソロアルバムをリリースした。 その後、CDアルバムを5枚とライブアルバムをリリースし、2011年にフランスのテレビ局TF1(Télévision Française)の番組「Danse avec les stars – シーズン1」に出演し、優勝する。 そして2014年、同番組のシーズン5で審査員の一員となった。また、彼はフランス国内だけでなく、ヨーロッパ諸国でも人気を誇っている。

Matthieu Tota は、1985年9月26日、ポーランド出身のサッカー選手である父 André Tota と公務員である母の間に生まれた。彼にはジュリアンという兄がおり、その兄がマイケル・ジャクソンのアルバム「Bad」を彼にあげた。彼はそのアルバムを聴いて音楽の才能を見出した。彼は、ストラスブールにあるキリスト系の小学校に、その後ムンドルシェインにあるポール・エミル・ビクトワ中学、最後に、ストラスブールの郊外の中のシルティカイムにあるアリスティード・ブリアン職業学校に通った。

青年期に、R'n'Bのグループ、ミックユニティーに所属していた。しかし2003年のM6で放映されたリアリティ番組、ポップスターズに出演したことによって本格的に音楽活動を始め、大衆に広く知れ渡った。この番組は、毎回オーディションを勝ち抜いた歌手たちで、ボーイ・バンドやガール・グループを生み出した。この番組のある回でMatthieuはLionelとOtisと共にオーディションを勝ち抜き、新グループが結成された。Linkupというグループ名で三人は有名になり人気を得たが、そでは一時のものであった。彼らの初のシングル曲“モン・エトワール”(フランス国内売上一位)が発表され、“ユヌ・スゴンド・デテルニテ”や“ユー・アンド・ミー・バブリン”(イギリスのバンドグループBlueと共にレコーディング)など後のシングル曲も同様にヒットした。そして、アルバム“ノートル・エトワール”は高い評価を得た。

音楽ジャンル、テーマやその影響[編集]

M. Pokoraの音楽ジャンルR&Bポップエレクトロミュージックなどのさまざまなジャンルから成り、ダンスはそれに合わして、ヒップホップクランク、アーバン、ユーロダンスハウス、クラブミュージックから成る。音楽活動の中で、徐々にR&Bから離れて行き、よりポップな音楽に変わって行った。アルバム「MP3」をつくるにあたって、彼はtreasonの歌の歌詞の「失望と愛の裏切り」の表現に至った。そして、マイケル・ジャクソンWe are the worldをインスピレーションしたThrough the eyes とフランス語版のsur ma routeをつくった。「合唱曲やピアノ、バイオリン曲は、私をとても感情的にさせる。そしてその曲はみんなが知っている曲です。またこの曲は、こどもたちや貧困、そして特に、こどもの目を通して世界の状況を見ることの必要性を表現したかったという点で、「ジャクソニアン」の考えを「Through the eyes」に反映させている。」と彼は言う。フランス語話者用の歌詞では、彼が望んでいなかった両親の離婚について語っている。「私たち家族は前進し続けた。そして、それは現在の私自身を作った。」とポコラは続ける。“Mise à jour”のアルバムの、“Juste une photo de toi”の曲中で彼は愛、誘惑、感情のコントロールだけでなく、疑いや、彼の祖父、そして社会などをテーマにしている。Mirage(ミラージュ)では、ポコラの頭の中に浮かぶ『未知の魅力に魅了された』という歌詞が聴衆を駆り立てる。「戦死のように」は彼の祖父のことを語った曲で、音楽会における彼自身の戦いを表している。そのアルバムの多くの楽曲は女性たちに向けられた。ポコラはこう説明している。「日常生活の中の魅力的な遊びが好き」という歌詞を、自分の曲に入れようとした。それから、それらの曲をもう少し“ロマンティック”にするために、より美しい曲は、しばしば、愛の物語について書かれた。『Sauvons ce qu’il nous reste』の中で、人々は世界が壊れていくことを心配している。彼はこのアルバムでは、デイヴィッド・ゲッタタイオ・クルーズの曲に影響を受けていると語っている。また“ジュスト・ユヌ・フォト・ド・トワ”もリアーナの“Take a Bow”やビヨンセ・ノウルの“Irreplaceable”といった曲に似ている。

外部リンク[編集]