安田純平

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
やすだじゅんぺい
安田純平
生誕 (1974-03-16) 1974年3月16日(43歳)
国籍 日本の旗 日本
出身校 一橋大学社会学部
職業 フリージャーナリスト
活動期間 2003年1月-
配偶者 Myu
受賞 山本美香記念国際ジャーナリスト賞
公式サイト http://jumpei.net/

安田純平(やすだ じゅんぺい、1974年3月16日 - )は、日本のフリージャーナリスト。本名は非公開。

人物[編集]

埼玉県入間市出身[1]埼玉県立川越高等学校一橋大学社会学部卒業[2]1997年信濃毎日新聞入社、松本本社配属[1]

2002年3月、休暇をとりアフガニスタン取材、同年4月、文化部に異動、同年12月に休暇をとりイラク取材、2003年1月に信濃毎日新聞社を退社、フリーに[1]。同年2月からイラクに滞在しナジャフ県バグダードサマーワなどを取材。イラク戦争中に当時のイラク政府が行った人間の盾作戦に他のジャーナリスト等と共に自ら参加したが、米軍の攻撃を抑止する効果が無かった為、招待客待遇も中止になりイラク軍に拘束され解放され、その後もイラク軍やイラク警察に数度拘束される。2004年4月、先に拘束されていた日本人3人の人質(イラク日本人人質事件)の消息を摑むためファルージャに向かう途中[3]、武装勢力に渡辺修孝とともに拘束されたが、ほどなく解放[4][5]。解放後に外国人特派員協会で会見を行った[6][7]

2005年1月、スマトラ島沖地震で被災したアチェ州を取材[1]。同年、ヨルダンシリア、イラクを取材。内戦状態で取材が困難となったイラクに入国して取材するため、2007年、基地建設現場や民間軍事会社事務所などイラク軍関連施設で料理人として働きながら取材をし、『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』を記す。2012年にはシリア内戦を取材[7]

2009年にヒーリングシンガーのMyuと結婚。少林寺拳法二段[1]

2015年6月、シリア人ブローカーと共にトルコ南部からシリア北西部のイドリブ県に密入国後、行方不明となる。アル=ヌスラ戦線により拘束されたともされるが、犯人は明確ではない[8]

2015年7月10日、外務大臣会見にてシリアで拘束の疑い事案としてフジテレビテレビ東京の記者より質問があった。岸田文雄外務大臣は「少なくとも今現在邦人が拘束されたという情報には接してはおりません。」と回答している[9]

2015年12月22日、国境なき記者団が「シリアの武装勢力に拘束されており、早期解決を望んでいる」という内容の声明を出した[10][11]。しかし28日、国境なき記者団は、「確認が不十分だった」として、声明を撤回している[12][13]

2016年3月16日、42歳の誕生日を迎えたこの日に拘束されているようにも見える安田と見られる男性の映像が発見された[14]。拘束していると主張している団体はISILと対立している武装勢力と見られている。

2016年5月29日、「助けてください これが最後のチャンスです 安田純平」と書かれた紙を持った安田とみられる新たな画像が公開された[8]

2016年6月29日、安田の解放交渉の仲介役を名乗ってきたシリア人男性が、交渉から撤退することを表明した[15]

2017年1月27日発売の婦人公論にて、妻であるMyuの独占インタビュー、「夫・安田純平が無事、帰国するまで絶対に涙は流しません」が掲載された。

2017年5月山本美香記念国際ジャーナリスト賞特別賞受賞[16]

2017年10月現在も消息不明となっている。

ジャーナリストとして[編集]

2015年4月3日には「戦場に勝手に行ったのだから自己責任、と言うからにはパスポート没収とか家族や職場に嫌がらせしたりとかで行かせないようにする日本政府を「自己責任なのだから口や手を出すな」と徹底批判しないといかん。」としている[17]

2015年6月19日には「シリアのコバニには欧米からもアジアからも記者が入っていて、フェミニストの若い女性やら学生メディアやってる大学生やらまで集まっている。経験ある記者がコバニ行っただけで警察が家にまで電話かけ、ガジアンテプからまで即刻退避しろと言ってくる日本は世界でもまれにみるチキン国家。」と日本政府を批判している[18]

2015年6月20日には「 トルコでも爆破事件があったし、コバニなんてあのあたりではかなり安全といえるんでないか。 いまだに危ない危ない言って取材妨害しようなんて恥曝しもいいところだが、 現場取材を排除しつつ国民をビビらせたうえで行使するのが集団的自衛権だろうからな。」としている[19]

2015年6月20日には「現場を否定するということは個々の人間の存在を否定するに等しいと思う。せっせと取材の邪魔をする安倍政権とかその支持者。」と退去要請に憤慨している[20]

しかし、2015年6月21日の「これまでの取材では場所は伏せつつ現場からブログやツイッターで現状を書いていたが、取材への妨害が本当に洒落にならないレベルになってきているので、今後は難しいかなと思っている。期間限定の会員制で取材経過までほぼリアルタイムで現場報告することも考えてたが、危険すぎてやっぱり無理そう。」の以後に消息不明となったため最後のツイートになっている[21]

著作[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 自己紹介”. jumpei.net. 2015年12月28日閲覧。[要高次出典]
  2. ^ 「平成22年度文化講演会」埼玉県立川越高等学校同窓会
  3. ^ “イラクで拘束された 渡辺修孝さん 報告会”. ペガサス. (2004年4月17日). http://ad9.org/pegasus/peace/watanabe-fukuoka.html 2015年7月25日閲覧。 
  4. ^ “記者ら2邦人解放 3日ぶり、バグダッドで解決”. 共同通信. (2004年4月17日). http://www.47news.jp/CN/200404/CN2004041701004816.html 2015年1月25日閲覧。 
  5. ^ “安田さんらの会見要旨 イラク人質”. 共同通信. (2004年4月18日). http://www.47news.jp/CN/200404/CN2004041801004817.html 2015年1月25日閲覧。 
  6. ^ “「なぜバッシング」と疑問 拘束の2人に外国メディア”. 共同通信. (2004年4月27日). http://www.47news.jp/CN/200404/CN2004042701004926.html 2015年1月25日閲覧。 
  7. ^ a b フライデー (2012年12月5日). “「創刊28周年企画 重大事件、事故、天災「九死に一生」生存者たちの秘話15 part3 イラク日本人人質・拘束事件 '04年4月14日 その後、シリアに赴いたジャーナリストの志”. 現代ビジネス. http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34176 2015年1月25日閲覧。 
  8. ^ a b 新たな画像ネット上に 28日以降に撮影か - 毎日新聞 2016年5月30日
  9. ^ 岸田外務大臣会見記録(平成27年7月10日(金曜日)8時32分 於:官邸エントランスホール)”. 外務省 (2015年7月10日). 2015年12月23日閲覧。
  10. ^ Japanese journalist in danger, RSF calls for his immediate release - 国境なき記者団 2015年12月22日
  11. ^ 「安田純平さん、シリアで拘束」声明掲載 - 毎日新聞 2015年12月23日
  12. ^ RSF withdraws press release about Jumpei Yasuda - 国境なき記者団 2015年12月28日
  13. ^ 「シリアでジャーナリスト拘束」の声明を撤回 - 読売新聞 2015年12月29日
  14. ^ 安田純平さん名乗る男性の動画を公開 ヌスラ戦線が拘束か(発言全文) The Huffington Post 2016年3月17日
  15. ^ 安田純平さん解放交渉、仲介役が撤退表明TBS系(JNN) 6月30日
  16. ^ 「山本美香賞に女性写真家 イラクで迫害の少数派取材」産経ニュース2017.5.12 17:18
  17. ^ https://twitter.com/YASUDAjumpei/status/583861195532214272
  18. ^ https://twitter.com/YASUDAjumpei/status/611929652186193920
  19. ^ https://twitter.com/YASUDAjumpei/status/611936407972671488
  20. ^ https://twitter.com/YASUDAjumpei/status/612354459247751168
  21. ^ https://twitter.com/YASUDAjumpei/status/612382136348332032

外部リンク[編集]