田中健吉

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田中 健吉(たなか けんきち、1909年明治42年)12月22日[1] - 1955年昭和30年)1月13日[1][2])は、日本の社会運動家、政治家衆議院議員

経歴[編集]

秋田県北秋田郡上川沿村(現大館市)で生まれる[1]

早くから労農運動に加わり、1930年阿気村争議で検挙され懲役8ヵ月となるなど、何度も服役した[1]横手町会議員、秋田県会議員、同参事会員を務めた[1]

戦後、日本社会党に入党し、同党秋田県支部連合会長、同党中央委員、秋田県地方労働委員、同県農地改革推進協議会長、日本農民組合秋田県連合会長、同組合中央委員などを務めた[1][2]

1946年4月、第22回衆議院議員総選挙に秋田県選挙区から出馬して当選[2]第23回総選挙秋田県第二区から出馬して再選され、衆議院議員を連続二期務めた[2]。この間、社会革新党の結党に参加した[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『市民・社会運動人名事典』265頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』356頁。

参考文献[編集]

  • 『市民・社会運動人名事典』日外アソシエーツ、1990年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。