グロー・オールド・ウィズ・ミー

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グロー・オールド・ウィズ・ミー
ジョン・レノン楽曲
収録アルバム ミルク・アンド・ハニー
リリース 1984年1月27日
録音 1980年7月
ジャンル バラッド
時間 3分09秒
3分18秒(ストリングス入り)
レーベル EMI
作詞者 ジョン・レノン
作曲者 ジョン・レノン
プロデュース ジョン・レノン
オノ・ヨーコ
その他収録アルバム

ジョン・レノン・アンソロジー
ジョン・レノン~ワーキング・クラス・ヒーロー

ミルク・アンド・ハニー 収録曲
Disc1
  1. "アイム・ステッピング・アウト"
  2. "スリープレス・ナイト"
  3. "アイ・ドント・ウォナ・フェイス・イット"
  4. "ドント・ビー・スケアード"
  5. "ノーバディ・トールド・ミー"
  6. "オー・サニティ"
  7. "ボロード・タイム"
  8. "ユア・ハンズ"
  9. "マイ・リトル・フラワー・プリンセス"
  10. "レット・ミー・カウント・ザ・ウェイズ"
  11. "グロー・オールド・ウィズ・ミー"
  12. "ユアー・ザ・ワン"
  13. "エヴリ・マン・ハズ・ア・ウーマン・フー・ラブズ・ヒム"
  14. "ステッピング・アウト"
  15. "アイム・ムーヴィング・オン"
ミルク・アンド・ハニー 収録順
レット・ミー・カウント・ザ・ウェイズ
(10)
グロー・オールド・ウィズ・ミー ユアー・ザ・ワン
(12)

グロー・オールド・ウィズ・ミー(Grow Old With Me) は、1984年に発表されたジョン・レノンの楽曲。ジョンの死後にリリースされたアルバム『ミルク・アンド・ハニー』に収録されている。

オリジナルのポリドール版『ミルク・アンド・ハニー』発表時の本楽曲は、ドラム・マシンのリズムをバックにピアノの弾き語りで録音したデモテイクにエコー処理等を施したものだったが、2001年にEMIから発売されたリマスター盤では、素のデモのままのようなヴァージョンに変更された。このヴァージョンは、曲の終わり近くにマスターの劣化に起因するかのような音欠けが一瞬生じているが、2010年10月に発売されたリマスター盤では修正されている。

他には、『ジョン・レノン・アンソロジー』に収録された、ジョージ・マーティンのアレンジによるストリングスが加えられたバージョンがある(ベストアルバム『決定盤ジョン・レノン〜ワーキング・クラス・ヒーロー』にも収録されている)。

もともとは、『ビートルズ・アンソロジー』の3巻目で「Free as a Bird」、「Real Love」に続いてこの曲が再レコーディングされて収録される予定だったが、ジョンのボーカル曲として完成された曲であり、もとのマスターテープの状態も良くなかったため、中止された。

発表当時はオノ・ヨーコが「ジョンの最後の録音」と語ったこともあり、ジョンが亡くなる直前に出来た曲であるかのように思われていたが、後年公表された手書きの歌詞完成稿(1980年7月5日の日付入り)や、「ダブル・ファンタジー」「ミルク・アンド・ハニー」の他収録曲のデモと同じカセットテープに収録されていたこと、それらの他曲デモと同じ手法(カセットデッキ2台のピンポン録音やリズムマシンの使用)で録音されていることなどから、実際には1980年6月~7月にかけてのバミューダ旅行(この時「新曲」の多くを作曲している)の頃までには完成していたものと現在では判明している。

歌詞は19世紀イギリスの詩人であるロバート・ブラウニングアブラハム・イブン・エズラについて書いた詩「ラビ・ベン・エズラ」の冒頭の二行がそのまま引用されている[1]。ヨーコによれば、夫婦共に好きだったエリザベス・ブラウニング(ロバートの妻でやはり詩人)の詩からヒントを得て、上述のバミューダ旅行中に「Let Me Count the Ways」を寝ている間にひらめき、起きてすぐジョンにピアノで披露したところ、ジョンは甚く気に入った。その際にヨーコは、そのアンサーソングとして夫のロバート・ブラウニングの詩から何か曲を作れないかとジョンに頼んだという。すると、その日の午後にテレビを見ていると上記の「ラビ・ベン・エズラ」がたまたま紹介され、その最初のフレーズを気に入ったジョンがお返しに作ったものだという[2]

収録アルバム[編集]