ハーバー・ボッシュ法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

ハーバー・ボッシュ法(ハーバー・ボッシュほう、Haber–Bosch process)または単にハーバー法(Haber process)とは、を主体とした触媒上で水素窒素400–600 °C200–1000 atm超臨界流体状態で直接反応させる、下の化学反応式によってアンモニアを生産する方法である[1]

窒素化合物をつくる常套手段であり、現代化学工業の一基幹である。フリッツ・ハーバーカール・ボッシュが1906年にドイツで開発した[2]ロイナ工場で実用化されて、褐炭から肥料を生産した。それまではユストゥス・フォン・リービッヒの理論に基づきチリ硝石等を用いていた。

反応過程[編集]

現代の工業化学では、メタンから不均一系触媒を使って単離された水素大気中の窒素とを反応させてアンモニアを合成している。

水素の合成[編集]

まず、メタンを精製して触媒を失活させる硫黄分を除去する。約1000 ℃、3 MPaで精製したメタンを酸化ニッケル(II)を触媒として水蒸気と反応させる。これは水蒸気改質と呼ばれる。

水素量に対応する化学量論量の窒素を含有するだけの空気を加えて、水蒸気改質で残存したメタンを酸化させる。水素の一部も燃焼する。いずれも大きな発熱反応であり、発生した熱(およそ1000 ℃に達する)を利用して水蒸気改質に用いる高温高圧の水蒸気を得る。

高転化率と高い反応速度を両立するため、Fe-Cr系触媒とCu-Zn系触媒を用いた二段階の水性ガスシフト反応によって、一酸化炭素と水蒸気から二酸化炭素と水素を得る。本反応は平衡反応であるため、濃度0.5%程度の一酸化炭素が残存する。

炭酸カリウム水溶液により、二酸化炭素を除去する。生成した炭酸水素カリウムは再生塔で炭酸カリウムに再生される。

混合気体はメタン化炉へ送られ、ニッケル系の触媒を用いて、アンモニア合成反応で触媒毒になる一酸化炭素を10 ppm以下までメタン化により除去する。

アンモニア合成 - ハーバー法[編集]

最後に二重促進鉄を触媒としてアンモニアを合成する。

初期の合成実験では約 20 MPa、約 1000 ℃で行われていた[3]が、現代の量産プラントでは、25-35 MPa・約500 ℃で反応させ[4]、触媒を通した後アンモニアは−33 ℃程度まで冷却され、液体の状態で排出し適当な平衡定数を維持する。未反応の水素と窒素は循環し再び触媒床に通される。

鉄触媒[編集]

ハーバー法を成功させた鍵の1つは、化学平衡を有利にし、かつ高い反応速度を得るために必要な高温高圧反応装置を開発できたことであり、もう1つは反応を促進する触媒を開発できたことである。窒素分子は非常に強い窒素原子間結合を有しており、その解離には大きな活性化エネルギーが必要となるため、極めて反応性に乏しい。実際、多くの場合、不活性ガスとして取り扱われる。従って、窒素解離の活性化エネルギーを低減できる触媒の開発が極めて重要であった。

二重促進鉄触媒
ハーバーらは鉄鉱石酸化鉄を主体とし、酸化アルミニウム酸化カリウムを含む)を触媒に用いた。このとき注意すべきことは、酸化鉄を触媒として装填するが、実際に反応しているのは水素によって還元されて生じた単体金属鉄であることである。酸化アルミニウムは還元されず担体として鉄の単体がシンタリングするのを防ぎ、酸化カリウムは塩基として鉄に電子を供与して触媒能力を高めている。これらの作用から二重促進鉄触媒と呼ばれる。これらの機構は後にゲルハルト・エルトルにより解明された。
触媒開発を担当したアルヴィン・ミタッシュ英語版により見出された。ミタッシュは、様々な鉄鉱石を触媒として用いたところ、スウェーデン産の磁鉄鉱が非常に高い活性を示すことを発見した。そしてさらに検討を重ね、微量のアルミナとカリウムが必要であると結論付けた。この結論に至るまで、ミタッシュは約2万種類の触媒を試したと言われている[5]
三重促進鉄触媒
より高効率で生成可能な触媒として CaO を付加した三重促進鉄触媒が開発された[5][3][6]

歴史[編集]


結果[編集]

ハーバー、ボッシュによるこの方法は、水と石炭と空気からパンを作る方法とも言われた[5]

パンの原料である小麦を始めとして農作物を育てるには窒素分を含む肥料の十分な供給が不可欠だが、その窒素を供給する化学肥料を生成するのにハーバー・ボッシュ法が使えるため、この方法の発見によって農作物の収穫量は飛躍的に増加した。

化学肥料の誕生以前は、単位面積あたりの農作物の量に限界があるため、農作物の量が人口増加に追いつかず、人類は常に貧困に悩まされていた(マルサス人口論)[7]。しかしハーバー・ボッシュ法による窒素の化学肥料の誕生や過リン酸石灰によるリンの化学肥料の誕生により、ヨーロッパやアメリカでは人口爆発にも耐えうる生産量を確保することが可能となった[7]

しかしこの方法は同時に平時には肥料を、戦時には火薬を空気から作るとも形容され、爆薬の原料となる硝酸の大量生産を可能にしたことから、その後の戦争が長引く要因を作った。例として、この方法でドイツ帝国は、第一次世界大戦で使用した火薬の原料の窒素化合物の全てを国内で調達できた(火薬爆薬を参照)。

本法によるアンモニア合成法の開発以降、生物体としてのヒトバイオマスを、従来よりもはるかに多い量で保障するだけの窒素化合物が、世界中の農地生態系に供給され、世界の人口は急速に増加した。現在では地球の生態系において最大の窒素固定源となっている。さらに、農地生態系から直接間接双方の様々な形で、他の生態系に窒素化合物が大量に流出しており、地球全体の生態系への窒素化合物の過剰供給をも引き起こしている。この現象は、地球規模の環境破壊の一端を成しているのではないかとする懸念も生じている[8]

ハーバーは本法の業績により、1918年ノーベル化学賞を受賞したが、第一次世界大戦中にドイツ帝国の毒ガス開発を主導していたために物議を醸した[9]。またボッシュは本法を応用した高圧化学反応の研究により、1931年にノーベル化学賞を受賞している。

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ 『超臨界流体のはなし』日刊工業新聞、21頁。ISBN 4-526-05708-8
  2. ^ 『天文学入門 星とは何か』丸善出版、118頁。ISBN 978-4-621-081167
  3. ^ a b アンモニア合成を通して人類を支えた人たち 東京工業大学博物館
  4. ^ 江崎正直、アンモニア合成 (PDF)
  5. ^ a b c 西林仁昭、鉄触媒は「窒素固定能」を秘めていた! (PDF) 化学 Vol.68 No.6 (2013)
  6. ^ アンモニア合成を通して人類を支えた人たち (PDF)
  7. ^ a b 独立行政法人農業環境技術研究所「情報:農業と環境 No.104 (2008年12月1日) 化学肥料の功績と土壌肥料学」
  8. ^ 世界の人口を養う“窒素”の光と影:日経サイエンス 1997年12月号
  9. ^ 井上尚英 『生物兵器と化学兵器』 (初版) 中央公論新社〈中公新書〉、2003年。ISBN 4121017269 

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]