岩川隆

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岩川 隆(いわかわ たかし、1933年1月25日 - 2001年7月15日)は、日本ノンフィクション作家

来歴・人物[編集]

山口県岩国市生まれ[1]旧制山口県立防府中学校[1]山口県立防府高等学校[1]を経て広島大学独文科[要出典]卒業[1]梶山軍団の一員[1]として、『週刊文春』『週刊女性』などに執筆の後、小説、ノンフィクションを上梓。1976年、『神を信ぜず』、1979年、『多くを語らず』、1982年、『海峡』でそれぞれ直木賞候補。1994年、JRA賞馬事文化賞、1995年、『孤島の土となるとも』(BC級戦犯を扱った『神を信ぜず』の続篇)で講談社ノンフィクション賞受賞。

プロ野球、競馬関係に造詣が深く、それらを題材とした著作が多い。また政界内幕もの、戦争などを主題とした。初期はマンガ原作も手がけた。同郷の後輩で、仕事仲間に作家大下英治がいる。

2001年7月15日、脳幹出血のため東京都昭島市の病院で死去。68歳没[2]

著書[編集]

  • 『ドンブリストの冒険』文藝春秋、1974年
  • 『怨み買います』青樹社、1974年
  • 『神を信ぜず BC級戦犯の墓碑銘』立風書房、1976年 のち中公文庫
  • 『巨魁 岸信介研究』ダイヤモンド社、1977年 のち徳間文庫ちくま文庫
  • 『ザ・ダッグアウト巨人軍 ミスターと25人の戦士たち』徳間書店、1978年 のち徳間文庫
  • 『コレラ戦記』潮出版社、1978年
  • 長島茂雄 不思議な魅力とその実像』スポニチ出版、1979年
  • 『ザ・ダッグアウト巨人軍人間学 知られざるスター選手の素顔』徳間書店、1979年
  • 『多くを語らず 生きている戦犯』中央公論社、1979年 のち中公文庫
  • 『競馬人間学』立風書房、1979年 のち文春文庫
  • 『〇割〇分〇厘ひとり旅 巨人軍、栄光の秘密』潮出版社、1980年 のち光文社文庫
  • 『キミは長島を見たか』立風書房、1981年 のち集英社文庫
  • 『我れ自爆す、天候晴れ』中央文芸社、1982年
  • 『海峡』文藝春秋、1982年 のち文春文庫 ※映画『海峡』の原作
  • 『殺人研究会』立風書房、1982年
  • 『ドキュメント家庭崩壊』コンパニオン出版、1982年
  • 『馬券人間学』立風書房、1983年 のち『馬券学入門』と改題、中公文庫
  • 『日本の地下人脈 政・財界を動かす「陰の力」』光文社、1983年 のち光文社文庫
  • 『人間の旗 甦った、血と涙の連隊旗』光文社、1983年 のち光文社文庫
  • 『忍魁・佐藤栄作研究』徳間文庫、1984年
  • 『決定的瞬間』中央公論社、1984年 のち中公文庫
  • 『たらこ刑事』光文社、 1984年
  • 『のんびり声の道を行く』サンケイ出版、1984年
  • 『天涯茫々』潮出版社、1985年 ※横山源之助の評伝
  • 『殺人全書』光文社、1985年 のち光文社文庫、徳間文庫
  • 『巨人軍三国志』主婦と生活社、1985年
  • 『上着をぬいだ天皇』角川書店、1986年 のち角川文庫
  • 『現代情死図鑑』図書出版社、1987年
  • 『ノンフィクションの技術と思想』PHP研究所、1987年
  • 『ぼくの元気村探検』講談社、1988年
  • 『競馬ひとり旅』立風書房、1988年
  • 『どうしやうもない私 「わが-」山頭火伝』講談社、1989年 のち講談社文庫
  • 『ロングショットをもう一丁 日本競馬名人列伝』マガジンハウス、1990年
  • 『死体の食卓 怪奇ユーモア小説』悠思社 1991年
  • 『広く天下の優駿を求む』プレジデント社、1994年
  • 『日本人の生き方列伝』プレジデント社、1994年
  • 『孤島の土となるとも BC級戦犯裁判』講談社、1995年
  • 『ぼくが新聞を信用できないわけ』潮出版社、1996年
  • 『別れ方の研究 さわやかな別れをするために』山下勝利・山本祥一朗共著 フォー・ユー、1997年
  • 東京優駿大競走事始め』毎日コミュニケーションズ、2003年

特記事項[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 山口の文学者たち・岩川隆”. 山口県文化振興課. 2016年7月9日閲覧。
  2. ^ “岩川隆氏死去/作家”. 四国新聞 (四国新聞社). (2001年7月16日). http://www.shikoku-np.co.jp/national/okuyami/article.aspx?id=20010716000171 2012年11月24日閲覧。