グローリアス (空母)

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グローリアス
HMS Glorious.jpg
基本情報
運用者 イギリス海軍
艦種 航空母艦
級名 グローリアス級航空母艦
艦歴
起工 1915年5月1日
進水 1916年4月20日
就役 1917年1月
その後 1940年6月8日に戦没
要目
満載排水量 26,518 トン
全長 786.5 ft (240 m)
最大幅 81.5 ft (27.75 m)
吃水 24.9 ft (7.5 m)
最大速力 31.42 ノット (56 km/h)(公試時)
航続距離 16ノットで5,860
搭載機 48機
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グローリアス (HMS Glorious, 77) はイギリス海軍の艦船。「バルト海上陸作戦」のための大型軽巡洋艦として建造され、後に航空母艦に改造された。同型艦として、カレイジャスがある。

概要[編集]

「大型軽巡洋艦」時代のグローリアス 1918年の撮影

当初グローリアスは同型艦のカレイジャス、準同型艦のフューリアスと共に、大口径砲塔2基を備えた「大型軽巡洋艦」として建造された。これは「バルト海上陸侵攻作戦」支援のための特殊艦艇として、強力な砲撃力と高速力が求められたもので、「大型軽巡洋艦」という名称も秘匿のためのものであり、事実上は大型・高速の「モニター艦」であった。

グローリアスは1915年5月1日ハーランド&ヴォルフ社で起工され、1916年4月20日に進水し、1917年1月に竣工したが、「バルト海上陸侵攻作戦」は中止されたため、本来の用途には使われず、戦後の1924年から1930年にかけて航空母艦へ改造された。

設計[編集]

搭載機変遷
39年 9月 計42機 802Sqn(シーグラディエーター×6)+812Sqn(ソードフィッシュ×12)+823Sqn(ソードフィッシュ×12)+825Sqn(ソードフィッシュ×12)
39年11月 計48機 802Sqn(シーグラディエーター×12)+812Sqn(ソードフィッシュ×12)+823Sqn(ソードフィッシュ×12)+825Sqn(ソードフィッシュ×12)
40年 4月 計29機 802Sqn(シーグラディエーター×9)+803Sqn(スクア×11)+804Sqn(シーグラディエーター×9)
40年 6月 計18機 802Sqn(シーグラディエーター×9)+823Sqn(ソードフィッシュ×9)

艦歴[編集]

第二次世界大戦開戦時には地中海艦隊に所属していた。1939年10月、グローリアスはスエズ運河を通ってインド洋に入り、短期間ドイツ海軍のアドミラル・グラーフ・シュペー捜索に当たった。

1940年4月にドイツ軍がノルウェーに侵攻すると、グローリアスは本国海域に呼び戻された。4月23日、グローリアスと空母アーク・ロイヤルはイギリスに到着し、翌日ノルウェー海域へ出撃した。グローリアスはノルウェーのドイツ軍陣地に対し、その搭載機による攻撃をおこなった。4月27日に給油のためイギリスに戻ったが、5月1日には再びノルウェーに戻った。5月28日、グローリアスはホーカー ハリケーン戦闘機隊をバルドゥフォスへ運んだ。6月2日、グローリアスの搭載機はナルヴィクからの撤退を支援した。続いてグローリアスは連合国軍のノルウェーからの撤退作戦(アルファベット作戦)に参加した。

6月8日、陸上基地から移された第263戦闘機隊所属の10機のグロスター グラディエーターと第46戦闘機隊所属の8機のホーカー ハリケーンを載せて、駆逐艦アカスタアーデントに護衛されスカパ・フローへ向かっていたグローリアスは、ドイツ海軍の巡洋戦艦シャルンホルストグナイゼナウに捕捉され、3隻とも撃沈された。救命筏で脱出した乗員と操縦士の一部は、3日間漂流した後に45名が救助された。(ノルウェー沖海戦

脚注[編集]


参考文献[編集]

  • 「世界の艦船増刊第71集 イギリス航空母艦史」(海人社
  • 「世界の艦船増刊第80集 航空母艦全史」(海人社)
  • 「世界の艦船増刊第67集 第2次大戦時のイギリス戦艦」(海人社)
  • 「BRITISH AND EMPIRE WARSHIPS OF THE SECOND WORLD WAR」(Naval Institute Press)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]