東京博善

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東京博善株式会社
Tokyohakuzen Company, Limited.
種類 株式会社
略称 東博
本社所在地 日本の旗 日本
101-0047
東京都千代田区内神田二丁目5番6号
設立 1921年4月
業種 サービス業
法人番号 6010001034362 ウィキデータを編集
事業内容 斎場経営
代表者 浅岡眞知子
資本金 40億5千万円
従業員数 217名(2011年3月現在)
主要株主 株式会社廣済堂60.9%
妙法寺4.2%
関係する人物 木村荘平
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東京博善株式会社(とうきょうはくぜん、: Tokyohakuzen Company, Limited.)とは、東京都内において6ヶ所の斎場(火葬場)を直営する企業である。東証一部上場企業の出版社である廣済堂グループの1つ。

概要[編集]

1887年(明治20年)6月、実業家で政治家の木村荘平日暮里村につくられた火葬場を運営するために東京博善を創業。その後都内の斎場を次々と吸収合併していった。大正期になると、医学博士であり貴族院議員であった金杉英五郎が社長に就任。金杉は環境衛生医学者の立場から燃料研究と無煙無臭火葬の実現、且つ社会施設としての火葬場の尊厳を使命に経営にあたった。

その後、経営的観点ではなく、宗教的な精神に基づく運営が必要だという見解から、日蓮宗大本山法華経寺貫主の宇都宮日綱社長、日蓮宗堀之内妙法寺を代表し藤井教詮監査役らが任命され、宗教的・社会的使命の立場に立った運営がなされた。

1985年(昭和60年)になると経営は僧侶の手を離れ、1992年(平成4年)には廣済堂が筆頭株主となり、現在に至る。

沿革[編集]

  • 1887年明治20年)6月 - 木村荘平が東京博善を創業。
  • 1921年大正10年)4月 - 町屋、砂町、落合、代々幡の各斎場を事業所として東京博善株式会社を設立。
  • 1927年昭和2年)2月 - 株式会社天親館(現四ツ木斎場)を合併。
  • 1929年(昭和4年)11月 - 博善株式会社(現桐ケ谷斎場)を合併。
  • 1961年(昭和36年)12月 - 日進起業株式会社(現堀ノ内斎場)を合併。
  • 1965年(昭和40年)10月 - 砂町斎場を閉鎖。
  • 1992年平成4年) - 株式会社廣済堂が出資し、筆頭株主となる。

直営斎場[編集]

同社は東京23区において約7割の火葬を行っており、直営斎場はどれも火葬場、葬祭ホール、遺体安置所、休憩室、喫茶室などがある総合斎場となっている。明るく近代的な建物・施設で環境問題にも配慮された無煙無臭火葬システムも導入している。

一部の斎場には「特別殯館」と呼ばれる区画があり、主にVIPの火葬に利用される。一般皇族も第二次世界大戦後は火葬とされたため、「特別殯館」がある斎場に運ばれる。2014年宜仁親王のケースでは落合斎場が使われた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]