竹村栄哉

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竹村 栄哉 Football pictogram.svg
名前
カタカナ タケムラ ヨシヤ
ラテン文字 TAKEMURA Yoshiya
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1973-12-06) 1973年12月6日(44歳)
出身地 広島県三次市
身長 170cm
体重 64kg
選手情報
ポジション MF
利き足 左足
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

竹村 栄哉(たけむら よしや、1973年12月6日 - )は、広島県三次市出身のサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。現在はV・ファーレン長崎強化部長。

経歴[編集]

広島県山陽高校卒業後、1992年にフジタJリーグ入りした1994年からベルマーレ平塚)に加入。1994年8月17日のニコスシリーズ第3節でJリーグ初出場[1]、1995年9月2日のニコスシリーズ第6節でJリーグ初ゴールを記録[1]

その後、1998年から水戸ホーリーホック、1999年途中から大分トリニータ、2002年から大宮アルディージャ[2]、2004年からサガン鳥栖でプレー。2006年シーズン限りで鳥栖との契約が満了になり、クラブ側からはコーチ就任を打診されたが、大分時代の同僚である原田武男に誘われて九州リーグV・ファーレン長崎に移籍[3]。2009年にはポジションをサイドアタッカーからボランチへと移す[4]。2009年に左ひざ前十字靭帯を部分断裂したが、その翌年に復帰を果たす[5]。2010年限りで長崎との契約を満了[6]、2011年から同クラブのフロントスタッフとなった[5]

2011年から2014年まで、V・ファーレン長崎にスタッフとして籍を置きつつ、2014年長崎国体に向けた強化チームに選ばれた九州リーグの三菱重工長崎サッカー部で選手兼コーチを務めた[3]。国体には2012年大会と2014年大会に長崎県代表の選手兼監督として参加[4][7][8]

長崎のフロントスタッフとして当初は営業部[5]、のち強化部に在籍[8]。2012年に設立されたU-18チームではコーチに就任[9]。2018年より強化部長[10]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
1992 フジタ 旧JFL1部 1 0 - 0 0 1 0
1993 0 0 - 0 0 0 0
1994 平塚 - J 1 0 0 0 0 0 1 0
1995 13 1 - 1 0 14 1
1996 1 0 0 0 0 0 1 0
1997 24 7 0 0 0 0 0 7 0
1998 水戸 38 旧JFL 19 5 - 2 0 21 5
1999 25 JFL 5 4 - - 5 4
1999 大分 30 J2 22 1 2 0 3 0 27 1
2000 39 5 2 0 3 0 44 5
2001 37 2 2 0 3 0 42 2
2002 大宮 25 21 0 - 1 0 22 0
2003 16 4 0 - 0 0 4 0
2004 鳥栖 18 41 6 - 2 2 43 8
2005 9 16 0 - 0 0 16 0
2006 18 3 0 - 0 0 3 0
2007 長崎 11 九州 17 0 - 3 1 20 1
2008 17 2 - - 17 2
2009 JFL 17 1 - 0 0 17 1
2010 9 0 - 1 0 10 0
2011 三菱長崎 20 九州 -
2012 -
2013 -
通算 日本 J1 22 1 0 0 1 0 23 1
日本 J2 183 14 6 0 12 2 211 16
日本 旧JFL1部 20 5 - 2 0 22 5
日本 JFL 31 5 - 1 0 32 5
日本 九州 34 2 - 3 1 37 3
総通算 290 27 6 0 19 3 315 30

指導経歴[編集]

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b 竹村 栄哉”. J. League Data Site. Jリーグ. 2016年11月24日閲覧。
  2. ^ “竹村栄哉選手 大宮アルディージャへの完全移籍のお知らせ” (プレスリリース), (2002年1月19日), オリジナルの2003年10月22日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20031022110820/http://www.oita-trinita.co.jp:80/cgibin/information2/article.cgi?No=266 2018年9月19日閲覧。 
  3. ^ a b 宇都宮徹壱「約束の地 三菱重工長崎サッカー部の不惑コンビが歩んできた道」『フットボール批評 ISSUE 02』2014年、カンゼン、81-85頁
  4. ^ a b 竹村栄哉国体監督ミニインタビュー”. ナガサカ (2012年9月28日). 2016年11月24日閲覧。
  5. ^ a b c 原田と竹村がフロント入り、活躍誓う 「国体出場やユースなど指導に期待」と社長”. 長崎新聞ホームページ. 長崎新聞社 (2011年2月11日). 2016年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月24日閲覧。
  6. ^ 来季15選手と契約せず 若手育成、基盤強化図る”. 長崎新聞ホームページ. 長崎新聞社 (2010年12月3日). 2016年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月24日閲覧。
  7. ^ 目指せ10位台前半 本県選手団が結団壮行式”. 長崎新聞ホームページ. 長崎新聞社 (2012年9月20日). 2016年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月24日閲覧。
  8. ^ a b 【長崎がんばらんば国体2014】V・ファーレン長崎参加選手について”. V・ファーレン長崎 (2014年9月15日). 2016年11月24日閲覧。
  9. ^ 「U―18」設立 J参入条件、監督に元主将の原田氏”. 長崎新聞ホームページ. 長崎新聞社 (2012年6月20日). 2016年11月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月24日閲覧。
  10. ^ 藤原裕久 (2018年2月28日). “クラブ史上初のJ1開幕戦に臨んだ長崎。発足以来すべてを知る番記者の追憶”. フットボールチャンネル. 2018年9月20日閲覧。

外部リンク[編集]