大西暢夫

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おおにし のぶお
大西 暢夫
生誕1968年6月12日(54歳)
東京生まれ 岐阜県育ち
国籍日本の旗 日本岐阜県
職業写真家・映画監督
活動期間1992年-
著名な実績ドキュメンタリー映画『水になった村』で第16回EARTH VISION 地球環境映像祭最優秀賞

写真絵本『おばあちゃんは木になった』(ポプラ社)で第8回日本絵本賞 『ぶた にく』(幻冬舎)で第58回産経児童出版文化賞大賞 第59回小学館児童出版文化賞

著書『ホハレ峠 ダムに沈んだ徳山村百年の軌跡』(彩流社)で第36回農業ジャーナリスト賞
大西 暢夫(おおにし のぶお、1968年昭和43年〉6月12日)は、日本写真家映画監督ダムに沈む村、職人精神科病棟、障がい者など、主に社会的なテーマや辺境の地を取材、撮影し写真や映像で記録し続けている。

人物・略歴[編集]

濃尾平野の端、木曾三川揖斐川の中流域、岐阜県揖斐郡池田町で育つ。研究の仕事で顕微鏡写真を現像していた父親から現像の仕方を教わる。16歳のときにアルバイトをしてお金を貯めNikonFE-2を買う。高校生のときに偶然、写真家・映画監督の本橋成一の写真(『上野駅の幕間(まくあい)』の一枚)に目がとまる。写真学校生のときに父親からハッセルブラッド500CMを贈られる。東京綜合写真専門学校卒業(卒論は、本橋成一)後、本橋成一に師事。修行中にダムで水没する故郷の村を撮り続けていたアマチュア写真家の増山たづ子に出会い、生涯のテーマとなる徳山村との関りがはじまる。1992年からオフロードバイク(徳山村仕様のKawasakiKLR)で約10時間、500㎞を東京から徳山村に通い、最後まで村に残り暮らし続けるジジババたちを撮影する。チェルノブイリ原発事故の被災地ベラルーシで放射能汚染地区に暮らし続ける人々の撮影に同行する。90年代から主に日本各地のダムに水没する村、精神科病棟、職人、障がい者を撮影している。東日本大震災発生から被災者の撮影と支援(被災地報告会の参加費と自費出版の小冊子の売り上げを支援金にするなど)を現在まで継続している。1998年よりフリーカメラマンとなる。2010年東京より岐阜県揖斐郡池田町に拠点を移す。

主な受賞作[編集]

ドキュメンタリー映画

写真絵本

著書

ドキュメンタリー映画[編集]

主な著書[編集]

全国学校図書館協議会選定図書

児童出版文化賞(5冊セット本受賞) ミツバチ文庫(山田養蜂場)

2016年課題図書


主な新聞・雑誌連載[編集]

  • 毎日新聞」『人と知恵がつなぐ』2020年4月-2021年3月『湧き上がる衝動 生(き)の芸術』2021年4月-連載中
  • 「ガバナンス」(ぎょうせい)『技・匠』連載中
  • 「うかたま」(農文協)『養蚕という仕事』第17巻第4号 2022年9月1日発行-連載中
  • 「通販生活」(カタログハウス)『わが街の豆腐屋さん』通巻291号 第39巻第2号 2020年5月15日発行-通巻300号 第41巻第2号 2022年5月15日発行
  • 「精神看護」(医学書院)『クローズアップ』『写真館』
  • 「教育評論」『 分校ものがたり』

メディア掲載(外部リンク)[編集]

外部リンク[編集]