東史郎

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東 史郎(あずま しろう、1912年(明治45年)4月27日 - 2006年(平成18年)1月3日)は、日本の軍人(召集兵)。上等兵として南京攻略戦に参加し、南京大虐殺(南京事件)を著書『わが南京プラトーン』で告発した。

経歴[編集]

1937年召集された後、陸軍第16師団歩兵第20連隊第1大隊第3中隊上等兵として南京攻略戦などに参加した。京都府出身。戦後は町会議員などを務める。

1987年、中国戦線での体験などを記した日記を公開。同年、日記をもとにした著書『わが南京プラトーン― 召集兵の体験した南京大虐殺』を出版した[1]

2006年1月3日、大腸癌のため死去[1]。93歳。死去に際して中華人民共和国政府[2]および侵華日軍南京大虐殺遇難同胞記念館[3]から哀悼の意が示された。

名誉毀損裁判[編集]

1993年、著書の内容をめぐって元上官から名誉棄損東京地裁に提訴され、記述に客観的証拠がないとして損害賠償を命じられた。2000年1月に最高裁で東の敗訴が確定した[1]

捏造した内容は上官だった元陸軍第16師団歩兵第20連隊伍長の男性が、「中国人を郵便袋の中に入れ、ガソリンをかけて火をつけ、手榴弾を袋のひもに結びつけて沼の中にほうり込んだ」などと言う物だった。裁判では、著書の基になったとされる日記の多くの記述も「疑問が生じる」と指摘され、「主要な部分を裏付ける証拠はなく、真実と認めることはできない」とされた。[4]

以下は、弁護団の中北龍太郎の説明である[5]

東裁判とは、1987年に出版された東さんの従軍日記中の南京占領下の上官の残虐事件 (中国人を袋に入れ、ガソリンをかけて燃やし、袋の紐に手榴弾を結び付け沼に放り込み手榴弾を爆発させた)の記述に対し、その上官が東さんを名誉毀損を理由に提訴した裁判である。東京高裁は、この記述を虚偽と決めつけた。

東裁判で上官側を支えているのはいわゆる「南京事件まぼろし派」で、虐殺は中国軍の犯行と主張し、その延長線上で東日記を虚偽と決めつけている。これに対し東側は、現地調査、実験を繰り返し、また、歴史としての南京事件の全体像の中で東日記の真実性を訴えてきた。東京高裁は、この残虐事件に関する記述中にある「遊びは終わった」という日記の表現にこだわって、「遊び」として身の危険を全く冒さないで実行できなければ無意味と決めつけ、実行不可能と判断した。 しかし、これは著しく妥当性を欠いている。南京事件研究者吉田裕さんは、最高裁宛意見書で、客観的資料に基づいて、「南京攻略戦の特徴の一つは、軍事的必要性や合理性を欠いた、放逸で嗜虐的な加害行為が、特に戦闘の帰趨が決した掃討戦の段階で頻発した」 ことを明らかにし、そのうえで、東日記の「遊び」は、こうした「放逸で嗜虐的な加害行為」を表していると指摘している。判決は日記の「遊び」の意味について、平時の日常用語としての遊びと同じものととらえるという、致命的な誤解を犯している。この誤りは、南京事件に対する歴史認識の欠落によるものだ。また、東弁護団は最近中国で、東日記と同じ方法で手榴弾の水中爆発実験を行なった。実験の結果、火傷や被弾の危険がないことが改めて確認された。 さらに、判決は、東日記の記述をことさらに歪曲して、大量のガソリンをかけて燃やした袋を長距離引きずったと認定した。そのうえで、火傷の危険があると判断するといった、前代未聞といえるほどの事実認定の誤りすら犯している。 他方、上官側は、別人の従軍日記を証拠に、本件残虐事件の起こった場所にいなかったと主張した。これに対し、東側は、この日記は偽造されたものだと反論してきた。判決も、日記の「成立の真正は認められない。」とし、上官の主張を斥けた。にもかかわらず、判決は、上官の当時の行動や矛盾に満ちた法廷供述を全く分析しなかった。この点も、重大な問題点だ。 東日記は、一兵士の見た南京事件の一コマを描いている。多くの加害兵士が沈黙している現状にあって、東さんが勇気をもって日記を出版したことは、真実を解明する上で、とても意義のあることだ。訴訟は真実の公表を妨害するための邪悪な企みである。裁判所はこの企みに加担してしまった。 自らの加害行為も含めて戦場の真実を生々しく描写した東日記は、歴史の貴重な記録である。いうまでもないことだが、南京事件全体も一つ一つの加害行為から成り立っている。

(地裁)判決のように、歴史の無知から加害行為を無かったことにするならば、南京大虐殺の証言や資料は無意味になり、それこそ南京事件は“まぼろし化”しかねない。これこそ「まぼろし派」の狙いである。

著書[編集]

翻訳[編集]

2006年、南京の Jiangsu Education Publishing HouseからThe diary of Azuma Shiroが、キンバーリー・ヒューズ(Kimberly Hughes)翻訳で刊行された。

脚注[編集]

  1. ^ a b c “訃報:東史郎さん93歳=元兵士、南京大虐殺を著書で告発”. 毎日新聞. (2006年1月4日) 
  2. ^ “中国、東史郎氏の逝去に哀悼の意を表明”. 人民網. (2006年1月6日). http://japanese.china.org.cn/politics/txt/2006-01/06/content_2214929.htm 2012年7月17日閲覧。 
  3. ^ “元日本軍兵士の東史郎氏が病気で死去”. 人民網. (2006年1月4日). http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2006-01/04/content_2214654.htm 2012年7月17日閲覧。 
  4. ^ 南京事件で「虚偽」の残虐行為を証言した元日本兵のビデオ 米高校が教材に使用産経新聞(2015.6.20)web魚拓
  5. ^ 雑誌「世界」1999年10月号

関連項目[編集]