瀬戸ケ谷町

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瀬戸ケ谷町
首都高速狩場線上りの狩場本線料金所。 下り線の上部は瀬戸ケ谷町公園となっている。
首都高速狩場線上りの狩場本線料金所
下り線の上部は瀬戸ケ谷町公園となっている。
瀬戸ケ谷町の位置(横浜市内)
瀬戸ケ谷町
瀬戸ケ谷町
瀬戸ケ谷町の位置
瀬戸ケ谷町の位置(神奈川県内)
瀬戸ケ谷町
瀬戸ケ谷町
瀬戸ケ谷町の位置
北緯35度27分37.15秒 東経139度35分45.82秒 / 北緯35.4603194度 東経139.5960611度 / 35.4603194; 139.5960611
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Yokohama, Kanagawa.svg 横浜市
保土ケ谷区
設置 1940年11月1日
面積
 • 合計 0.416km2
人口
2018年(平成30年)2月28日現在)[2]
 • 合計 6,179人
 • 密度 15,000/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
240-0024[3]
市外局番 045 (横浜MA)[4]
ナンバープレート 横浜

瀬戸ケ谷町(せとがやちょう)は神奈川県横浜市保土ケ谷区町名住居表示は未施行で、丁目は設けられていない。郵便番号は240-0024[3]。面積は0.416km2である[1]

地理[編集]

保土ケ谷区の南東部に位置し、東西に2.3Km、南北に最大1.8Kmの横長の町域を持つ。1990年に開通した首都高速神奈川3号狩場線が東西に走り、街は南北に分かれている。北東端の保土ケ谷橋交差点から西に入ったところは程ヶ谷宿の歓楽地であった。今井川を渡る八幡橋の先には八幡神社があり[5]、今井川沿いに西に行くと羽田の漁民の信仰を集め、羽田講を行う外川神社がある。程ヶ谷宿旧本陣の南側の台地には全長40.9mの前方後円墳の瀬戸ケ谷古墳があったが、宅地開発で姿を消した[6]。首都高速を渡り町の南北をつなぐ橋は幅を広くとり、一部が小公園となっている[5]。町の南西部には横浜市立瀬戸ケ谷小学校がある。

歴史[編集]

1940年昭和15年)11月1日保土ケ谷町字瀬戸ケ谷、瀬戸ケ谷東側、瀬戸ケ谷入口および岩間上町字西裏町ほかから瀬戸ケ谷を新設設置[5]。地名研究では、セトは「狭処」あるいは「狭戸」、すなわち谷戸の地形を意味すると考えられる[7]1962年(昭和37年)~1970年(昭和45年)頃より、大規模な宅地開発が行われた。1981年(昭和56年)には、一部が南区永田北に編入される[8]

世帯数と人口[編集]

2018年(平成30年)2月28日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

町丁 世帯数 人口
瀬戸ケ谷町 2,906世帯 6,179人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[9]

番地 小学校 中学校
1番地〜46番地の49、47〜50番地、53番地の1〜160
54〜67番地、 68番地(崖の下)、69番地、74〜77番地
79〜105番地、107〜115番地、117〜137番地
139〜166番地、169〜201番地、203番地
横浜市立岩崎小学校 横浜市立岩崎中学校
46番地の50〜54、51〜52番地、53番地の161〜170
68番地(崖の上)、70〜73番地、78番地の2・10
106番地、116番地、138番地、167〜168番地
202番地、204番地以降
横浜市立瀬戸ケ谷小学校

脚注[編集]

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  1. ^ a b 横浜市町区域要覧”. 横浜市 (2016年3月31日). 2018年3月23日閲覧。
  2. ^ a b 保土ケ谷区町別世帯と人口(2018年2月28日現在の住民基本台帳・外国人登録原票に基づく)”. 横浜市統計ポータルサイト (2018年2月28日). 2018年3月23日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月23日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月23日閲覧。
  5. ^ a b c (保土ケ谷区史 1997, pp. 488-489)
  6. ^ (角川 1984, p. 1032)
  7. ^ (市民局 1996, p. 114)
  8. ^ (角川 1984, p. 523)
  9. ^ 小中学校等通学区域”. 横浜市 (2017年11月15日). 2018年1月24日閲覧。

参考文献[編集]

  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』角川書店、1984年6月8日。
  • 横浜市市民局総務部住居表示課『横浜の町名』、1996年12月。
  • 『保土ケ谷区史』保土ケ谷区史編集部会、1997年10月1日。