湛水直播栽培
湛水直播栽培(たんすいちょくはんさいばい)は、水田に直接種をまいていく稲の栽培方法で、労働集約的な移植栽培(水田に育てた苗を植える従来の方法)に比べて、省力的な直播栽培は大規模化でも一人で作業可能な栽培技術で低コスト化になる。直播栽培には播種前の入水の有無によって、湛水直播(播種前に代かき)と乾田直播(乾田状態で播種)[1][2][3]がある。
概略
[編集]1950年代に、催芽した稲の種子を過酸化カルシウム(商品名:カルパー粉粒剤、酸素発生剤)でコーティングする技術が開発された。その後機械化がすすみ、1980年代に湛水土中直播技術が実用化された。2004年に鉄コーティング(鉄の重みを利用した技術)直播栽培が農研機構で開発された[4]。浸種した種子に鉄粉をコーティングして土壌表面に播種する方法で、苗立を不安定にさせる酸素不足・浮き苗・鳥害も防ぐことができる(浸種期間の目安は水温10~20℃で、積算水温40~60℃)。過酸化カルシウムコーティング直播栽培では落水出芽法(播種後一週間程度落水管理する)だが、鉄コーティング直播栽培でも、播種後落水管理した方が湛水管理した場合に比べ出芽率が向上し、カモによる食害も防止できる[5]。鉄コーティング用直播機は点播(てんぱ)方式が条播(じょうは)に比べて苗の生育が良い[6]。
- 水稲種子にモリブデン化合物をまぶすと、直播での苗立ちが改善されます[7]。
- 『代かき同時打ち込み式』多粒点播法の水稲直播機も開発されている[8][9][10][11][12][13]。
- 無コーティング種子代かき同時浅層土中播種技術も開発されている[14][15][16]。直播栽培では、雑草イネへの警戒が必要[17][18][19]。
- 水稲湛水直播向けコーティング処理済み種子「リゾケアXL(エクセル)」をシンジェンタジャパンが発売[20][21][22]。酸素供給剤「オクソスDS」、殺菌剤「スクーデリアES」により、酸素不足、苗腐病を防ぐことで、苗立ちをサポート。苗腐病との関わりが深い水管理が従来の直播栽培にくらべてよりシンプルになる一方で、直播の雑草問題の軽減にも期待される。また、ドローン(マルチロータ)・乗用型播種機・背負式動力散粒機など、圃場サイズ・所有する機械に応じた播種方法の選択が可能。
一方で、湛水直播だけに限らず、直播栽培は移植栽培に比べ食味(コメの味)は劣ると言われている。これは、直播専用肥料は移植栽培用と比べ、窒素成分が多く、また播種された種もみの近傍に施肥されるため、効率的に窒素成分を吸収できることからコメに含まれるタンパク質が増えるためと考えられている。ただし、農林水産省をはじめとする公的機関の関連サイトには食味の低下は記載されていない。しかし、多くの生産者は経験的に食味が劣ると考えている。
沿革
[編集]- 2004年(平成16年)- 1月6日、山内稔農学博士[23](農研機構)が鉄コーティング種子(鉄粉被覆稲種子)製造法を特許出願[24][25]。
- 2005年(平成17年)- 内山公(新潟県新発田市)氏が新潟クボタの支援で水稲鉄コーティング湛水直播の大規模化を開始[26]。
- 2010年(平成22年)- 8月31日、農研機構が簡易で低コストな水稲の直播技術を開発(水稲種子にモリブデン化合物をまぶすことにより直播での苗立ちが改善)[27]。
- 2013年(平成25年)- 『鉄コーティング種子を用いた水稲の湛水播種技術』で第5回 日本作物学会技術賞を受賞[28]。
- 2014年(平成26年)- 4月、山内博士が退官後、JA全農に入る[29]。
- 2016年(平成28年)- 12月22日、無コーティング代掻き同時播種機が開発される [32][33][34][35]。
- 2017年(平成29年)- コマツが直播にも対応した農業ブルドーザを開発。建機リース会社が操作を担当するオペレーター付きで水田などに派遣するプランも研究[36][37]。
- 2020年 (令和2年) - 4月1日、シンジェンタジャパンが、水稲湛水直播向けのソリューション「RISOCARE(リゾケア)®」を2021年から展開することを発表[38]。
関連書籍
[編集]- 川島長治(著)『木川営農組合方式による鉄コーティング直播栽培の奨め』農林統計協会 ISBN 9784541040176 (2015年3月6日)
- 姫田正美・今井秀昭・井村光夫(編著)『コシヒカリの直播栽培』農山漁村文化協会ISBN 9784540981944(1999/03)
- 木本英照・岡武三郎・富久保男(共著)『乾田不耕起直播栽培10アール5時間のイネつくり』農山漁村文化協会 ISBN 9784540941573(1995/03)
- 中村喜彰(著)『低コスト増収の米作り―湛水土壌中直播栽培』家の光協会 ISBN 9784259516383(1983/01)
- 宮坂昭(著)『イネの直播栽培―乾田耕起直播・乾田ばらまき・不耕起穴まき・湛水ばら』農山漁村文化協会 ISBN 9784540730146(1977/05)
脚注
[編集]- ^ “乾田直播栽培技術マニュアル”. 農業・食品産業技術総合研究機構 東北農業研究センター. 2018年11月20日閲覧。
- ^ “湛水直播と乾田直播って何が違うの?”. 日本穀物検定協会. 2018年11月20日閲覧。
- ^ 下野裕之, 玉井美樹, 黒田栄喜 ほか「寒冷地における水稲の冬越し直播栽培の試み」『日本作物学会講演会要旨集 第229回日本作物学会講演会』、日本作物学会、246頁、2018年11月20日閲覧。
- ^ 山内稔「鉄粉被覆稲種子の製造法」『特許第4441645号』、特許権者独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構、2010年、NAID 20000947265、2020年8月18日閲覧。
- ^ “栽培の流れ”. 新潟クボタ. 2015年4月4日閲覧。
- ^ “鉄まきちゃん”. 2015年4月4日閲覧。
- ^ 原嘉隆, 秀島好知「九州北部におけるべんがらモリブデン被覆種子による湛水直播の苗立ち」『日本作物学会講演会要旨集』第240回日本作物学会講演会、日本作物学会、2015年、6頁、doi:10.14829/jcsproc.240.0_6、NAID 130005483927。
- ^ “水稲直播機 マックスハロー直播機(代かき同時打込み直播)”. ササキコーポレーション. 2016-010-10閲覧。
- ^ “打込式代かき同時直播機”. サン機工. 2016-010-10閲覧。
- ^ “水稲直播・ひとめぼれ代かき同時打ち込み式多粒点播法”. 古川農業試験場. 2016-010-10閲覧。
- ^ “代かき同時打ち込み式点播機を用いた水稲湛水直播栽培法”. 岩手県農業研究センター. 2016-010-10閲覧。
- ^ “代かき同時打ち込み点播機の播種ロール改良による作業性向上結果”. 岩手県農業研究センター. 2016-010-10閲覧。
- ^ “代かき同時打ち込み点播機を用いた水稲湛水直播栽培法”. 岩手県農業研究センター. 2016-010-10閲覧。
- ^ 白土宏之, 伊藤景子, 今須宏美, 大平陽一, 川名義明「水稲無コーティング種子の代かき同時浅層土中播種栽培に適した播種後水管理」『日本作物学会紀事』第89巻第3号、日本作物学会、2020年、185-194頁、doi:10.1626/jcs.89.185、ISSN 0011-1848、NAID 130007872086、2020年8月18日閲覧。
- ^ “石井製作所、無コーティング代かき同時播種機/低コスト・高効率作業を実現”. 農機新聞 (2016年1月19日). 2017年1月3日閲覧。
- ^ “事業名:稲作における低コストと省力化を同時実現する”無コーティング代掻き同時播種機”の開発と販路開拓” (2015年2月27日). 2017年1月3日閲覧。
- ^ “(研究成果) 移植水稲栽培での「雑草イネ」の発生を多数確認”. 国立研究開発法人 農研機構. 2017年6月11日閲覧。
- ^ “雑草イネ-水稲作への侵入が危惧される雑草-”. 国立研究開発法人 農研機構. 2017年6月11日閲覧。
- ^ “雑草イネの特徴とまん延防止”. 国立研究開発法人 農研機構. 2017年6月11日閲覧。
- ^ “リゾケアXL”. シンジェンタジャパン (2020年11月19日). 2020年12月23日閲覧。
- ^ “新しいコメ作りの形を提案。作業の省力化に貢献する次世代型の直播栽培『RISOCARE®(リゾケア)』”. マイナビ農業 (2020年11月19日). 2020年12月23日閲覧。
- ^ “直播向け種子「リゾケアXL」2021年販売開始-シンジェンタジャパン”. JA.com (2020年11月26日). 2020年12月23日閲覧。
- ^ 山内稔、「鉄コーティング種子を用いた水稲湛水直播技術」『日本作物学会紀事』 2012年 81巻 2号 p.148-159, doi:10.1626/jcs.81.148, 日本作物学会
- ^ “山内稔・JA全農肥料農薬部技術主管 鉄コーで目指すのは生産者の手取り向上”. JA.com (2014年5月16日). 2015年4月8日閲覧。
- ^ “鉄粉で稲作革命/山内稔・農学博士に聞く”. 産業新聞. 2015年4月8日閲覧。
- ^ “水稲鉄コーティング湛水直播の先駆者 研究重ね礎築く新発田市内山公さん”. 農業共済新聞 (2010年3月). 2015年4月8日閲覧。
- ^ “水稲種子にモリブデン化合物をまぶすことにより直播での苗立ちが改善”. 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構. 2016年4月24日閲覧。
- ^ “日本作物学会技術賞”. 日本作物学会. 2015年4月13日閲覧。
- ^ “山内稔・JA全農肥料農薬部技術主管 鉄コーで目指すのは生産者の手取り向上”. JA.com. 2015年4月13日閲覧。
- ^ “鉄コー水稲直播技術で文科大臣賞”. JA.com. 2015年4月13日閲覧。
- ^ “日本初の種子コーティング用プレミックス鉄粉「粉美人」を開発、販売開始鉄まきちゃん”. JFEスチール. 2015年4月4日閲覧。
- ^ “無コーティング代掻き同時播種機”. 石井製作所 (2016年12月22日). 2017年1月3日閲覧。
- ^ “水稲無コーテティン種子の代かき同時浅層土中播種栽培マニュアル”. 東北農業研究センター (2016年2月12日). 2017年1月3日閲覧。
- ^ “播種機 (JP 2016-165228 A 2016.9.15)”. Newsline Foundation (2015年3月9日). 2017年1月3日閲覧。
- ^ “播種機”. j-platpat. 2022年3月10日閲覧。
- ^ “農水省・コマツなど、農機コスト削減へブルドーザー活用”. 日刊工業新聞. 2017年5月1日閲覧。
- ^ “ブルドーザを農業現場へ導入し機械コスト1/3を実証”. 農林水産省. 2017年5月1日閲覧。
- ^ “水稲湛水直播向けソリューション 「RISOCARE(リゾケア)」を発表。 シードケア インスティテュート ジャパンを2020年4月1日設立”. シンジェンタジャパン (2020年3月12日). 2020年12月23日閲覧。