ジェスロ・タル

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ジェスロ・タル
Jethro Tull
Jethro Tull - Warsaw 2009.JPG
ポーランド・ワルシャワ公演 (2009年9月)
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド
ロンドン
ジャンル ロック
プログレッシブ・ロック
ブルース・ロック
フォーク・ロック
ハード・ロック
ニュー・ウェーヴ
活動期間 1967年 - 2011年
レーベル アイランド・レコード
クリサリス・レコード
EMI/キャピトル・レコード
Fuel 2000
公式サイト Official Website
メンバー イアン・アンダーソン(Vo/flu)
マーティン・バーレ(G)
ドーン・ペリー(Ds)
デイヴィッド・グーディア(B)
ジョン・オハラ(Key)
旧メンバー 以下を参照

ジェスロ・タルJethro Tull) は、イングランド出身のロック/プログレッシブ・ロックバンド

時代の変遷に合わせて様々な形態を取り込み進化していった、1960年代末以降におけるロック・ミュージックのルーツを持つバンドの一つ。また、ロックにフルートを持ち込んだ事でも知られ、デビュー当初から独自の存在感を放っていた。

略歴[ソースを編集]

1960年代
1967年、ブルース・バンド「ジョン・エヴァンズ・スマッシュ」の元メンバーだったイアン・アンダーソンとグレン・コーニックを中心に結成[1]。翌年にアルバム『日曜日の印象』でデビュー。このアルバムは、全英10位にチャートインし、その年の『メロディ・メーカー』誌の人気投票で、ビートルズに次ぐ第2位を獲得し注目される。
結成当時のラインナップは、イアン・アンダーソン(Vo/flu)、ミック・エイブラハムズ(G/Vo)、グレン・コーニック(B)、クライヴ・バンカー(Ds)の4人。結成当時はイアン・アンダーソンに並んでミック・エイブラハムズの影響力も大きく、ブルース・ロック色が濃い作品だった。だがブルース・ロックの範疇に収まらないジャズや、ブリティッシュ・トラッドといった別種の泥臭いフィーリングを含んだ曲もあり、他のブルース・ロック・バンドとは一線を画するものであった。
デビュー・アルバム『日曜日の印象』リリース直後に、ミック・エイブラハムズが脱退するが、ローリング・ストーンズが製作したTVショー『ロックンロール・サーカス』への出演が決まっていたため、ブラック・サバスギタリストトニー・アイオミを引き抜き、『ロックンロール・サーカス』の収録を乗り切る。この仕事のみでトニー・アイオミは脱退してブラック・サバスに復帰することとなり、最終的にはゲッセマネというバンドのギタリストであったマーティン・バーレを加入させ、セカンド・アルバム『スタンド・アップ』をリリースする。ブルース以外にも音楽性を大きく拡大させたこのアルバムは全英第1位となる。中でもバッハの楽曲をジャジーかつアーシーにアレンジしたインスト曲「ブーレ」は注目を集めた。
1970年代
左イアン・アンダーソン(Vo/flu) 右マーティン・バーレ(G) 1973年
続く『ベネフィット』はアメリカでも11位とヒットを記録し[2]、さらに脚光を浴びた。この時期、同じクリサリス・レコードに所属するバンドだったトラフィックテン・イヤーズ・アフタープロコル・ハルムなどと共にブリティッシュ・ロックの世界的な位置づけを確定させた。
その後グレン・コーニックが脱退するが、バンドは文学的な気品とリリシズムを毒々しいユーモアと盤石のテクニックで演出したプログレッシヴ・ロックで人気を拡大していき、『アクアラング』(1971年)からこの方向性が顕著となる。同アルバムは英米両国のアルバム・チャートでトップ10入りを果たし、アメリカ・ツアーも大成功を収めた[3]
その後クライヴ・バンカーの脱退、バリモア・バーロウの加入を経て、『ジェラルドの汚れなき世界』(1972年)、『パッション・プレイ』(1973年)というアルバム全体が一曲という大胆な大作で全米1位を獲得するまでになる[2]。技術や創造的な必要上グループの結束力は強かったが、結成10年を経過する頃からメンバーが流動化した。
1979年、アルバム『ストームウォッチ〜北海油田の謎』発表後のツアーにフェアポート・コンヴェンションのデイヴ・ペグが参加して、ペグは1990年代中期までジェスロ・タルの正式メンバーとなる。
1980年代以降〜活動停止
ハンガリー・ブダペスト公演 (2006年)
1980年、イアン・アンダーソンはエディ・ジョブソンらと共に初のソロ・アルバムを制作しようとするが、最終的にはジェスロ・タル名義のアルバム『A』としてリリースされた。
2003年、クリスマス・アルバム『The Jethro Tull Christmas Album』をリリース。これ以降、新たなスタジオ・アルバムの発表が途絶え、ライブを中心に活動。
2011年、バンド活動が事実上の停止。2014年にイアン・アンダーソンは、無期限停止を公表した。
来日
日本では欧米に比べ、一般的な知名度こそ低いものの熱烈なファンも少なくなく、2005年までに4回の来日を果たしている。2013年のイアン・アンダーソン来日公演では、アルバム『ジェラルドの汚れなき世界』の完全再現ライブを実施した[4]

スタイル[ソースを編集]

バンドのロゴ

「ジェスロ・タル」というバンド名は、18世紀イギリスの農学者の実名に由来している。当時彼らはロンドンの複数のクラブに出演していたが、必ず1回で仕事を打ち切られて継続的に出演の予約を取るのが難しかったため、次々に名前を変えて別のバンドのふりをすることで食いつないでいたという。バンド名はエージェントの思いつきで決められていたが、あるとき歴史マニアのエージェントが農学者の名前にちなんで「ジェスロ・タル」と命名した。たまたまこのバンド名で出演していた時に、クラブの支配人に気に入られて継続出演が決まったため、それ以降も同名で通すようになり定着した。

ローランド・カークに影響を受けたイアン・アンダーソンのフルートを中心にパントマイム劇を取り入れたライヴも好評だった。幻想的なサウンドや複雑なコンセプトを持ったアルバム作りなどから、プログレッシブ・ロックのジャンルに括られることが多い。

補足[ソースを編集]

  • 当初ギタリストでありながら、プロデューサーの意向でミック・エイブラハムズをギターヒーローに祭り上げるためにギターを取り上げられたイアンであったが、何とかミックからスポットライトを奪おうと、ギター以外の楽器を持つことを思い立つ。そこで楽器屋に行き、最初はバイオリンを購入するつもりだったのだがフルートが目に付き、店員に「バイオリンとフルート、どっちが簡単かな?」と聞いたところ「フルートかなぁ」と言う返事が返ってきたので急遽購入する楽器をフルートに選んだ。
  • 1989年グラミー賞ベストHR/HM部門が新設された。そして数あるHR/HMバンドがある中、何故かジェスロ・タルのアルバム『クレスト・オブ・ア・ネイヴ』がノミネートされ、対抗候補だったメタリカメタル・ジャスティス (...And Justice For All)』をかわして受賞し、物議を醸した事がある。当のイアン・アンダーソンも「アルバムは上出来だったが、これがHR/HMだとは自分も思わない」と、受賞が意図不明だった説明をしている[5]

メンバー[ソースを編集]

最終ラインナップ[ソースを編集]

        
イアン・アンダーソン(Vo/flu) 2007年
マーティン・バーレ(G) 2013年
ドーン・ペリー(Ds) 2005年
デイヴィッド・グーディア(B) 2010年

旧メンバー[ソースを編集]

  • ミック・エイブラハムズ Mick Abrahams - ギター/ボーカル (1967-1968)
  • グレン・コーニック Glenn Cornick - ベース (1967-1970) R.I.P.2014
  • クライヴ・バンカー Clive Bunker - ドラムス (1967-1971)
  • トニー・アイオミ Tony Iommi - ギター (1968)
  • ジョン・エヴァン John Evan - キーボード (1970-1980)
  • ジェフリー・ハモンド Jeffrey Hammond - ベース (1971-1975)
  • バリモア・バーロウ Barriemore Barlow - ドラムス (1971-1980)
  • ジョン・グラスコック John Glascock - ベース/ボーカル (1975-1979) R.I.P.1979
  • デヴィッド・パーマー Dee Palmer - キーボード (1977-1980)
  • デイヴ・ペグ Dave Pegg - ベース/ボーカル (1979-1995)
  • マーク・クレイニー Mark Craney - ドラムス (1980-1981) R.I.P.2005
  • ピーター=ジョン・ヴェテッシ Peter-John Vettese - キーボード (1982-1986, 1989)
  • ジェリー・コンウェイ Gerry Conway - ドラムス (1982, 1987-1988)
  • マーティン・アルコック Maartin Allcock - キーボード/ギター (1988-1991)
  • アンドリュー・ギディングス Andrew Giddings - キーボード/ベース (1991-2007)
  • ジョナサン・ノイス Jonathan Noyce - ベース (1995-2007)

ディスコグラフィ[ソースを編集]

日本公演[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]