長谷有洋

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はせ ありひろ
長谷 有洋
プロフィール
出生地 日本の旗 日本東京都
死没地 日本の旗 日本東京都
生年月日 (1965-04-22) 1965年4月22日
没年月日 (1996-07-30) 1996年7月30日(31歳没)
所属 シグマクラブ(最終)
著名な家族 はせさん治長谷妙子
活動
活動期間 1982年 - 1996年
デビュー作 一条輝超時空要塞マクロス
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長谷 有洋(はせ ありひろ、1965年4月22日[1] - 1996年7月30日)は、声優俳優劇団こまどり、プロダクション・エムスリー[1]、シグマクラブに所属していた。

東京都出身[1]日本大学鶴ヶ丘高等学校卒業。

来歴[編集]

俳優、声優であるはせさん治の長男。父の影響で俳優を志し、劇団こまどりに入団。声優オーディションを受け、高校2年生(日本大学鶴ヶ丘高等学校)のときに『キャプテン』の小山役、次いで『超時空要塞マクロス』の一条輝役に抜擢された(注:放送は『マクロス』の方が先)。

一時は不振に陥り、ほとんど声優の仕事がない時期もあった。しかし、1990年代に入ってからは実力も向上し、端役ながら声優・俳優として徐々に仕事を増やしていた。

1996年7月30日、実家のマンションの7階から転落死しているのを午前4時頃に弟が発見。はせさん治は、1999年発行の『コミック・フィギュア王』のインタビュー(144-145ページ)で自殺だったと語っている。31歳没。

遺族が遺品整理をしにアパートの部屋へ行くとベッドの下から哲学書や精神世界を解いた本が大量に出てきた。同インタビューにて はせさん治は「『数週間で超能力が身につく法』・・・そんなようなタイトルの本でした。それには毎日座禅をして超能力を身につける方法が書いてありました。少しでも有くんのことが知りたくて次男と一緒に読んだのですが、読み進むたびに出口をふさいでいくような内容。途中で気味が悪くなり、捨ててしまいました。」と語った。

同雑誌の中(145ページ)で1983年11月に長谷有洋ミニコミ誌の特集記事のために録音された取材テープから「実現不可能なんですが僕には『三大夢』っていうのがあります。まず空を飛んでみたい。5センチでもいいから空中に浮いてみたいんです。それからネッシーでも何でもいいから恐竜に会いたい。あとね、宇宙に行って地球を眺めてみたい・・・。もう1個 許されるなら神様に会って話をしたい。」と彼が語った言葉が紹介されている。

墓石の横には「一条輝役 長谷有洋」と刻まれている。

特技は、タップダンス[1]水泳[1]

後任[編集]

長谷の死後、持ち役を引き継いだ人物は以下の通り。

出演[編集]

太字はメインキャラクター。

テレビアニメ[編集]

1982年

1983年

1984年

1989年

1991年

1992年

1994年

  • マクロス7(ボビー・ラコステ、ヒカル、ゴラム)

OVA[編集]

1987年

1988年

1989年

1990年

1991年

1992年

1995年

  • マクロス7 アンコール(司会者)

劇場アニメ[編集]

1984年

1995年

2012年

ゲーム[編集]

1997年

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

  • 旅路 村で一番の首吊りの木(1986年)

ラジオ[編集]

CD[編集]

  • 超時空要塞マクロス MISS.D.J. (LPレコード、CD)

その他[編集]

CM[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 『日本タレント名鑑1993』 VIPタイムズ社、1993年、259頁。
  2. ^ 超時空要塞マクロス”. メディア芸術データベース. 2016年8月7日閲覧。

参考資料[編集]