パスカル・シンボンダ

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パスカル・シンボンダ Football pictogram.svg
Pascal chimbonda.jpg
トッテナム時代(2007年)
名前
ラテン文字 Pascal CHIMBONDA
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1979-02-21) 1979年2月21日(38歳)
出身地 レザビーム
身長 182cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム 無所属
ポジション DF (CB, RSB)
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2000 フランスの旗 ル・アーヴルB 24 (1)
1999-2003 フランスの旗 ル・アーヴル 85 (5)
2003-2005 フランスの旗 バスティア 67 (4)
2005-2006 イングランドの旗 ウィガン 38 (2)
2006-2008 イングランドの旗 トッテナム 65 (3)
2008-2009 イングランドの旗 サンダーランド 13 (0)
2009 イングランドの旗 トッテナム 3 (0)
2009-2011 イングランドの旗 ブラックバーン 30 (1)
2011 イングランドの旗 QPR 3 (1)
2011-2012 イングランドの旗 ドンカスター 16 (0)
2013 イングランドの旗 マーケット・ドレイトン英語版 0 (0)
2013-2014 イングランドの旗 カーライル 26 (0)
2014-2015 フランスの旗 アルル 6 (0)
代表歴2
2003-2012 フランスの旗 グアドループ 6 (0)
2006 フランスの旗 フランス 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年1月26日現在。
2. 2017年1月26日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

パスカル・シンボンダPascal Chimbonda, 1979年2月21日 - )は、グアドループレザビーム出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。名字の表記には「シャンボンダ」「シムボンダ」も存在する。

来歴[編集]

2006 FIFAワールドカップに向けてのフランス代表発表において最も驚きを与えた選手。ウィリー・サニョルの控えとしてアントニー・レヴェイエールフランソワ・クレールを抑えての招集で同じくこの時点で初招集だったフランク・リベリーと同じく2005-06シーズンの活躍が評価され代表入りとなったが、フランス国内ではリーグ・アンで活躍するリベリーとは対照的に注目度は低かった。しかし招集後は27歳でレ・ブルーの仲間入りを果たした遅咲きのヒーローとして注目の的となった。

ル・アーヴルAC出身で、その後SCバスティアに移籍した。ここで右サイドバックとして頭角を現し、2005年イングランドウィガン・アスレティックに移籍、ここで選手会選出のプレミアリーグ最優秀右サイドバックに選出されるなど大活躍した。しかし2005-06シーズン終了前に移籍希望を公言してポール・ジュエル監督を激怒させ[1]、シーズン終了後にトッテナム・ホットスパーFCへ放出された。

トッテナムでも主力としてプレー。その後サンダーランドAFCへ移籍をするも出場機会に恵まれず、1年半を経て古巣へ復帰した。

2014年10月にリーグ・ドゥACアルル=アヴィニョンに加入し約10年振りにフランスへ舞い戻ったが、翌年2月27日にクラブとの双方合意に基づき契約を解除した[2]

その他[編集]

バスティア時代、ASサンテティエンヌ戦で試合中に相手サポーターから激しい人種差別を受けたことがある。

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

トッテナム

脚注[編集]

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  1. ^ ジュエル監督は「顔も見たくない」とマスコミに語った
  2. ^ Chimbonda, c'est fini”. L'Équipe (2015年2月27日). 2017年1月26日閲覧。

外部リンク[編集]