窒素固定

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

窒素固定(ちっそこてい)とは、空気中に多量に存在する安定な(不活性)窒素分子を、反応性の高い他の窒素化合物アンモニア硝酸塩二酸化窒素など)に変換するプロセスをいう。

自然界での窒素固定は、いくつかの真正細菌細菌放線菌藍藻、ある種の嫌気性細菌など)と一部の古細菌メタン菌など)によって行われる。これらの微生物には、種特異的に他の植物や、動物シロアリなど)と共生関係を形成しているものもある。また、放電紫外線内燃機関での燃焼により、窒素ガスの酸化によって窒素酸化物が生成され、これらがに溶けることで、土壌に固定される。

また、アンモニア合成を代表として人工的に窒素分子を他の窒素化合物に変換する手法も幾つか開発されており、工業的に非常に重要な位置を占めている。

窒素固定の総量[編集]

研究者によって推定量は異なっている。

  • Burns and Hardy[1] によれば(生物由来)、
    • 陸上 140TgN/yr
    • 海洋 36TgN/yr
  • 佐竹(2010)[2][3]の報告によれば、
    • 人為起源 156TgN/yr
    • 海洋生物 121TgN/yr
    • 陸上生物 107TgN/yr
    • 空中放電 5TgN/yr (3-10TgN/yr の中間値)

生物学的窒素固定[編集]

窒素循環のモデル図

ある種の細菌がもっている酵素ニトロゲナーゼは、大気中の窒素をアンモニアに変換するはたらきを持ち、この作用を生物学的窒素固定といい、窒素固定を行う微生物をジアゾ栄養生物(diazotroph)という。

ニトロゲナーゼによる窒素固定反応は、次式のように表される。

  • ATP = アデノシン三リン酸 , ADP = アデノシン二リン酸 , Pi = リン酸

この反応による直接の生成物はアンモニア(NH3)であるが、これはすぐにイオン化されてアンモニウム(NH4+)になる。生きているジアゾ栄養生物であれば、ニトロゲナーゼで作られたアンモニウムは、グルタミンシンセターゼ/グルタミン酸シンターゼ経路によって同化され、グルタミン酸塩となる。また、亜硝酸菌硝酸菌といった硝化細菌の存在下では、最終的にアンモニウム塩は硝酸塩として、植物が利用できる形になる。

生物学的窒素固定はオランダの微生物学者、マルティヌス・ベイエリンクとロシア(ウクライナ)のセルゲイ・ヴィノグラドスキーによって発見された。

真正細菌であるリゾビウム属などの根粒菌は窒素固定能を持つ[4]パエニバシラス・ポリミキサ(P. polymyxa)は窒素固定能を持つ[5]

マメ科植物との共生的窒素固定[編集]

クローバー、枝豆などのマメ科植物は根に根粒があり、窒素化合物を生産する根粒菌リゾビウム属)の共生細菌を宿しているため、土壌を肥やすはたらきをすることが知られている。マメ科の大部分はこの共生関係を持つが、2,3の属(例えば、Styphnolobium)は持っていない。

マメ科植物に荒れ地でも生育可能なものが多いのは、いわば根で窒素肥料合成できるためである。また、沖縄のギンゴウカン群落に見られるように、ある種のマメ科植物は土質を窒素過多にし、そのため他の植物の侵入が困難となり、長期にわたって単独種の群落を維持する場合がある。

マメ科以外との共生的窒素固定[編集]

以下の植物は、マメ科植物と同様に窒素固定生物と共生している。共生微生物はそれぞれ異なっており、藍藻や放線菌と共生するものもある。

シロアリの体内共生菌による窒素固定[編集]

シロアリの体内共生菌には窒素を固定する種が含まれる[7]

化学的窒素固定[編集]

シュロックらによる錯体を用いた窒素固定例[8]

内燃機関や燃焼に伴う窒素酸化物の目的外生成のほか人為的にも固定され、肥料をはじめ様々な工業プロセスに使用されている。最も一般的な方法はハーバー・ボッシュ法によるものである。石灰窒素をふくむ人工肥料の生産は非常に大きな量に達しており、現在では地球生態系において最大の窒素固定源となっている。

その他[編集]

稲妻の語源は、雷が稲を実らせるという信仰からきているが、これは実際に落雷による放電によって窒素酸化物が生成され収穫量が増えたため、という説がある。同様に落雷したほだ木ではきのこの収穫量が増えると古代ギリシアプルタルコスの著作である『食卓歓談集』にも記述される程、古来より言われてきた[9]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ Burns, R.C. and R.W.F. Hardy(1975)Nitrogen fixation in bacteria and higher plants, Springer Verlag, Berlin/New York., doi:10.1002/jobm.19780180215
  2. ^ 佐竹研一、「地球環境に附加される自然起源と人為起源の窒素化合物 (窒素汚染と大気・水環境) (PDF) 」 地球環境 15(2), 97-102, 2010, NAID 40017225059
  3. ^ 『地球環境』Vol.15 No.2 国際環境研究協会
  4. ^ アン・マクズラック著、西田美緒子訳 『細菌が世界を支配する』 p186、白楊社、2012年9月30日、ISBN978-4-8269-0166-6
  5. ^ F. H. Grau and P. W. Wilson (1962). “Physiology of nitrogen fixation by Bacillus polymyxa. J. Bacteriol. 83 (3): 490–496. http://jb.asm.org/content/83/3/490. 
  6. ^ 吉田重方、松本博紀、トルンブイチ、草地雑草根におけるニトロゲナーゼ活性 日本草地学会誌 Vol.31 (1985) No.3 p.358-361, doi:10.14941/grass.31.358
  7. ^ 腸内微生物との共生関係の不思議
  8. ^ Dmitry V. Yandulov and Richard R. Schrock, "Catalytic Reduction of Dinitrogen to Ammonia at a Single Molybdenum Center", Science 301, 76(2003). doi:10.1126/science.1085326
  9. ^ プルタルコス柳沼重剛「食卓歓談集」、岩波書店2001年12月14日ISBN 9784003366431

関連項目[編集]