操作主義

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「パーソナル・スペース」を操作的に定義する例[1]

特に心理学社会科学生命科学物理学における研究デザイン英語版にて、操作主義(そうさしゅぎ、英:operationalism)とは、直に測定できないが、他の現象によってその存在が示される現象を測定するために定義する手続きのことである。ファジー概念英語版が、理論的な概念となるように、実験による観測の条件にてはっきりと区別あるいは測定でき、また理解できるようにと、定義する手続きである。広義には、概念外延を特定する手続きを指す—何がその概念の一部であり、そうでないのかを記述する。たとえば、医学では健康の現象を、ボディマス指数喫煙のような一つ以上の指標によって操作できるようにする。ゆえに、一部の現象を観測することは直接は困難であるが(潜在変数英語版など)、その存在は観測可能な効果によって推測することができる。

操作主義の概念は、イギリスの物理学者 N. R. キャンベルがその著書『物理学』(Physics: The Elements, Cambridge, 1920)にて初めて発表した。この概念は次に人文科学社会科学に広がった。物理学でも使われている。[2][3][4][5][6][7]

理論[ソースを編集]

自然科学における操作主義[ソースを編集]

科学における最も基本的な概念、たとえば長さを定義するためにさえ、どのような方法で測定するかという操作を通して定義する。

このような方法論的な立場は操作主義と呼ばれ、パーシー・ブリッジマン(Percy Williams Bridgman) によって見出され[8]、そこから派生していった。

現実では私たちは長さを様々な方法で測定せねばならず—たとえば、もし月までの距離を測定したいときにものさしを用いることは不可能である)—このような現実は、長さが論理的には単一の概念ではなく、複数の概念であることを意味する。各々の概念は用いられた測定操作法によって定義される。

ブリッジマンは、相対性理論は、「長さ」と「時間」というような概念が、実際に異なる概念にいかにして分離されるかを私たちに見せてくれていると、指摘した。物理学の理論を洗練させていく過程の一部として、何が単一の概念であり、何が2つまたは3つの独立した概念であるか、というものが解明されていく。しかし、ブリッジマンは、私たちが「操作的に定義された」概念のみに固執してしまっては、そのような解明はなされないと提言している。

このような概念は、一般相対性理論においてもっと明解に見て取れるであろう。アルベルト・アインシュタインは質量には2つの操作的定義があることを認識していた。accelerational な質量(慣性質量)は、力を加え、加速度を観測することによって、運動の第2法則(ニュートンの運動方程式)から定義される。対して gravitic な質量(重力質量)は、物体を秤や天秤に置くことで定義される。

従来は、どちらの操作でも同じ結果を得ていたことから、人々は違いについて注意を払ってこなかった。しかし、アインシュタインの重要な洞察によって、2つの操作は深いレベルで等価であるがゆえに常に同じ結果を生み出すのだ、という等価原理という仮定がなされた。そのような仮説を推測していった結果、生まれたのが一般相対性理論である。このようにして、科学的測定の操作的定義というものを吟味していくことによって、科学におけるブレイクスルーが達成された。

現在では、基本的な概念を操作主義的に定義することは、物理学の世界のみならず、全ての科学分野の根幹となっている。

社会科学における操作主義[ソースを編集]

操作主義は、しばしば社会科学の分野においても、科学的手法心理検査の一部として用いられている。たとえば、研究者が怒りというものを測定したい、という場合である。怒りというものは無形のものであり、怒りの存在およびその感情の大きさというものは、観察者が外から直接測定することができない。むしろ、顔の表情(facial expression)、語彙の選択、声の大きさや調子といった他の測定手法が、外部の観察者によって用いられる。

もし研究者がさまざまな人の怒りの深さを測定したいとき、最も直接的な操作は「あなたは怒っていますか?」「どれくらい怒っていらっしゃいますか?」という質問をすることである。しかし、この操作には問題がある。なぜなら、個人ごとの定義に依存しているからである。ある人はやっかいごとに関わって少し怒っただけなのに、自分は非常に怒っていると表現するかもしれない。一方、他の人はひどい挑発にさらされてひどく怒っているにもかかわらず、自分は少ししか怒っていないと表現するかもしれない。加えて言えば、多くの場合、怒っているかどうか尋ねるというのは実用的ではない。

怒りの一つの指標は声の大きさであるから、被験者が通常時の声量に比べてどれだけ大きな声を出すかを測定することにより、研究者は怒りという概念を操作主義的に定義できる。しかし、この方法では、声量による測定が全ての怒りの事例に適用可能な測定法だという前提が置かれねばならない。ある人が声で対抗するのに対し、他の人が身体的に対抗してくることもある。このようなことがあると、怒りは操作的な変数とはならない。

社会科学において、操作主義に対する批評として主なものに、「本来の目的は、従来の心理学理論を支配してきた主観的で心理主義的な概念を取り除くとともに、人間の行動をもっと操作的に有意義な形で表し、置き換えることにある」という主張がある。しかし、経済学にみられるように、操作主義の支持者は最終的に「操作主義をひっくり返す」結果となった(Green 2001, 49)。 「欲望や目的というような形而上学の用語を置き換えるかわりに」、彼らは「それらに操作的な定義を与えることによって、それらの用語を用いることを正当化してしまった」。このように、心理学の分野においても、経済学において見られるのと同様に、当初のような非常に過激な操作主義者のアイデアは、方法論的な手法の主流とするには、「安心できる崇拝物」"reassurance fetish" (Koch 1992, 275) として以外に大した意義をもたらさないものに徐々に変質してしまった。[9]

概念的枠組みへの結び付け[ソースを編集]

上述のような議論は、概念の測定という行為と操作主義を結びつけるものである。多くの学者が、職への満足度、偏見、怒りなどという概念を操作主義的に取り扱っている。尺度や指数というものを設けることは、操作主義の形態でもある。

操作主義的な手法をとるというのは、実験主義的な研究プロセスの一部である。実験主義的な研究課題の例をとってみよう。職への満足度は離職率に影響するであろうか? 職への満足度も離職率も測定しなければならない。これらの概念やそれらの関係は重要であり、複数の概念を含むより大きな枠組みを構築するために操作主義的な手法が用いられる。大規模な実験的研究質問や目的がある場合、データ収集を始める前に、問いに対する返答をまとめるための概念的枠組みを操作主義的に構築せねばならない。もし学者が概念的枠組みにもとづいてアンケートを作成する場合、学者は操作主義的な枠組みを作らねばならない。もっとも厳格な実験主義的研究では、明確で概念的枠組みに結び付けられた操作主義的手法を含んでいるべきである。

極端に単純な例を挙げれば、「職への満足度は、離職率を下げる」という仮説は、職への満足度と離職率という2つの概念を結びつける(また枠組みを構築する)一つの方法である。「職への満足度」というアイデアから、アンケート項目を設けて職への満足度の尺度を構築する、という作業は操作主義的な方法である。多くの人にとっては、調査質問の大きな課題の外にある操作主義的手法や概念的枠組みといったものには大した興味はない。

行政学の分野では、Shields and Tajalli (2006) [10] が概念的枠組みとして5種類を挙げている。

  • 作業仮説(Working Hypotheses)
  • 記述的範疇(descriptive categories)
  • 実用的理念型(practical ideal type)
  • オペレーションズ・リサーチ(operations research)
  • 形式的仮説(formal hypotheses)

彼らはこれらの枠組みがそれぞれどのように操作主義的に行えるかを解説し描き出した。彼らはまた、文献に結び付けられた概念的枠組みの表をいかに作成し、概念的枠組みを操作主義的にするような細目をどのように表にレイアウトするかを実演することを通じて、概念化や操作主義的手法をより確固たるものにする方法を示した。

これらの表を用いた研究プロジェクトの例については、http://ecommons.txstate.edu/arp/ [11] などに見ることができる。

出典[ソースを編集]

  1. ^ Antonio Damasio (1999) The Feeling of What Happens: Body and Emotion in the Making of Consciousness ch.2, p.55
  2. ^ Inguane, R., Gallego-Ayala, J., & Juízo, D. (2013). Decentralized water resources management in Mozambique: challenges of implementation at river basin level. Physics and Chemistry of the Earth, Parts A/B/C.
  3. ^ Wright, R. (2007). Statistical structures underlying quantum mechanics and social science. International Journal of Theoretical Physics, 46(8), 2026-2045.
  4. ^ Atmanspacher, H. (1994). Is the ontic/epistemic distinction sufficient to describe quantum systems exhaustively?. In Symposium on the Foundations of Modern Physics (pp. 15-32).
  5. ^ Svozil, K. (1990). The quantum coin toss-testing microphysical undecidability. Physics Letters A, 143(9), 433-437.
  6. ^ Downing, K. L. (1992). A qualitative teleological approach to cardiovascular physiology. Recent advances in qualitative physics, 329.
  7. ^ Martens, H., & de Muynck, W. M. (1990). The inaccuracy principle. Foundations of physics, 20(4), 357-380.
  8. ^ Bridgman, P.W. The Logic of Modern Physics(現代物理学の論理), 1927
  9. ^ http://findarticles.com/p/articles/mi_qa5437/is_200412/ai_n21361433/pg_5?tag=artBody;col1
  10. ^ Shields, Patricia and Hassan Tajalli. 2006. Intermediate Theory: The Missing Link to successful Student Scholarship. Journal of Public Affairs Education. Vol. 12, No. 3: 313-334.
  11. ^ テキサス州立大学 Applied Research Projects

関連項目[ソースを編集]