幕之内一歩

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幕之内一歩(まくのうち いっぽ)は森川ジョージの漫画およびそれを原作とするアニメ『はじめの一歩』に登場する架空の人物。アニメ版での声優喜安浩平(幼少期:國立幸)。ドラマCD版では三木眞一郎

人物[編集]

鴨川ボクシングジム所属のプロボクサー。元日本フェザー級チャンピオン。身長164cm、リーチ167cm、チェスト101cm、足のサイズは25.5cm。生年月日は1973年11月23日射手座のO型。年齢は物語開始時点で16歳(高校2年生)、作中では現在24歳。

現時点の戦績は25戦23勝(23KO)2敗、WBC世界ランキングは7位。

経歴[編集]

小学校から高校時代までいじめられっ子だった。高校時代、梅沢正彦らにいじめられていたところを、ロードワーク中に通りがかった鷹村守に助けられたことがきっかけとなり鴨川ジムに入門しボクシングを始める。全日本新人王戦とA級ボクサー賞金トーナメントを制して日本チャンピオンとなり、王座を8度防衛し、それと並行して東洋太平洋圏各国の国内王者と連戦、タイフィリピンインドネシアの王者すべてをKOで撃破する。8度目の防衛戦の後、世界王座を奪取すべく日本王座を返上した。

ボクサーとしての能力[編集]

フェザー級が適正体重で、鴨川会長もフェザー級で戦う事が望ましいとしている。よって、対戦相手の傾向と対策を重点に置いた準備に減量分の時間を使っている。

国内屈指のパンチ力を誇る生粋のインファイター。初めてサンドバッグを殴った時に衝撃で自らの拳を負傷し、既に凄まじいパンチ力が備わっていた。ピーカブースタイルで防御を固めて頭を振りながら、並外れたダッシュ力を用いて一瞬で相手との距離を詰め、至近距離から強打を打ち込む戦法を基本線とする。破壊力と資質は伊達英二やリカルド・マルチネス、アルフレド・ゴンザレス[1]にも一目おかれ、サンドバッグを宙に跳ね上げ、スパーリングでウェルター級の選手を沈めるほど高く、勝った試合のKO率は100%を記録している。倒し合いの末の逆転KOなど派手でスリリングな試合を展開する事が多く国内ではトップクラスの人気があり、暴風のような連打になぞらえて「風神」の異名を取っている。自動販売機カラオケ店の看板を一撃で破壊し、川原の土手に刺さっている杭をさらに奥まで打ち込めることをやってのけている。 身長164cmとフェザー級としてはやや小柄な体格をしているため、相手の懐に潜り込みやすく連打の回転も速い。また全てのパンチがやや下方向から繰り出され、相手の頭部に与えるダメージはさらに大きくなる。序盤から終了まで全く変わらないペースで動き続けられるスタミナも誇る。

器用さとリズム感に欠けるためアウトボクシングが出来ず、正面からぶつかってゆく戦法を取らざるを得ない。動物的な勘や閃きにも欠け、サウスポーを筆頭とする練習で対策を立てることのできない変則スタイルへの対応を苦手としており、ボクサーとしての穴が多い「チーズチャンピオン」と呼ばれていた。しかしアウトボクサーとの度重なる対戦経験から、やがて優れた洞察力と効果的な対アウトボクサー戦法を身に着け、足を使う選手や変則派にも十分な力を発揮できるようになった。唐沢拓三戦ではフットワークのみでコーナーに追い詰め、コーナー脱出のための定石である左フックをカウンターで狙い打ってKOするなど、ボクサータイプの選手が戦慄する試合を展開している。試合中には鴨川会長のアドバイスなどから、その状況に応じた効果的な戦法を選択する場面もしばしば見られる。

幼い頃から釣り客の荷物を運び船の舳先に立って釣り場への案内を行っていたことから、基礎体力、腕力、握力、バランス感覚が鍛えられている。肉体の頑健さと回復力も並み外れている(派手な打撃戦を展開し、時に新型デンプシー・ロールのために膝や腰を負傷、普段の練習も普通の選手ならオーバーワークになるほど過酷)。メキシコのWBC世界第2位のランカー、アルフレド・ゴンザレスに7回失神KOで重篤なダメージを負って敗戦し、後日友人の梅沢邸でパンチドランカー特有の症状(フリーハンドで直線が書けない)を発症。ジム側から検査を受け、1ヶ月の出入り禁止を言い渡される。

温厚な性格からかボクサーとして極めるべき個性のひとつである暴力性に欠けるところがあり、本気で怒らせないと相手を叩きのめす事がない。その特徴を把握しわざと挑発して一発でリングに沈んだのが小島である。鷹村からは、追い詰められなければ自分本来の実力を発揮できないと指摘され、伊達からは「お前の拳(覚悟)は軽い」と指摘されるなどメンタル面においては若干の不安を残し、先述のゴンザレス戦で負けたことで鷹村からも「今までは運がよかっただけで、お前がボクサーに向いていないことがわかった」という主旨の言い方で断言されてしまった。

人間関係[編集]

普段は家業の釣り船屋「釣り船幕之内」の経営を手伝っている。劇中では釣り船の操舵もしていた。釣り船屋には母が過労で倒れ入院した時期に梅沢がアルバイトとして入り、梅沢が退職した後は板垣学が従業員になっている。父・一男は一歩が幼い頃海で遭難して帰らぬ人となり、以来母・寛子と二人で生活を送っているものの、馴染みの多さから店が繁盛しており、言うほど貧しくはないとのこと。女手ひとつで自分を育ててくれた母に対しては、家業を継ぐことを先送りにしてボクシングを続けることに負い目を感じつつも、試合用のトランクスを手作りしてくれるなど何も言わず見守ってくれていることに感謝している。飼い犬・ワンポは、20歳の誕生日と日本王座奪取のお祝いに猫田銀八から贈られた、猫田の飼い犬・ハチの子供である。名付け親は母。

社交的だが、悪気なく率直な物言いをしてしまう。サンドバッグを叩き過ぎて拳を痛める等、集中しすぎると自分の体を酷使する傾向がみられる。

高校時代は梅沢らにいじめられていたが、プロボクサーになって自分に自信を持つようになってからはいじめられることはなくなり、同級生や後輩のヤンキーから一目置かれるようになる。特に梅沢とは、卒業後に仕事仲間として付き合ううち、過去の恩讐を超えて親友同士の間柄になった。

鴨川ジムでは、先輩の鷹村守・木村達也青木勝、後輩の板垣学と行動を共にすることが多い。板垣の入門の前に、数多くの入門者の中から唯一残った山田直道を可愛がっていたが、山田は家庭の事情で青森県に引っ越してしまう。トレーナーは会長・鴨川源二。厳しい練習を課すだけでなく様々な形で叱咤・激励を浴びせる鴨川に対しては全幅の信頼を寄せており、その師弟の絆は鷹村をして「あきれたバカ師弟」とまで言わしめるほど深い。

同い年で同門だった宮田一郎には、出会った当初から強い憧れを抱いている。宮田の話題になると鷹村さえ圧倒されるほど熱く語りだし、長時間聞き役を勤めた板垣からはまるでノロケ話だと呆れられていた。過去の試合や対戦相手に関しても非常に詳しく、あまりの熱心さから「宮田オタク」と呼ばれホモ疑惑すら持たれている。

その宮田とは、鴨川ジムでの2度のスパーリング以来自他共に認めるライバル同士であった。一歩は宮田との試合をボクシングキャリアの最終目標として練習に励み、宮田もスパーでの敗戦を機にプロのリングで一歩を倒すべく川原ジムへ移籍したが、東日本新人王戦で宮田が間柴了の反則に倒れて以来対戦の機会は何度となく立ち消えになり、最後のチャンスと目されていた試合も、宮田がランディー・ボーイ・ジュニアとの東洋太平洋王座統一戦を選んだ為に流れてしまった。一歩はそのショックのあまり引退も考えたが、月刊ボクシングファン記者・飯村真理の助言とかつて伊達英二から託された言葉で再起を誓い、日本王座防衛と並行して世界タイトルを目標として東洋太平洋圏各国の国内王者に挑戦、やがて王座を返上し本格的な世界挑戦へと乗り出した。 一方、全日本新人王決定戦と日本タイトルマッチで二度対戦した千堂武士からも、半ば一方的にライバルとして扱われている。

間柴の妹・久美に高校時代に一目惚れして以来想いを寄せている。久美の方も満更ではないが一歩がハッキリした態度に出ず煮えきらない為、また間柴が久美に対して過保護で更に個人的に一歩を敵視していることなどから、出会って長い時間が経過してもなお、一向に距離が縮まらない。一方、飯村真理と板垣の妹・菜々子も一歩に対して特別な感情を抱いており、特に菜々子は一歩と久美の間に割って入るように積極的なアタックをかけ続けている。

その他[編集]

  • 鷹村でさえ敵わないと言わしめるほどの巨根の持ち主で、様々な場面でネタにされている。
  • ボクシングと家業で鍛えた腕力はかなり強く、腕相撲では連戦して疲労を抱えた状態のまま身長体重ともに二回り以上上回る鷹村と互角の戦いを繰り広げていた(実質は一歩の勝利である)。水泳も得意。
  • ボウリングでは勝負所でミスをしたり草野球でもいい活躍はできないなど球技が苦手。
  • 自動車の運転免許を持っているが運転はかなり下手で、大渋滞を引き起こすほどのノロノロ運転にも関わらず青木を轢きかけたことがある。
  • 学業成績については、担任の教諭から高望みしなければ大学に入れると評価されていた事から、人並み程度であると思われる。
  • ボクシングスタイルのモデルは複数いるがマイク・タイソン系と作者は述べている[2]。連載初期には浜田剛史がモデルと答えていた[3]

[編集]

一歩はフック、アッパー系統のパンチを得意とする。

デンプシー・ロール
伊達英二に敗戦した後、「打たれる前に打つ」を実践するために編み出した攻防一体かつ、一歩の唯一のラッシュ法。ジャック・デンプシーが編み出して藤猛も用いていたが、一歩はそれらを知らないまま独自に開発した。破壊力と特徴的な動作から一歩の代名詞的なフィニッシュブローとして内外に知られている。
∞の字を描くようにウィービングし続けて相手の攻撃をかわしながら前進し、フックを連続で叩き込む。ウィービングには体をねじった反動でフックの威力を増加させる効果もあり、至近距離で体を大きくねじるためパンチの出所が確認しづらい。
前に出ながらパンチを打つため、まず相手を後退・停止させなければ技が出せない。またウィービングのリズムが一定で攻撃のタイミングを読まれやすく、フックの直前にバックステップすれば簡単にカウンターを合わせられるという弱点もあるが、これらの点を改良した以下のバージョンも生み出されている。
  • 前進してくる相手にリバーブローを打ち、ガゼルパンチで動きを止め、デンプシー・ロールでとどめを刺す。劇中では「完成形」と呼ばれていた。千堂武士との日本タイトルマッチならびに真田一機戦で使用。
  • デンプシー・ロールに対してカウンターを狙ってきた相手に対し、ウィービングを急停止してタイミングを外し、パンチを叩き込む。動きを停止する事で力が溜め込まれパンチ力がさらに増加するが、膝と腰に猛烈な負担がかかる。沢村竜平戦に臨んで独自に編み出した。
  • ウィービングをフェイントとして使い相手を退がらせ、そのまま真っ直ぐ踏み込んでリバーブローを打つ。唐沢拓三戦で使用。
  • ∞字のウィービングの方向を横ではなく縦に強引に変えてアッパーを打つ。人間の関節可動域を超える動きのため軸足の膝に猛烈な負担がかかり、それ故に会長も伝授を躊躇っていた。ジミー・シスファー戦において鴨川会長のアドバイスから編み出したが、構想自体は沢村戦を控えていた頃に会長がすでに持っていた。
アッパーカット
練習生時代に覚えた技。下半身のバネから繰り出される威力とフォームは理想形とされ、エデル・ジョフレになぞらえてジョフレアッパーとも呼ばれた。
変則スマッシュ
ストレートのモーションから打ち出す右ショートアッパー。右のガードを下げコンパクト、かつ直線的に振り抜く。宮田との二度目のスパーで宮田をKOしたパンチで、全日本新人王戦でも千堂のスマッシュに対抗して使用した。
ガゼルパンチ
相手にステップインして身をかがめ、立ち上がる勢いを利用して放つフックとアッパーの中間の左パンチ。
肝臓打ち(リバーブロー)
相手の懐に潜りこんだ後、肝臓を狙う左ボディブロー。相手の足を止めるために頻繁に用いている。一歩の使うものはパンチ力の高さから即効性があり、肋骨を折る事も出来る。鴨川ジム入門からデンプシーロール会得以前までは斜め下から肝臓を直接突くような使用法であったが、デンプシーロール会得以後は真横から肋骨に向かって打っていた。それが、小島戦以降はまた斜め下から叩く方法に戻した(木村の証言による)。
ショートパンチ
相手と密着した状態で放つリバーブロー、又はアッパーカット。身体の捻りと適切な体重移動によって、わずか数センチの隙間さえあれば強打を繰り出すことができる。相手が打ち合いを逃れてクリンチして来た時や、首相撲での押し合いで膠着状態に陥った場合などに用いる。
「究極のパンチ」
島袋岩男戦に臨み、心肺機能と脚力を当時の限界まで鍛え上げた末に偶然放ったパンチ。余計な力が抜け、スピード、パワー、タイミングなどが完璧に噛み合った時にのみ出せるパンチで、鷹村でさえ数度しか打ったことはない。打った本人には雷鳴のような乾いた大きな音が聞こえ、威力はミット越しの鴨川会長の手の骨にヒビを入れるほど。一歩が出したのは、練習中と島袋戦のそれぞれ一度ずつのみ。
ジョルトブロー
体を大きく捩り、全体重を乗せて放つ大振りのパンチ。空振りしてもその反動を使って連打ができる。ジミー・シスファー戦で使用。
ハートブレイクショット
心臓を強打し、相手の動きを一時的に麻痺させる。元々は伊達英二の使用していた技で、マルコム・ゲドー戦において鴨川会長のアドバイスから思いついて咄嗟に放った。伊達はコークスクリュー・ブローを打ち込んでいたが、破壊力に優れる一歩の場合は通常の打ち方のパンチでも相手の動きを止められた。

対戦成績[編集]

西暦が不明であるため、便宜上、一歩の鴨川ジム入門後の経過年数と本人の年齢を表記する。

公式戦[編集]

  • 戦績:25戦23勝(23KO)2敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1年目(17歳)1月3日[4]   3R 2:35 TKO 小田裕介(西川) 日本の旗 日本 プロデビュー戦
2 1年目(17歳)2月[5]     1R 2:50 KO 藤原義男(前田) 日本の旗 日本
3 2年目(17歳)6月[6]     2R 2:52 KO ジェイソン尾妻(八戸拳闘会) アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 東日本新人王1回戦
4 2年目(17歳)8月x日[7]   4R 2:58 KO 小橋健太(大滝) 日本の旗 日本 東日本新人王2回戦
5 2年目(17歳)11月[8]    1R 2:59 KO 速水龍一(音羽) 日本の旗 日本 東日本新人王準決勝
6 2年目(18歳)12月24日[9] 3R 2:13 TKO 間柴了(東邦) 日本の旗 日本 東日本新人王決勝
7 2年目(18歳)2月末[10]   3R 3:00 TKO 千堂武士(なにわ拳闘会) 日本の旗 日本 全日本新人王決定戦
8 3年目(18歳)6月27日[11]  1R 2:58 TKO 沖田佳吾(仲代) 日本の旗 日本
9 3年目(18歳)8月頃[12]    4R 2:12 TKO 冴木卓麻(河合) 日本の旗 日本 A級ボクサー賞金トーナメント1回戦
10 3年目(18歳?)11月[13]    5R 1:21 KO ヴォルグ・ザンギエフ(音羽) ロシアの旗 ロシア A級ボクサー賞金トーナメント決勝
11 3年目(19歳)2月[14]     5R 2:32 TKO 伊達英二(仲代) 日本の旗 日本 日本フェザー級タイトル戦 王座獲得失敗
12 4年目(19歳)7月11日[15]  2R 2:00 TKO ポンチャイ・チュワタナ タイ王国の旗 タイ
13 199X年 4年目(19歳)11月20日[16]  7R 1:32 KO 千堂武士(なにわ拳闘会) 日本の旗 日本 日本フェザー級タイトル戦 王座獲得
14 199X年 4年目(20歳)4月7日[17]   5R 2:33 TKO 真田一機(木下) 日本の旗 日本 日本王座防衛1
15 199X年 5年目(20歳)8月20日[18]  2R 2:42 KO ハンマー・ナオ(八戸拳闘会) 日本の旗 日本 日本王座防衛2
16 199X年 5年目(21歳)12月20日[19] 1R 0:32 TKO 李龍洙(イ・ヨンスー)(三沢) 韓国の旗 韓国 日本王座防衛3
17 199X年 5年目(21歳)3月21日[20]  7R 2:15 KO 島袋岩男(めんそ〜れ沖縄) 日本の旗 日本 日本王座防衛4
18 199X年 6年目(21歳)6月15日[21]  7R 1:15 TKO 沢村竜平(鬼槍留) 日本の旗 日本 日本王座防衛5
19 199X年 6年目(21歳)10月3日[22]  2R 2:15 TKO 唐沢拓三(木下) 日本の旗 日本 日本王座防衛6
20 199X年 6年目(22歳)1月25日[23]  6R 1:00 TKO 武恵一(鮫一) 日本の旗 日本 日本王座防衛7
21 199X年 7年目(22歳)8月1日[24]   4R 2:03 TKO ジミー・シスファー タイ王国の旗 タイ ノンタイトル戦
22 199X年 7年目(23歳)2月15日[25]  8R 2:37 TKO マルコム・ゲドー フィリピンの旗 フィリピン ノンタイトル戦
23 199X年 8年目(23歳)7月15日[26]  8R 1:35 TKO ウォーリー インドネシアの旗 インドネシア ノンタイトル戦
24 199X年 8年目(23歳)10月25日[27] 1R 1:30 TKO 小島寿人(森山) 日本の旗 日本 日本王座防衛8
25 199X年 8年目(24歳)3月21日[28]  7R 1:17 TKO アルフレド・ゴンザレス メキシコの旗 メキシコ 世界前哨戦

スパーリングなど[編集]

鴨川ジムメンバーを除いて何らかの形で手合わせが実現している者を列記する。なお、明確な結果のわかるものは同時に記載しておく。

  • VS 宮田一郎 1年目(16歳)5月(入門初日)[29] 3R KO負け(入門試験、試合形式のスパーリング)
  • VS 宮田一郎 1年目(16歳)8月[30] 4R KO勝ち(試合形式のスパーリング)
  • VS 小川直也 1年目(17歳)11月末(一歩の誕生日である23日以降)[31] 1R KO勝ち(プロテスト)
  • VS 小森 2年目(18歳)2月末[32] 1R(スパーリング)
  • VS 伊達英二 3年目(18歳)5月30日[33] 3R(スパーリング)
  • VS 森田クミコ 3年目(18歳)7月[34] 1R(体験スパーリング)
  • VS 山田直道 3年目(18歳)8月頃[35] 1R KO勝ち(送別会スパーリング)
  • VS 不明(フィリピンジュニアフェザー級4位) 3年目(19歳)2月[36] 1R KO勝ち(スパーリング)
  • VS 茂田晃 4年目(19歳)8月[37] 3R(スパーリング)
  • VS 田村 4年目(19歳)10月上旬頃[38] 1R KO勝ち(スパーリング) 5連戦 1日目
  • VS 森田マコト 4年目(19歳)10月上旬頃[39] 3R KO勝ち(スパーリング) 5連戦 2日目
  • VS 村上浩一 4年目(19歳)10月上旬頃[40] 4R KO勝ち(スパーリング) 5連戦 3日目
  • VS ジャッカル岸田 4年目(19歳)10月上旬頃[41] 3R KO勝ち(スパーリング) 5連戦 4日目
  • VS 梅津 4年目(19歳)10月上旬頃[42] 1R KO勝ち(スパーリング) 5連戦 5日目
  • VS リカルド・マルチネス 5年目(20歳)6月中旬頃[43] 1R(スパーリング) 事実上のKO負け
  • VS 今井京介 5年目(20歳)8月末頃[44] 3R(スパーリング)
  • VS ヴォルグ・ザンギエフ 6年目(21歳)5月[45] 3R TKO負け(スパーリング)
  • VS 今井京介 6年目(21歳)7月下旬頃[46] 2R(スパーリング)
  • VS 福井恭介 7年目(23歳)12月頃[47] 1R KO勝ち(スパーリング)
  • VS 間柴了 7年目(23歳)1月[48] 3R(スパーリング)
  • VS 千堂武士 8年目(24歳)12月頃[49] 不明 KO負け(スパーリング)

脚注[編集]

  1. ^ ゴンザレスは「キャリアからくる戦略眼がなければ、自分が負けていた」と一歩を評し、トレーナーからは「ゴンザレスが負けていたことも、大いにありえた」と評された。
  2. ^ 別冊宝島四〇九号「ザ・マンガ家」212-215ページ。
  3. ^ 講談社『はじめの一歩&栄光のチャンピオンの勝つ方程式』
  4. ^ 第3巻 Round 19~23
  5. ^ 第4巻 Round 25~26
  6. ^ 第4巻 Round 30~35
  7. ^ 第6巻 Round 45~49
  8. ^ 第7巻 Round 58~第8巻 Round 64
  9. ^ 第9巻 Round 78~第10巻 Round 87
  10. ^ 第12巻 Round 98~第13巻 Round 107
  11. ^ 第14巻 Round 120~第15巻 Round 124
  12. ^ 第16巻 Round 141~146
  13. ^ 第18巻 Round 159~第19巻 Round 169
  14. ^ 第21巻 Round 183~第22巻 Round 194
  15. ^ 第24巻 Round 211~214
  16. ^ 第29巻 Round 251~第30巻 Round 267
  17. ^ 第34巻 Round 301~313
  18. ^ 第39巻 Round 347~第40巻 Round 354
  19. ^ 第42巻 Round 376~377
  20. ^ 第48巻 Round 426~第49巻 Round 439
  21. ^ 第53巻 Round 481~第55巻 Round 501
  22. ^ 第63巻 Round 582~第64巻 Round 590
  23. ^ 第68巻 Round 636~第70巻 Round 655
  24. ^ 第77巻 Round 729~第78巻 Round 740
  25. ^ 第81巻 Round 770~第83巻 Round 790
  26. ^ 第90巻 Round 865~第93巻 Round 894
  27. ^ 第96巻 Round 933~第97巻 Round 940
  28. ^ 第105巻 Round 1032~第109巻 Round 1170
  29. ^ 第1巻 Round 2~4
  30. ^ 第2巻 Round 9~13
  31. ^ 第2巻 Round 15
  32. ^ 第11巻 Round 95
  33. ^ 第13巻 Round 114~第13巻 Round 117
  34. ^ 第15巻 Round 132
  35. ^ 第17巻 Round 150
  36. ^ 第21巻 Round 181
  37. ^ 第26巻 Round 232
  38. ^ 第28巻 Round 245
  39. ^ 第28巻 Round 245
  40. ^ 第28巻 Round 245
  41. ^ 第28巻 Round 245
  42. ^ 第28巻 Round 245
  43. ^ 第37巻 Round 327~329
  44. ^ 第40巻 Round 360
  45. ^ 第53巻 Round 474・475
  46. ^ 第56巻 Round 511・512
  47. ^ 第80巻 Round 759
  48. ^ 第80巻 Round 766
  49. ^ 第103巻 Round 1008・1009