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無頼より 大幹部

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無頼より 大幹部
監督 舛田利雄
脚本 池上金男
原作 藤田五郎
出演者 渡哲也松原智恵子川地民夫待田京介浜田光夫
音楽 伊部晴美
撮影 高村倉太郎
編集 井上治
制作会社 日活
公開 1968年1月13日
上映時間 93分
次作 大幹部 無頼
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無頼より 大幹部』(ぶらいより だいかんぶ[1])は、1968年1月13日に公開された日本の映画[2][3][4]オープニングクレジットタイトル表記は『「無賴」より 大幹部』。渡哲也主演・舛田利雄監督。製作は日活。無頼シリーズ第1作[1]

概要

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ヤクザから作家になった藤田五郎自伝的小説『無頼』の映画化[3][4][5]。"人斬り五郎"の異名をとる一匹狼に渡哲也が扮する抗争劇で、日活ニューアクションの先駆けとなった作品とも評される[4]。渡哲也も「これで役者としてやっていけるかもしれないという手応えを感じた」と述べ[3]、会心の当たり役とされ、好評を受けて「無頼」シリーズが生まれ、計6本が製作された[3]

あらすじ

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水原一家に世話になっていた一匹狼のやくざ・藤川五郎(渡哲也)は、東京少年鑑別所時代に共に脱獄を計り、助けてもらった先輩・杉山勝彦(待田京介)を渡世の義理により腹部をドスで刺し、重傷を負わせた。三年間を刑務所で暮らした五郎は出所し、かつての街に帰って来た。上野組のチンピラたちに絡まれていた橋本雪子(松原智恵子)を救い、彼女から慕われるようになった。再び水原一家で厄介になることを決めた五郎だったが、街は上野組によって牛耳られるようになって、またも上野組と敵対するようになった[3]

キャスト

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スタッフ

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製作

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本作公開直前の『週刊映画ニュース』1968年1月15日に4頁に渡る映画関係者3人による匿名座談会があり[6]、渡哲也について語る部分があり、以下そのやりとり。「アクション王国復活が今の日活のスローガンで、裕次郎をはじめ、小林旭、渡哲也、高橋英樹宍戸錠二谷英明浜田光夫山内賢と粒のそろった男優陣をフル回転させる意向だがどうもシンになるスターに恵まれない」「なんといっても渡哲也が伸び悩んでいることが痛い。一部ではもうアキらめるべきだという声もあるが…実際はどうなのだろう」「或いはそれが正しいのかも知れない。確かに"スター"となるべき素質はあるようだが、どうも生かし切れない。一年くらいテレビ部にあづけお茶の間族にPRしてみるのも手ではないかな。今の状態では主演映画をバンバン続けることは興行的にマイナスだと思う」「毛利元就の教えじゃないが比較的数の揃った男優陣に複数主演作を作り、作品の興行価値を高めると同時に、これで時間を稼いでいる間に若手の養成も力を入れたい」などと書かれてる[6]

藤川五郎(渡哲也)が出所後すぐに浅草寺に行き参拝[1]境内は人も少なく大量の鳩がいる。仲見世は今日より赤色が少ない。有名店「梅園」で栗あんみつを食べる。五郎(渡)のかつて付き合いがあった女性が結婚して埼玉県上福岡 (現ふじみ野市)にいると聞き、渡が東武東上本線上福岡駅ホームで降り[1]、通勤客とは反対方向に歩くシーンを望遠で撮っている。通勤客は相当な人数でエキストラではなく、実際の通勤客と見られる。急いでいるのか、渡を見ても誰も反応しない。結婚した女性は上野台団地に住む設定。青江三奈ナイトクラブ歌手として残り5分で登場し「上海帰りのリル」を唄う。

ロケ地

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  • 東京都台東区浅草寺、仲見世[1]。埼玉県上福岡市(現ふじみ野市)東武東上本線上福岡駅[1]。現在の新宿区新宿駅南口付近、新宿駅中央本線ホーム[1]。度々映る歓楽街は「日活銀座」で主に撮影されたと見られるが[7]、昼間のシーンは実際に街で撮影されている箇所も多い。今日では不可能だが、都電の線路上での撮影も多く、辻川猛夫(浜田光夫)がかなり長い距離の線路上を走るシーンもある。五郎(渡)のアパートは終盤にニュースで「大久保のアパート平和荘」と放送される。都電大久保車庫(現新宿文化センター)近くと見られ、実際のアパート周辺で撮影が行われている。終盤入院していた五郎(渡)が退院し、橋本雪江(松原智恵子)と東京都立大久保病院と看板の掛かる病院から出るシーンがある。ラスト近くに上野駅構内と同駅のホームで撮影が行われている[1]

同時上映

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脚注

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外部リンク

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