英霊にこたえる会

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英霊にこたえる会会員
(2001年8月15日)

英霊にこたえる会(えいれいにこたえるかい)は、1976年(昭和51年)に設立された日本の任意団体。会長は寺島泰三

国内すべての都道府県に地方本部を置き[1]、公称会員数は120万人。靖国神社の祭神に戦友や家族を持つ旧軍の将兵・遺族をはじめ、靖国神社が国に殉じた人々(英霊)への慰霊・顕彰の中心施設であるべき[2]と考える人々によって構成されている。

結成の経緯[編集]

英霊に対する国・国民のあるべき姿勢を確立するための国民運動を展開する」として[3]1976年6月22日石田和外が会長となって有志により結成された[4]

1974年6月、靖国神社国家護持法案は5回にわたって国会に上程されたが、衆議院本会議通過直前に廃案となった。同法案は靖国神社の宗教性を否定するものであったため、靖国神社の側から伝統的な祭祀が改変されるとして返上論が台頭し、法案は立ち消えとなった[要出典]

この代替として藤尾正行衆議院内閣委員長は「表敬法」の私案を提示し、自民党内で検討が行われた[5]

活動・主張[編集]

全国各地で戦没者に対する慰霊・顕彰の行事を行っている。毎年8月15日に「全国戦没者慰霊大祭」と「戦没者追悼中央国民集会」を靖国神社で主催する他、「靖国神社の桜の花の下で“同期の桜”を歌う会」を催している[要出典]

大東亜戦争」(太平洋戦争)は自衛のための戦争であったと主張しており、1994年には時の首相・細川護熙が訪中した際、過去に行った侵略戦争に対する謝罪表明に反発し、産経新聞に「日本は侵略国ではありません!」とする意見広告を掲載したり、日本遺族会を通じて小冊子を配布したりした。このなかで日本は謀略によって戦争に巻き込まれたものであり、自衛のための戦争であったと主張している[要出典]

首相は靖国神社に公式参拝すべきであるとも主張しており、長く公式参拝実現運動の母体となってきた[6]。近年では、首相になった小泉純一郎に公約通りの8月15日の参拝を求めた[7][8]

主な役員[編集]

「英霊にこたえる会」オフィシャルページ[1]による

  • 名誉会長 - 堀江正夫(元参議院議員・元陸将)
  • 会長 - 寺島泰三(日本郷友連盟会長・元統幕議長)
  • 副会長
  • 大原康男(國學院大學教授)
  • 百地章(日本大学教授)
  • 稲垣雅子(総務委員長・各種女性団体)
  • 熊谷猛(広報委員長・偕行社)
  • 監事
  • 古屋敏雄(偕行社)
  • 石橋聡 (戦友会連合会)

参加団体[編集]

「英霊にこたえる会」オフィシャルページ[1]による

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 組織、地方支部連絡先 英霊にこたえる会の概要”. 英霊にこたえる会. 2015年11月13日閲覧。
  2. ^ 靖国神社自身は「反戦」・「平和」を祈るための場所と称している(靖國神社のホームページ参照)。
  3. ^ 活動趣旨 英霊にこたえる会とは”. 英霊にこたえる会. 2013年3月4日閲覧。
  4. ^ “「英霊にこたえる会」戦没者の霊を大切にと結成”. 朝日新聞日・東京朝刊: p. 20. (1976年6月22日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  5. ^ 藤沢秀雄「日本宗教放送協会が実施した世論調査 「靖国神社問題と世論の動向 」について (PDF) 」 、『長崎大学教養部紀要. 人文科学』第17号、1977年、 51-58頁、2013年3月4日閲覧。
  6. ^ “戦後の靖国問題の歩み(年表)”. 朝日新聞・朝刊: p. 3. (1985年8月15日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  7. ^ “小泉首相参拝問題で賛否両派が15日集会 靖国神社周辺など”. 朝日新聞・夕刊: p. 14. (2001年8月13日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  8. ^ “首相に8・15参拝要求 西村氏「不戦の誓い駄目」”. 共同通信社. 47NEWS. (2005年7月7日). http://www.47news.jp/CN/200507/CN2005070701003152.html 2013年9月18日閲覧。 
  9. ^ 中核団体のひとつとされる。「強大な政治勢力の衰弱 日本遺族会の黄昏 50年後の現実」、『アエラ』、朝日新聞社、1995年10月30日、 6頁。 - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]