ノヴォシビルスク

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ノヴォシビルスク
Новосибирск
Novosibirsk
Novosibirsk view.jpg
ノヴォシビルスクの市旗 ノヴォシビルスクの市章
市旗 市章
位置
ノヴォシビルスクの位置の位置図
ノヴォシビルスクの位置
座標 : 北緯55度1分0秒 東経82度56分0秒 / 北緯55.01667度 東経82.93333度 / 55.01667; 82.93333
歴史
建設 1893年
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 シベリア連邦管区
 行政区画 ノヴォシビルスク州の旗 ノヴォシビルスク州
 市 ノヴォシビルスク
市長 Анатолий Локоть
(Anatoly Lokot)
地理
面積  
  市域 503.1 km2
標高 150 m
人口
人口 (2016年現在)
  市域 1,584,138人
その他
等時帯 クラスノヤルスク時間 (UTC+7)
郵便番号 630xxx
市外局番 +7 383
ナンバープレート 54, 154
公式ウェブサイト : http://www.novo-sibirsk.ru/

ノヴォシビルスクロシア語Новосибирскナヴァスィビールスク〕;Novosibirsk)は、ロシア連邦シベリアの中心的都市。別名「シベリアの首都」。ノヴォシビルスク州の州都でオビ川に沿う。人口は約158万。人口規模は国内第3位で、シベリアでは最大である。北緯55度01分、東経82度56分に位置する。

建設されたのは19世紀末であり、ロシアでも新しい町である。シベリア鉄道建設中の1893年に、ノヴォニコラエフスクという名で現在のノヴォシビルスクが建設された。1925年ソビエト連邦成立後にかつての皇帝ニコライ2世を思わせる市名は改称され、「新しいシベリアの街」を意味するノヴォシビルスクとなった[1]

歴史[編集]

オビ河畔に広がる市街地
アレクサンドル・ネフスキー聖堂
ノヴォシビルスクのビジネス街
国立オペラ・バレエ劇場

シベリア鉄道建設中の1893年、シベリア随一の大河・オビ川を渡る鉄道橋の予定地に、聖ニコライおよび当時の皇帝ニコライ2世の双方にちなんでノヴォニコラエフスク(新しいニコライの町、Новониколаевск)という町が建設された。この町が現在のノヴォシビルスクである。オビ川の大鉄橋1897年の春に完成し、ロシア中央部から走る列車とオビ川を行き来する船が連絡するノヴォニコラエフスクはこの地方の交通の中心地となった。20世紀初頭にはトルキスタン・シベリア鉄道カスピ海沿岸から中央アジアを結んでこの町でシベリア鉄道に連結するようになり、重要性はさらに増した[2]

鉄橋開通時のノヴォニコラエフスクの人口は7,800人であった。その10年後の1907年には人口が47,000人を超えており、ノヴォニコラエフスクは市の地位を得ている。1906年に最初の銀行がノヴォニコラエフスクに開業し、1915年には営業を行う銀行の数は5つに増えた。この時期のノヴォニコラエフスクの発達は着実かつ急速で、1917年ロシア革命の直前には人口は80,000人に達し、シベリアでも有数の商業と産業の中心になり、農産物の加工工場、発電所、鋳鉄工場、日用雑貨市場、銀行、船会社や商社などが立地していた。同じく宗教や文化の拠点にもなり始め、1917年にはロシア正教会の聖堂7か所とローマ・カトリックの教会1つ、映画館複数、小学校40校と高校1つ、師範学校1つがノヴォニコラエフスクにはあった。1913年にはロシアでも最も早い時期に初等教育を必修としている[2]

革命後のロシア内戦は街に悪影響を及ぼし、戦時下の疫病の流行、特にチフスとコレラで数千人が死んだとされる。1917年12月にノヴォニコラエフスク労働者・兵士代表ソヴィエトが市政を掌握した。オビ川の鉄橋も破壊され、ノヴォニコラエフスクは初めて人口減少を経験した。1918年5月にはシベリア各地でボリシェヴィキ政府に対するチェコ軍団の蜂起が起き白軍と手を結び、ノヴォニコラエフスクも反革命軍が押さえた。赤軍1919年に町を奪還し、内戦中にわたり死守した[2]

ウラジーミル・レーニンが新経済政策(ネップ)を開始した1921年、ノヴォニコラエフスクの再建も始まった。ソビエト連邦成立後の1926年、かつての皇帝を思わせる町の名は改称され、「新しいシベリアの街」を意味するノヴォシビルスクとなった[2]

ノヴォシビルスク市中心部

ヨシフ・スターリンによる第一次五ヶ年計画で重工業に傾斜した産業政策が始まり、ノヴォシビルスクはシベリア最大の産業の中心地の一つとしての地位を固めた。1930年代のノヴォシビルスクには鉱山用設備の製造に特化した巨大工場「シブコムバインロシア語版」(ロシア語: Сибкомбайн 英語: Sibkombain)をはじめとする大工場や新発電所などが建設された。一方で、1932年から1933年ソビエト大飢饉ロシア語版英語版で17万人以上の国内難民がノヴォシビルスクに流入している。彼らは市の郊外にバラックを建てて住み、ボルシャヤ・ナハロフカ、マーラヤ・ナハロフカなどのスラムが形成された[2]。こうした急速な産業化と巨大化が、ノヴォシビルスクに「シベリアのシカゴ」という綽名を与えている[3]

第二次世界大戦後の1954年には路面電車が開通し、人口は287,000人に達してシベリア最大の街になった。翌年、19世紀末に架けられたオビ川鉄橋は、1955年に新しいコムナルヌイ橋ロシア語版に架けかえられている[2]。人口と工業の大型化に対応するためにオビ川をダムで堰き止めて出力40万キロワットの水力発電所を建設することが計画されたが[4]、このダムによりオビ海ロシア語版英語版と呼ばれる大型の貯水湖が誕生し、広大な松林や肥沃な農地の多くが水没した。さらに貯水湖の誕生により、街の近くに大きな開けた空間ができて風速が強まり、土壌流出の速度が速まってしまった[2]

一方、1950年代にソ連政府はノヴォシビルスクから南へ30キロメートル離れた森の中に科学研究の拠点を築くことを決定した。これによりソ連科学アカデミーのシベリア支部や多数の研究機関・大学が集積する計画都市アカデムゴロドク1957年に誕生した。アカデムゴロドクには独自の市民生活を営める十分な施設があるが、行政的にはノヴォシビルスク市の一部となっている。

1962年9月2日、ノヴォシビルスクは人口100万人の突破を祝った。ノヴォシビルスクは当時の世界の百万都市の中でも最も若い街であり、誕生からわずか70年弱で百万の大台に達したことになる[5]1979年にはオビ川東岸の中心部から西岸へと伸びるノヴォシビルスク地下鉄の建設が始まり、1985年に一号線が開通している。

地理[編集]

市街地の衛星画像、中心部は川の右岸(北側)

ノヴォシビルスクの中心部はオビ川右岸(東側)にあり、市の周囲は西シベリア低地である。ノヴォシビルスクの南方には世界遺産アルタイの黄金山地の一部をなすウコク高原がある。

市街地はオビ川に隣接しており、低い湿地帯(盆地)が都市の大半を占める。

水運シベリア鉄道などのおかげでロシア連邦第三の都市にまで発展した。整然と区画整理された都市は工業地区・商業地区・住宅地区と細かく分けられており、オペラ座、劇場博物館、スポーツ施設なども整い、金属工業やハイテク工業も発展している。近郊のアカデムゴロドクには、針葉樹林の中にノヴォシビルスク大学ほか研究機関が多数あり、シベリアおよびロシアの教育・研究拠点となっている。アカデムゴロドクはつくば学術研究都市のモデルになったともいわれる。

民族[編集]

2010年時点でロシア人が92.82%と9割以上を占めるがついでウクライナ人0.92%、ウズベク人0.75%、タタール人0.73%、ドイツ人0.63%の順になっており、ほかにタジク人アルメニア人キルギス人アゼルバイジャン人なども暮らす多民族都市となっている。近年は中央アジアからの出稼ぎ労働者が多くなっている。

気候[編集]

気候は年較差がかなり大きい亜寒帯湿潤気候(Dfb)で冬は非常に寒く、夏は暑い。は20度から25度まで上がり、好天なら連日30度以上の猛暑となるが、冬にはマイナス20度から30度まで下がり、厳寒期にはマイナス40度にまで下がることもあるが、そのような日は5年に一度程度である。冬季は雪の日が多いものの、一度の降雪量はそれほど多くはない。また、シベリア東部のハバロフスク(-19.8度)、中国東北地方のハルビン(-18.6度)に比べると冬の気候は比較的温和と言える。観測史上最も高い気温は2005年7月7日の37.2度、最も低い気温は1915年1月9日の-51.1 ℃である[6]

ノボシビルスク (1981-2010年)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 4.1
(39.4)
5.1
(41.2)
14.4
(57.9)
30.7
(87.3)
36.1
(97)
36.6
(97.9)
35.9
(96.6)
35.7
(96.3)
33.2
(91.8)
27.2
(81)
11.5
(52.7)
4.8
(40.6)
36.6
(97.9)
平均最高気温 °C (°F) −12.1
(10.2)
−9.7
(14.5)
−1.9
(28.6)
8.1
(46.6)
18.8
(65.8)
23.4
(74.1)
25.4
(77.7)
22.8
(73)
16.0
(60.8)
7.6
(45.7)
−3.5
(25.7)
−9.9
(14.2)
7.1
(44.8)
日平均気温 °C (°F) −16.5
(2.3)
−14.8
(5.4)
−7.6
(18.3)
2.3
(36.1)
11.8
(53.2)
17.1
(62.8)
19.4
(66.9)
16.6
(61.9)
10.2
(50.4)
3.1
(37.6)
−6.9
(19.6)
−14.0
(6.8)
1.7
(35.1)
平均最低気温 °C (°F) −20.9
(−5.6)
−19.5
(−3.1)
−12.8
(9)
−2.4
(27.7)
5.6
(42.1)
11.2
(52.2)
13.8
(56.8)
11.2
(52.2)
5.6
(42.1)
−0.4
(31.3)
−10.3
(13.5)
−18.3
(−0.9)
−3.1
(26.4)
最低気温記録 °C (°F) −46.2
(−51.2)
−46.3
(−51.3)
−36.4
(−33.5)
−29.1
(−20.4)
−8.6
(16.5)
−2.2
(28)
1.5
(34.7)
0.0
(32)
−6.9
(19.6)
−26.4
(−15.5)
−40
(−40)
−45.7
(−50.3)
−46.3
(−51.3)
降水量 mm (inch) 25
(0.98)
18
(0.71)
17
(0.67)
27
(1.06)
34
(1.34)
55
(2.17)
66
(2.6)
60
(2.36)
43
(1.69)
45
(1.77)
37
(1.46)
33
(1.3)
460
(18.11)
平均降雨日数 1 1 2 8 13 14 14 14 16 12 5 1 101
平均降雪日数 23 19 15 9 3 0.1 0 0 1 11 20 25 126
 % 湿度 82 81 77 65 58 66 73 75 75 78 83 83 75
出典: Pogoda.ru.net[7]

交通[編集]

オビ川沿いの港
オビ川にかかる橋(オビ川鉄橋

トルマチョーヴォ空港に本拠を置くS7航空ウズベキスタンアゼルバイジャンなどの旧ソ連の中央アジア諸国、ドイツブルガリアトルコタイ中華人民共和国へ就航しているほか、中央アジアの各国のエアラインや中国の海南航空などが乗り入れている。モスクワサンクトペテルブルクハバロフスクウラジオストクイルクーツク、などの国内線も多数運航されている。

また、ウラジオストクやモスクワからのシベリア鉄道を使うという手段もある。市内には、シベリア初の地下鉄であり路線数2つのノヴォシビルスク地下鉄も走り、レニンスカヤ線(1号線)はオビ川を鉄橋で越えて(ru:Новосибирский метромост)市の中心部と川の対岸に当たる南西部の市街地を結ぶ。同市でシベリア鉄道の代表駅となり、同鉄道を代表する列車であるロシア号中華人民共和国モンゴルとの間で運行される中露国際列車ヴォストーク号などの全旅客列車が停車するノヴォシビルスク総合駅では駅前に地下鉄ジェルジンスカヤ線(2号線)始発駅のガーリナ・ミハイロスカヴァ広場駅ロシア語版が設けられ、交通の結節点となっている。ノヴォシビルスク駅からは近郊電車のエレクトリーチカも運行されている。また、トラムも走っている。

教育[編集]

アカデムゴロドクにあるノヴォシビルスク大学

その他、アカデムゴロドク地区にはロシア科学アカデミーのシベリア支部をはじめ研究所や高等教育機関多数が集積しており、ノヴォシビルスク大学をはじめノヴォシビルスク市の高等教育機関のほとんどはアカデムゴロドクに立地している。

レーニン通り

文化[編集]

姉妹都市[編集]

ノヴォシビルスク生まれの著名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 中国語ではノヴォシビルスクには『新西伯利亜』という漢字が当てられている。
  2. ^ a b c d e f g AllSiberia
  3. ^ Monday, May. 04, 1942 (1942年5月4日). “From Novosibirsk to Komsomolsk”. TIME. http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,777759,00.html 2009年5月6日閲覧。 
  4. ^ Novosibirsk, Siberia, Russia History & Info”. Utopiasprings.com. 2009年5月6日閲覧。
  5. ^ Novosibirsk Mayor Office Web Site, City History Page”. Novosibirsk Mayor Office. 2008年2月13日閲覧。
  6. ^ Владимир Михайлов. “Главней всего — погода в доме”. Наука в Сибири, № 13 (2 548). 2009年11月15日閲覧。
  7. ^ Weather and Climate-The Climate of Novosibirsk” (Russian). Weather and Climate. 2016年5月5日閲覧。

外部リンク[編集]