間人

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
  • 間人(はしひと、はしうど) - 日本における古代氏族名のひとつ。
  • 間人(たいざ) - 京都府の地名。本稿で述べる。

上空より撮影

間人(たいざ)は、京都府京丹後市丹後町の地名。日本海に面し、漁港海水浴場間人けんか屋台などがある。

後ヶ浜海水浴場と立岩

地理と歴史[編集]

丹後半島北西岸に位置し、やや日本海に突出している。東部を竹野川が北流する。

聖徳太子の生母・間人(はしうど)皇后蘇我氏物部氏との争乱を避けて丹後[1]の当地に身を寄せ、のちに当地を去るに当たって自らの名をこの地に贈ったものの、住民は「はしうど」と呼び捨てにすることを畏れ多く思い、皇后が退座(たいざ)したのに因み間人を「たいざ」と読み替えた、との伝承が残る。但し間人皇后が丹後に避難したとする記述は記紀に無く、由来には他にも諸説がある。

死者を大陸に向けて埋葬する風習が長らく残っていた。

地名に関する年表[編集]

  • 和名抄』に「間人郷」として見える。
  • 1921年(大正10年)4月1日 - 竹野郡間人村が町制施行し、同郡間人町となる。
  • 1955年(昭和30年)2月1日 - 竹野郡間人町が同郡4村と合併して丹後町が発足し、自治体名としては消滅。竹野郡丹後町間人となる。
  • 1989年(平成元年)7月10日 - 間人郵便局が丹後郵便局と改称される。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 丹後町が周辺5町と合併して京丹後市が発足。京丹後市丹後町間人となる。

施設など[編集]

経ヶ岬灯台をかたどった京丹後市丹後庁舎

名所・観光地など[編集]

  • 立岩 - 竹野川河口の砂州で繋がった、周囲約1kmの岩。聖徳太子の弟、麻呂子親王がこの岩に鬼を封じ込めたとの伝承が残る。
  • 三桂神社
  • 丹後温泉
  • 後ヶ浜海水浴場
  • 砂方海水浴場
  • 城島(城嶋) - 室町時代の武将、荒川武蔵守の城址として伝えられている。
国道482号を北上して間人へ入る地点に「間人」と透かし彫りにした看板がある。間人からの帰りに同じ地点を通ると、看板を裏から見ることになって「人間」と見える。

名産[編集]

丹後半島の沖合は海岸線からわずか15kmで水深200mに達する急深な海底地形が特徴であり、ズワイガニの良い漁場となっており[2]、間人港で水揚げされた間人ガニ(ズワイガニ)やをはじめ、海産物に恵まれる。丹後ちりめんの産地でもある。

交通[編集]

丹後海陸交通 間人バス停

鉄道は通っていない。公共交通としては丹後海陸交通のバスがあり、間人バス停から京都駅前への直通便も2往復ある(2010年12月現在)。

道路[編集]

港湾[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 当時は丹波国。和銅6年(713年)に丹波国北部5郡を割き、丹後国とした。
  2. ^ 間人海岸周辺”. 山陰海岸ジオパーク. 2016年9月8日閲覧。