廣済堂

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株式会社 廣済堂
Kosaido Co., Ltd.
種類 株式会社
市場情報
本社所在地 日本の旗 日本
108-8378
東京都港区4-6-12
設立 1962年4月20日
業種 その他製品
法人番号 7010401009665
事業内容 印刷事業、求人広告事業、出版事業、葬祭事業
代表者 代表取締役社長 浅野 健
資本金 40億円
(2017年3月31日現在)
発行済株式総数 2492万2600株
(2017年3月31日現在)
売上高 単体243億29百万円
連結348億92百万円
(2017年3月期)
純資産 単体18億17百万円
連結426億86百万円
(2017年3月31日現在)
総資産 単体429億47百万円
連結819億41百万円
(2017年3月31日現在)
従業員数 単体1002人、連結1406人
(2017年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 櫻井美江 9.68%
エイチ・エス証券株式会社 7.38%
廣済堂取引先持株会 5.62%
澤田ホールディングス株式会社 3.97%
(2017年3月31日現在)
外部リンク http://www.kosaido.co.jp/
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株式会社廣済堂(こうさいどう)は、印刷事業を中核事業とする日本の企業・グループ。本社は東京都港区にあり印刷雑誌フリーペーパーなどを展開している。

沿革[編集]

旧廣済堂印刷(東京事業部)[編集]

  • 1949年 - 桜井義晃が、廣済堂印刷株式会社の母体となる「桜井謄写堂」を創業。
  • 1954年 - 法人化し、「有限会社桜井廣済堂」を設立。
  • 1962年 - 株式会社桜井廣済堂に改組。
  • 1970年 - 書籍事業を分社化し、株式会社廣済堂出版を設立。
  • 1972年 - 廣済堂印刷株式会社と社名を改める。
  • 1978年 - 関東クラウン工業株式会社と対等合併し、廣済堂クラウン株式会社と社名を改める。
  • 1981年 - 株式会社廣済堂と社名を改める。
  • 1991年 - 新聞印刷事業を分社化し、廣済堂新聞印刷株式会社を設立。
  • 1992年 - 廣済堂印刷株式会社に社名を戻す。

旧関西廣済堂(大阪事業部)[編集]

  • 1957年 - 桜井廣済堂の大阪支店として創業。
  • 1962年 - 法人として「株式会社関西桜井廣済堂」を設立。
  • 1972年 - 関西廣済堂印刷株式会社と社名を改める。
  • 1975年 - 株式会社関西廣済堂と社名を改める。
  • 1977年 - 子会社として株式会社製版センター(後の廣済堂製版センター)設立。岡山廣済堂設立。
  • 1990年 - 岡山廣済堂を吸収合併(存続は関西廣済堂)。

東西合併・株式会社廣済堂[編集]

関連企業[編集]

  • 廣済堂あかつき株式会社(2008年10月1日に廣済堂出版と暁教育図書(株)が合併、100%出資)
  • 株式会社廣済堂出版(2011年10月廣済堂あかつき(株)の会社分割により(株)廣済堂出版(資本金:1億円)設立、100%出資)
  • 株式会社テイクワン
  • 株式会社廣済堂ビジネスサポート(100%出資)
  • 株式会社トムソンナショナルカントリー倶楽部
  • 東京博善株式会社(23区内で火葬場斎場を運営。61.4%出資)、
  • 株式会社医療情報基盤
  • 威海廣済堂北越包装有限公司(本社:中国山東省栄成市。株式会社廣済堂、北越パッケージ株式会社の2社合弁で2011年4月設立。)
  • KOSAIDO HR VIETNAM CO.,LTD.

関連項目[編集]

パソコン雑誌(当時はマイコンと言った)。現在は休刊。
1977年1978年、「クラウンガスライター」が冠スポンサーとなり「クラウンライターライオンズ」として出場。クラウンガスライターは1978年に関連会社だった関東クラウン工業と共に廣済堂と合弁し「廣済堂クラウン」となり、更に1981年廣済堂本体に吸収されている。
なお、球団経営は中村長芳の個人出資による会社「福岡野球株式会社」が行っていたが、資金力強化を図るため太平洋クラブ共々球団の冠スポンサーという形をとっていた。また正式社名のクラウンガスライターを全て冠化(クラウンガスライターライオンズ)にしてしまうと名称が長くなるため、チーム名からガスの名前を外した。(通称は「クラウン」)
フランスに本社をおく世界有数の筆記具・ライターなどのメーカー。関連会社の「廣済堂商事」が1980年から2004年まで同社の日本における代理店となっていたが、ビック本社が100%出資の「ビック廣済堂」(現「BICジャパン」)に販売権を移譲。
ユニフォームスポンサーとして、2004年から背番号の上に求人情報誌「Workin」のロゴを入れていたが、2006年シーズンを最後にスポンサーから撤退した。
2003年、廣済堂と(株)オリジナルデザインとが共同開発した文字情報を内包した二次元コードの一種で、専用の読取装置をあてると音声で文字情報を読み上げる。印刷物に印刷することにより視覚障害者にも情報の提供ができるようになる。
東北エリアを対象に発行していた釣りの専門月刊誌。2007年3月号より休刊しており、同年12月よりウェブ媒体にてウェブマガジンとして展開。また、1990年代中頃には、ルアー釣り専門誌のLURE FREAKも発行していた。自然倶楽部休刊以降も自然倶楽部編集部の出版するトラウト専門の釣り雑誌である Troutist を発売していたが、2008年8月発売の23号をもって休刊となった。自然倶楽部編集部も解散となったが、現在はつり人社より鱒の森というTroutistの後継雑誌を執筆している。
西日本エリアで発行していた釣りの専門月刊誌。2008年4月号から休刊しており、現在はウェブ媒体にてウェブマガジンとして展開。

外部リンク[編集]