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愛知工業大学硬式野球部

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
愛知工業大学硬式野球部
加盟団体 愛知大学野球連盟
創部 1965年
練習グラウンド 愛知県豊田市八草町八千草
公式サイト 愛知工業大学硬式野球部
リーグ戦成績
リーグ成績 優勝18回
全日本大学野球選手権大会
出場回数 10回
最高成績 ベスト4 1回
明治神宮野球大会
出場回数 8回
最高成績 優勝1回
準優勝1回
ベスト4 1回
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愛知工業大学硬式野球部(あいちこうぎょうだいがくこうしきやきゅうぶ)は、愛知大学野球連盟に所属する大学野球チーム。選手は愛知工業大学の学生によって構成されている。

歴史

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1965年創部、愛知大学野球連盟に加盟し、愛知大学3部リーグから開始。翌1966年、春季3部リーグ戦で優勝し2部昇格。同66年、秋季2部リーグ戦で優勝し1部昇格。

1971年秋、中京大のリーグ戦7連覇を止め、愛知大学1部リーグ戦にて初優勝。続いて明治神宮野球大会第2回大会)に初出場。2回戦(準々決勝)で3年山口高志投手擁する関西大に0-2で惜敗。

1973年秋から1974年春秋にかけてリーグ戦3連覇(3季連続優勝)を果たす。同74年春、全日本大学野球選手権大会(第23回大会)に初出場。

1975年春、2年平野謙らを擁する名古屋商科大にリーグ戦初優勝を許し、愛工大の連覇は途切れ、愛知学院大に次ぐ3位に終わる。

1977年春、リーグ戦で5度目の優勝。続く第26回全日本大学選手権にて札幌大を6-4、4年江川卓投手は先発しなかったものの法政大を4-1で下し、準決勝で4年遠藤一彦投手擁する東海大に0-2で惜敗(ベスト4進出)。

1985年春、3年生エース西崎幸広の活躍によりリーグ戦で1978年秋以来およそ7年ぶり7度目のリーグ戦優勝を果たす。また、2年益田明典投手らの愛知学院大や4年音重鎮や2年陳大豊(大豊泰昭)らの名古屋商科大、名城大を寄せ付けず翌86年秋までリーグ戦4連覇を果たす。同年春、第34回全日本大学選手権2回戦で東海大に0-7(7回コールド)で敗退。同年秋、第16回明治神宮大会では3年新谷博投手らの駒澤大や3年西岡剛投手らの近畿大を下し進出した決勝で、1年生エース志村亮擁する慶応大に2-8で敗れ準優勝に留まった。

1986年春、4年生エース西崎投手や2年平井光親らを擁するも、第35回全日本大学選手権1回戦で準優勝した流通経済大に4-6で敗退。同年秋、第17回明治神宮大会初戦2回戦で八幡大を2-1、準決勝で明治大を破り勝ち上がってきた札幌大を9-0で下し進出した決勝で、3年新井富夫や4年新谷博らの投手陣擁する駒澤大を2-0で下し神宮大会初優勝を遂げた。

1996年、春秋リーグ戦を連覇。春の第45回全日本大学選手権2回戦で2年上原浩治投手擁する大阪体育大に1-8(7回コールド)で敗退。同年秋の第27回明治神宮大会準決勝で優勝した3年川上憲伸投手擁する明治大に1-7で敗退(ベスト4進出)。

以降のリーグ戦は、それまでの愛知工大との2強状態から、ほぼ愛知学院の1強状態が続き、愛知工大は下記2019年春季リーグ戦まで1部リーグ優勝から遠ざかった。

2000年春、連盟分裂騒動により、連盟分裂派の愛工大、中京大、名城大、愛知大名古屋大は同春から「臨時部」に再編される。翌2001年春に4部リーグ戦から再スタートした。愛工大は入れ替え戦を経て、2003年春に1部に復帰。

2008年春、名城大に入れ替え戦で敗れ2部に降格してから、たびたび1部と2部を往復するようになり、2012年春からは2部に甘んじていた。

2017年、部内改革の一環として、86年秋の明治神宮大会優勝メンバーでありプロ野球ロッテでも活躍した平井光親を監督に迎える。翌2018年秋、愛知大に入れ替え戦で勝利して1部に復帰。

2019年春、1部昇格即優勝を果たし、99年秋以来およそ20年ぶり18度目の1部リーグ優勝を飾った。続く96年春以来の出場となる第68回全日本大学選手権1回戦で東日本国際大を7-3を下したものの、2回戦で準優勝した佛教大に1-4で敗退した。

練習場

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  • 愛知県豊田市八草町八千草(室内練習場、夜間照明完備の専用グラウンド)

記録

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主な出身者

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プロ野球選手

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社会人野球選手

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野球指導者

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関連項目

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外部リンク

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