33B突撃歩兵砲

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33B突撃歩兵砲
StuIG 33B in the Kubinka Museum.jpg
クビンカ戦車博物館(ロシア)の収蔵品。
性能諸元
全長 5.4 m
全幅 2.9 m
全高 2.3 m
重量 21 t
懸架方式 トーションバー
速度 20 km/h
行動距離 110 km
主砲 15cm sIG33/1 × 1
副武装 7.92mm MG34 × 1
装甲 80 - 10 mm
エンジン マイバッハ HL120TRM
300 馬力
乗員 5名
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33B突撃歩兵砲ドイツ語Sturminfanteriegeschütz 33B)とは、第二次世界大戦中のドイツで開発された突撃砲である。日本語では33式突撃歩兵砲III号突撃歩兵砲33など複数の表記が存在する。

構造[編集]

33B突撃歩兵砲は、III号突撃砲のシャーシ上に重装甲の密閉式戦闘室を設け、そこに改良された 15cm sIG 33/1 重歩兵砲を搭載したものである。主砲は中央右寄りに配置され、30発の弾薬を携行した。左右旋回角は3度で、仰角は25度、俯角は6度の範囲で可動した。

戦闘室左側に設けられたボールマウントには副武装として7.92mmMG34機関銃が装備されており、携行弾薬数は600発で、左側15度、右側20度、仰角20度、俯角10度の射界を持っていた。

生産[編集]

33B突撃歩兵砲の生産の経緯については、ソースによって異なった説明がなされている。Chamberlain と Doyle によると、アルケット社は1941年7月に12輌のIII号突撃砲E型を突撃歩兵砲に改造するように命令を受け、これらは同年12月から翌年1月にかけて完成したものの、軍で使用されることはなかった。

1942年9月、これとは別の12輌のIII号突撃砲を33B突撃歩兵砲に改造するように再び命令が出され、既存の車両が作り直されたという[1]。一方で Trojca と Jaugitz は、24輌の全てがIII号突撃砲B、C、D、E型を修理する形で1942年9月からアルケット社で生産されたとしている[2]

戦歴[編集]

左後方から撮影された33B突撃歩兵砲。

最初の12輌の33B突撃歩兵砲は1942年10月にドイツ軍に引き渡された。これらは第177突撃砲大隊と第244突撃砲大隊に配備され、スターリングラード攻防戦に投入された。残りの12輌もスターリングラードで戦う第243突撃砲大隊と第245突撃砲大隊に配備される予定だったが、11月21日にドイツ軍第6軍がソ連軍の反攻によって逆包囲され不可能となってしまった。そのためこれらの車両で第17実験大隊・突撃歩兵砲中隊 (Sturm-Infanterie-Geschütz-Batterie/Lehr-Batallion XVII) が編成され、第22機甲師団の一員として第6軍の解放作戦に加わった。この戦いで師団は消耗し、残存していた33B突撃歩兵砲は第201機甲連隊・突撃歩兵砲中隊として第23機甲師団に再編入され、戦争の残りを戦うこととなった。

33B突撃歩兵砲について言及した最後の報告は1944年9月のもので、5輌がリストされている[3]

脚注[編集]

  1. ^ Chamberlain & Doyle、81ページ、87ページ
  2. ^ Trojca & Jaugitz、5ページ
  3. ^ Trojca & Jaugitz、10ページ

参考文献[編集]

  • Chamberlain, Peter, and Hilary L. Doyle. Thomas L. Jentz (Technical Editor). Encyclopedia of German Tanks of World War Two: A Complete Illustrated Directory of German Battle Tanks, Armoured Cars, Self-propelled Guns, and Semi-tracked Vehicles, 1933–1945. London: Arms and Armour Press, 1978 (revised edition 1993). ISBN 1-85409-214-6
  • Trojca, Waldemar and Jaugitz, Markus. Sturmtiger and Sturmpanzer in Combat. Katowice, Poland: Model Hobby, 2008 ISBN 978-83-60041-29-1

関連項目[編集]

外部リンク[編集]