済美高等学校 (岐阜県)

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済美高等学校
済美高等学校玄関
過去の名称 済美女子高等学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人岐阜済美学院
校訓 神を畏れることは
知識のはじめである
設立年月日 1918年
創立者 片桐竜子
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 単位制
設置学科 普通科(選抜特進、 特進、総合進学、生活文化、健康福祉)
保育科
衛生看護科
商業科
学期 2学期制
高校コード 21503B
所在地 500-8741
岐阜県岐阜市正法寺町33
外部リンク 公式サイト
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済美高等学校(せいびこうとうがっこう)は、岐阜県岐阜市にあるキリスト教教育を実施している私立高等学校。元々は、済美女子高等学校であったが、2004年4月から男女共学部普通科を設置し、名称が済美高等学校となった。学校法人岐阜済美学院が経営している。准看護師を養成する施設や保育士資格準備に対応した施設を有する。系列校は、中部学院大学である。

設立の経緯[編集]

学校法人岐阜済美学院は、創立者・片桐竜子の手により岐阜裁縫女学校として1918年(大正7年)に発足した。その後、戦火をくぐった創立者の子女・片桐孝がキリスト者だったこともあり、反戦・平和への祈りと願いから戦後はキリスト教主義学校として出発。1951年に設立認可された。

建学の精神[編集]

旧約聖書箴言1章7節『神を畏れることは、知識のはじめである』を建学の精神としている。

沿革[編集]

  • 1918年4月 - 創立者片桐 竜子、岐阜市溝旗町に裁縫塾を開設
  • 1918年9月 - 岐阜裁縫女学校の設置認可を受ける
  • 1919年4月 - 岐阜裁縫女学校を開設
  • 1920年4月 - 岐阜市田生越町に新校舎落成し移転
  • 1925年2月 - 高等女学校令により岐阜実科高等女学校の設置認可を受ける
  • 1925年4月 - 同校開校式を挙行。片桐竜三郎校長に就任
  • 1928年4月 - 岐阜裁縫女学校を廃止し、岐阜女子高等技芸学校開設。片桐 竜子校長に就任
  • 1940年4月 - 岐阜実科高等女学校を本科に組織変更し校名を片桐高等女学校と改称する
  • 1940年5月 - 校長片桐 竜三郎死去
  • 1940年6月 - 片桐 竜子校長に就任
  • 1941年3月 - 岐阜市外厚見村(現岐阜市正法寺町33)に校地10200㎡を購入
  • 1942年10月 - 校長片桐 竜子退任し、楠 基道校長に就任。片桐高等女学校を岐阜済美高等女学校と改称する
  • 1944年3月 - 財団法人岐阜済美学園設置認可を受ける
  • 1944年4月 - 岐阜済美女子商業学校開設。
  • 1944年6月 - 校長楠 基道退任し、後藤 正校長に就任。
  • 1948年4月 - 学制改革により岐阜済美高等女学校を新制高等女学校に切替え済美女子高等学校(普通科・家庭科・別科)と改称する
  • 1949年1月 - 済美幼稚園を設置する
  • 1951年3月 - 学校法人岐阜済美学院の設置認可を受ける
  • 1956年3月 - 済美女子高等学校の別科を廃止する
  • 1957年4月 - 済美女子高等学校に保育科を設置し家庭科を被服科と改称する
  • 1961年4月 - 済美女子高等学校に商業科を設置する
  • 1964年2月 - 岐阜幼稚園教員養成所の設置認可を受ける
  • 1966年3月 - 済美女子高等学校の被服科を廃止する
  • 1966年4月 - 済美女子高等学校に衛生看護科を設置する
  • 2004年4月 - 男女共学になり、済美女子高等学校から済美高等学校へ校名変更する
  • 2017年4月 - 総合進学科(男女共学)を設置
  • 2018年4月 - 保育科、生活文化、健康福祉科も男女共学になる

設置学科[編集]

  • 普通科(選抜特進、特進、総合進学、生活文化、健康福祉)
  • 保育科 - 高大連携で、系列大学の保育科目を履修できるが、保育士資格は取れない。
  • 商業科
  • 女子部衛生看護科 - 専攻科併置でなく、卒業時は准看護師資格しか取れない。

交通機関[編集]

その他[編集]

済美高校の一角にたつ川手城の石碑
  • 校内に川手城の石碑があり、当時の土塁の一部も残っている。

系列校[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]