天城 (未成空母)

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関東大震災直後の横須賀海軍工廠ガントリークレーン付近。天城が左舷(手前側)に傾き損傷している。(1923年9月3日)

天城(あまぎ)は、日本海軍の未成航空母艦[1]横須賀海軍工廠巡洋戦艦として起工されたが、ワシントン海軍軍縮条約にともない建造中に航空母艦へ改装された[2]。 だが進水前に関東大震災で損傷、廃棄された[3]。 天城の代艦が、空母加賀である[2][3]

特徴[編集]

天城は、八八艦隊計画で天城型巡洋戦艦として横須賀海軍工廠で起工された[4]。 艦艇類別等級別表では天城、赤城の順である[5]。赤城級巡洋戦艦の名前を使用している当時の記録もある[6]

ワシントン海軍軍縮条約では、列強各国の戦艦・空母の保有数が制限された。だが建造中の戦艦を中止にする見返りとして、各国とも二隻まで建造中止になった戦艦を空母に改造することが認められ、日本では巡洋戦艦として建造中だった2隻(天城、赤城)を空母に改造することにした[2]。 しかし、建造中の天城は関東大震災により破損して、廃棄される[2][3]。 このためワシントン海軍軍縮条約で建造中止が決まっていた加賀型戦艦「加賀[7][8]が「天城」に代わって空母に改造された[9][10]呉海軍工廠で建造中の「赤城」は、そのまま巡洋戦艦から空母に改造された[11]

歴史[編集]

艦名[編集]

天城の艦名は、静岡県伊豆半島の中央にある天城山に因んで名付けられた[12]。 その名を持つ艦としては、明治時代の天城(スループ)[12]に続いて二代目。天城の艦名は、太平洋戦争時の雲龍型航空母艦「天城[13]に引き継がれた。

なお「天城」が空母に改装された後の艦名は「長鯨(ちょう-げい/ちゃう-げい)」の予定であったという[14]。「長鯨」の名は、1922年(大正11年)2月15日の時点で水雷母艦「長鯨」に使用されている(天城の空母改造開始は1923年1月)[15]

建造[編集]

天城は、八八艦隊計画の前段階である八四艦隊完成案で、巡洋戦艦の1隻(第四号巡洋戦艦)として計画された[16]1917年(大正6年)7月20日、八四艦隊完成案の予算が公布され、その中で本艦1隻の予算は24,691,480円と説明されている[17]1919年(大正8年)7月17日、本年度に着手すべき巡洋戦艦2隻にそれぞれ「天城」、「赤城」の艦名が与えられる[18][19]。同日附で二等巡洋艦3隻(長良五十鈴名取)も命名され[19]、5隻は同時に艦艇類別等級別表に加えられた[5][20]

1919年11月17日、製造訓令。1920年(大正9年)12月16日、横須賀海軍工廠で起工した[21]。戦史叢書では起工日を12月6日としている[22]

1922年(大正11年)、ワシントン会議の結果、ワシントン海軍軍縮条約が締結されたため、建造途中だったが、廃艦が決まる[1]。(「天城」の巡洋戦艦としての建造は、条約交渉の始まる前の1921年(大正10年)11月に中止したとする資料もある[21]。) 条約では建造途中の巡洋戦艦戦艦航空母艦に改装することは認められていたため、巡洋戦艦としてではなく航空母艦として完成させることが決まり、天城型2番艦(赤城)とともに航空母艦へと計画が変更された[23]。 前年の1921年(大正10年)2月17日に「翔鶴」(未成空母、後の翔鶴型航空母艦翔鶴とは別物)と命名された航空母艦が建造予定であったが[24]、天城、赤城の空母改造とともにこの翔鶴の建造は中止された[25]

なお、イギリス海軍とアメリカ海軍も日本と同様の経緯で大型巡洋艦(巡洋戦艦)を空母に改造し、グローリアス級航空母艦3隻(グローリアスカレイジャスフューリアス)とレキシントン級航空母艦2隻(レキシントンサラトガ)が就役している[1][23]

1923年(大正12年)1月18日、天城の空母改造工事が着手された[26]。 日本海軍は、建造中止となった八八艦隊の各艦(天城型巡洋戦艦2隻《愛宕、高雄》、加賀型戦艦2隻《加賀、土佐》、紀伊型戦艦2隻《紀伊、尾張》)から資材を流用することにした[27]。「天城」の場合は3隻(加賀、愛宕、尾張)である[27]。天城は横須賀海軍工廠で、赤城は呉海軍工廠で建造が進められた[25]

1923年(大正12年)9月1日関東大震災が発生し、横須賀海軍工廠は被害を受ける[28][29]。 巡洋戦艦「榛名」のように脱出に成功した艦もあったが[30]、係留中の海防艦(敷島型戦艦)「三笠」は座礁して着底する[29]横須賀海軍工廠で建造中の潜水艦2隻は大破した[29]。 同じく建造中の「天城」も深刻な被害を受けた[28][23]。盤木が倒れ、船台上で竜骨が脱落、船体が歪む[31][32]

震災による故障で空母改造に不適当と判定され、廃艦予定の加賀型戦艦1番艦「加賀」(当時、横須賀で繋留中)を航空母艦に改造することになった[33][34][32][35][36]

1923年11月2日、「天城」の廃棄・解体が正式に決定された[26]11月12日、海軍省は「天城」廃艦と「加賀」の空母改造を公表し、諸外国に通達[33]11月17日、本艦の解体を開始する[26]11月19日、巡洋戦艦「赤城」と戦艦「加賀」の艦種変更と[36]、空母「翔鶴」(初代)の除籍が通達される[37][38]

1924年(大正13年)4月14日、天城型巡洋戦艦3隻(天城、愛宕、高雄)、加賀型戦艦2番艦「土佐」、紀伊型戦艦2隻(紀伊、尾張)の建造取り止めの令が通達される[39][40]。 同日附で6隻(土佐、紀伊、尾張、天城、高雄、愛宕)は戦艦・巡洋戦艦のそれぞれから削除・除籍された[41][42]。「天城」は7月15日に解体が完了した[43][44][26]

天城の代艦として、廃棄予定(標的艦および解体予定)であった戦艦加賀」が航空母艦に改装された[3][45]。1922年(大正11年)7月に「加賀」は神戸川崎造船所から横須賀に回航されて廃艦処分を待っていたが、天城損傷と廃艦の経緯をうけて1923年(大正12年)末から横須賀工廠で改造工事に取り掛かった[45]

解体後[編集]

日本海軍は「天城」残骸の一部を再利用する意向であった[46][47]

天城の一部が横須賀海軍工廠内に浮き桟橋を作る際の鋼材として用いられた。船体がそのまま浮き桟橋として再利用された、と解説されていることがあるが、あくまで「解体された船体を鋼材として再利用した」であって、船体自体を浮き桟橋化したわけではない。第二次世界大戦後に海軍工廠がアメリカ海軍横須賀海軍施設(U.S. Fleet Activities Yokosuka FAC3099)となってからも「10-11号バース」として引き続き使用され、原子力空母「ジョージ・ワシントン」(CVN-73)配備に伴う港湾能力拡張工事によって2007年3月に撤去されるまで長らく使用されていた。[要出典]この浮き桟橋は2017年時点でもジャパン マリンユナイテッド横浜事業所磯子工場(35°23'33.6"N 139°38'11.9"E)にて引き続き使用され、2017年3月22日の同工場における護衛艦「かが」就役の際に使用したのもこの浮き桟橋であった[48]

「天城」用に製造されていた各種部品や装備の一部は、呉海軍工廠で建造中の「赤城」に使用されている[49]。 また、当時神戸川崎造船所で建造中の給糧艦「間宮」は[50]、搭載予定の加賀型戦艦1番艦「加賀」のボイラー(罐)が届かず、進水の見込みが立たなくなっていた[51]。天城の廃艦により天城搭載用ボイラーが浮いたため、「間宮」に搭載することが決まった[52][53]。 横須賀海軍工廠で金剛型巡洋戦艦3番艦「榛名」の第一次改造が実施される際にも、日本海軍は天城用に製造した重油専焼缶を「榛名」に流用した[54]

関連作品[編集]

アニメ
TVアニメ2期第11話〜第12話と劇場版アニメに登場。ストライクウィッチーズの作中では関東大震災が発生していないという設定になっているため、天城は赤城型航空母艦2番艦として扶桑皇国海軍に就役している。ゲーム化されたXbox用ゲーム『ストライクウィッチーズ 白銀の翼』では「赤城そっくり」という登場人物の言葉がある。
ゲーム
日本戦艦ツリーティア8戦艦として登場。

出典[編集]

  1. ^ a b c #日本空母物語52-54頁『巨艦赤城と加賀』
  2. ^ a b c d #海軍参考年鑑(大正13)コマ29-30(原本25-26頁)「第三節 航空母艦(一)總説(中略)斯くて日本は航空母艦としては鳳翔(鶴翔は建造取り止め)一隻を有し、排水量九,五〇〇噸であるから制限外に属して居り、改造豫定の加賀(以前は巡戰天城の筈であったが、今囘の大震災の爲め破損したので、廢艦予定の未成戰艦之に代る)、赤城は制限噸數二七,〇〇〇噸とする豫定であるから、尚二七,〇〇〇噸の建造餘裕がある。米國の新成改造艦ラングレーは一九,三六〇噸であるけれども、試驗的のものとして代艦の建造を許すから、巡戰より改造豫定のサラトガ、レキシントン(共に三三,〇〇〇噸)の外、六九,〇〇〇噸の餘裕がある。(以下略)」
  3. ^ a b c d 幕末以降帝国軍艦写真と史実p.116『加賀(かが)|艦種 航空母艦|艦名考 國名なり、加賀國に採る|艦歴 大正9年7月19日神戸川崎造船所に於て起工、昭和3年3月31日横須賀工廠にて竣工。此艦は戰艦(排水量39,900噸)として起工せられ進水を了したるも、華府條約の結果、一旦廃艦することとなり、更に関東大震災後天城の代艦として大正12年11月19日航空母艦に改造することと爲り、昭和3年春竣工したるものなり。昭和6-7年事變(日支)従軍:同7年2月上海及揚子江方面警備(艦長大佐大西次郎)』
  4. ^ 帝国軍艦発達 1924, pp. 6-7「(前略)我海軍に於きましても次の巡洋戰艦天城、赤城の設計を決定せらるる迄は種々の議論がありまして外國でも非常な大速力を有する艦が出來るから我海軍の巡洋戰艦も之に劣らぬ様な速力が欲しいのでありましたが前記の事柄に鑑み巡戰と雖も防禦を苟にすることは出來ませんから天城級に於ては速力は戰艦に比し幾分の優速を有する位に止め防禦力に相當の注意を拂ふたものが設計せられ横須賀及呉の二工廠に於て陸上工事は相當に進みましたのですが軍備制限條約の爲めに未だ進水するに至らずして航空母艦に變更せらるることになりましたので巡洋戰艦としての要目は申上る自由を得ませぬ。」
  5. ^ a b #達大正8年7月p.6『達第百二十四號 艦艇類別等級別表中巡洋戰艦ノ欄「霧島」ノ次ニ「、天城、赤城」ヲ、巡洋艦二等ノ欄大井ノ次ニ「、長良、五十鈴、名取」ヲ加フ|大正八年七月十七日 海軍大臣 加藤友三郎』
  6. ^ #川内神通阿武隈那珂製造(2)p.4『大正九年九月四日決裁官房機密第一一七七号 大正十年度建造ニ着手豫定ノ戰艦々型ノ件  要領 赤城級巡洋戰艦ノ甲板防禦増加セル結果排水量ノ増大ハ大正九年度十年度着手豫定ノ大型巡洋艦二隻ヲ中型巡洋艦二隻建造ニ變更シ艦型増大ヲ補足セントス』
  7. ^ 帝国軍艦発達 1924, pp. 4-5「(前略)長門、陸奥に次で加賀、土佐の二艦が建造に着手せられ共に昨年度末には進水しましたが完成を俟たずして廢棄せらるゝことになりましたので如何なる艦であるかと云ふことを委しく申上げ得ざるを遺憾と致しますが進水當時發表せられたる要目を申上ますれば次の通りでありまして長門、陸奥に比して又一層強力のものであります。(以下略)」
  8. ^ 帝国軍艦発達 1937, p. 2「(前略)同會議當時は日英米共大艦を建造又は計畫中でありまして、我國では加賀、土佐を建造中であり、加賀は大正十一年に進水して居りますが、その後航空母艦に改造せられました。(以下略)」
  9. ^ 『別冊歴史読本永久保存版 空母機動部隊』新人物往来社142頁
  10. ^ 帝国軍艦発達 1937, p. 3「航空母艦 飛行機の發達に伴ひ極めて重要な艦種の一つでありまして、ワシントン軍縮會議の結果制限を受けました。我國最初の航空母艦は鳳翔でありまして、大正十一年竣工基準排水量7,470噸速力25節であります。次で大正八年に排水量7,100噸の龍驤が出來ました。その他に巡洋戰艦及戰艦から改装した赤城、加賀があり、昭和十年には10,050噸の蒼龍が進水致しまして目下艤装中であります。」
  11. ^ 幕末以降帝国軍艦写真と史実p.116『赤城(あかぎ)【二代】|艦種 航空母艦|艦名考 初代赤城の項参照(p.45)。|艦歴 此の艦は巡洋戰艦として大正9年12月6日呉工廠に於いて起工の處、海軍々備制限に關する華府條約の結果に由り、同12年11月19日航空母艦に改造することと爲り、昭和2年3月25日竣工。|要目 長232.56米|幅28.04米|吃水6.45米|排水量26.900噸|機關 タルビン艦本式罐19臺|馬力131,000|速力28.5|兵装 20cm砲10 12糎高角砲12|起工大正9-12-6|進水14-4-22|竣工昭和2-3-25|建造所 呉工廠』
  12. ^ a b 幕末以降帝国軍艦写真と史実コマ27(原本26頁)「天城(あまぎ)【初代】 艦種二等砲艦 三檣「バーク」型 艦名考山名に採る、天城山は尼本山、萬次郎嶽、狩野山(古名)の別稱あり、伊豆國田方・加茂の2郡に跨る、標高4081尺、全山良材に富む、明治海軍草創當時の造船材(主として欅材)は此山より伐採せるもの多しと云ふ。
    艦歴明治16年巡洋艦に列す、同27・8年戰役從軍:同27年9月大同江を溯り陸軍援護に從事、同11月大連占領及旅順口占領に從事、同28年2月威海衛總攻撃及占領に從事、同31年3月砲艦二等に列す、同37・8年戰役從軍:同38年6月除籍(要目略)起工 明治8-9-9/進水 同10-3-13/竣工 同11-4-4/建造所 横須賀」
  13. ^ #昭和18年9月〜12月達/9月(2)画像17。「達第二百二十八號 三菱重工業株式會社長崎造船所ニ於テ建造中ノ軍艦一隻ニ左ノ通命名セラル 昭和十八年九月二十五日 海軍大臣 嶋田繁太郎 軍艦 天城(アマギ)」
  14. ^ 片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝』(光人社、1993年 ISBN 9784769811510) p.182
  15. ^ #達大正11年2月p.6『達第二十二號 大正十年度軍備補充費ヲ以テ建造ニ着手スヘキ水雷母艦一隻及特務艦二隻ニ左ノ通命名ス 大正十一年二月十五日 臨時海軍大臣事務管理 内閣總理大臣 子爵 高橋是清 水雷母艦 長鯨チャウゲイ 特務艦 隠戸オンド 特務艦 間宮マミヤ』
  16. ^ #戦史叢書31海軍軍戦備1pp.249-251
  17. ^ #戦史叢書31海軍軍戦備1p.250
  18. ^ #海軍制度沿革巻八p.363、大正八年七月十七日(達一二三)、巡洋戦艦天城赤城及二等巡洋艦長良五十鈴名取命名の件。
  19. ^ a b #達大正8年7月p.6『達第百二十三號 軍備補充費ヲ以テ大正八年度建造ニ着手スヘキ巡洋戰艦二隻及二等巡洋艦三隻ニ左ノ通命名セラル|大正八年七月十七日 海軍大臣 加藤友三郎|巡洋戰艦二隻 天城 アマギ 赤城 アカギ|二等巡洋艦三隻 長良 ナガラ 五十鈴 イスズ 名取 ナトリ』
  20. ^ #海軍制度沿革巻八p.77、達一二四。『艦艇類別別表中巡洋艦ノ欄「霧島」の次ニ「、天城、赤城」ヲ、(中略)加フ』
  21. ^ a b #横須賀海軍工廠史(3)p.249。(大正十年紀)「一、本年中主ナル艦船新造工事左ノ如シ …|訓令年月日|八、一一、一七| |工事名称|巡洋戦艦天城製造| |着手|九、一二、一六| |竣工|一〇、一一 建造中止|…」
  22. ^ #戦史叢書31海軍軍戦備1p.251
  23. ^ a b c #日本空母物語229-230頁『赤城(1)空前の巨艦の建造』
  24. ^ #達大正10年2月p.11『達第二十六號 軍備補充費ヲ以テ大正九年度ニ於テ建造ニ着手スヘキ水雷母艦一隻大正十年度ニ於テ建造ニ着手スヘキ航空母艦一隻竝二等砲艦四隻ニ左ノ通命名ス|大正十年二月十七日 海軍大臣男爵加藤共三郎|大正九年度ニ於テ着手スヘキモノ 水雷母艦一隻 迅鯨ジンゲイ|大正十年度ニ於テ建造ニ着手スヘキモノ 航空母艦一隻 翔鶴シャウカク|二等砲艦四隻 勢多セタ 堅田カタタ 比良ヒラ 保津ホヅ』
  25. ^ a b #加賀空母改造件pp.4-5『大正十二年八月二十一日 大臣 侍従長宛 曩ニ軍艦天城赤城ハ巡洋戰艦トシテ命名御治定相成天城ハ横須賀海軍工廠ニ於テ赤城ハ呉海軍工廠ニ於テ建造中ニ有之候其ノ後華府會議軍備制限條約ニ依リ巡洋戰艦ハ今後十個年間建造セラレザルコトト相成候ノミナラズ建造中ノモノモ廢棄致ス可キト決定相成候ニ就テハ天城赤城ハ之ヲ帝國海軍ニ於テケ緊急整備ヲ要スル航空母艦(排水量二六,九〇〇噸)ニ艦種ヲ変改ノ上両海軍工廠ニ於テ各其ノ工事ヲ継續致シ又右ノ結果條約ニ依ル航空母艦ノ帝國割当排水量ノ関係上大正十年度ニ於テ建造着手ノ豫定ニテ命名御治定相成候航空母艦翔鶴ノ建造ハ之ヲ取止コトニ致候條此ノ旨可然御執奏相成度此段申進候(終)』
  26. ^ a b c d #横須賀海軍工廠史(3)p.373。(大正十二年紀)「一、一月一八日建造中止ノ天城ヲ航空母艦ニ改造方著手ス」(中略)「一、十一月二日航空母艦ニ改造中ノ天城ハ船臺ニ於テ解體スル事トナリ同月十七日著手翌十三年七月十五日完了ス」
  27. ^ a b #天城(赤城)改造工事材料pp.1-2『大正十一年十二月二十六日 横(呉)鎮長官宛 軍艦天城(赤城)改造工事材料ニ関スル件 其ノ府工廠保管ノ加賀愛宕尾張(土佐高雄紀伊)材料ヲ軍艦天城(赤城)航空母艦ニ改造工事及主力艦改装工事ニ無償使用セシム(以下略)』
  28. ^ a b #海軍関係震災被害調pp.3-4『造船部|(略)右ノ外船渠上ノ天城移動(程度不詳)、第一船渠入渠中ノ第十四、十五潜水艦横倒』
  29. ^ a b c #田中2017、横鎮152-155頁『第二節、関東大震災』
  30. ^ #震災調査号p.15『右「タンク」ノ重油ハ風向ノ関係上三区方面ニ流出シ盛ンアル火ノ海ヲ現出シタルモノニシテ最后ニハ海堡ヲ越エテ向フニ至リテモ燃焼シ壮絶言語ニ絶セリトイフ 之ガ爲メ總艦船至急出動ヲ命ジテ難ヲ避ケ最モ近クニ碇泊シ居リシ榛名ハ曳船ニ依リ辛フジテ逃ゲタリトイフ』
  31. ^ #日本海軍全艦艇史p122
  32. ^ a b #加賀回航便乗願(4)pp.35-37『大正十二年十一月一日 大臣 侍従長宛 曩ニ横須賀海軍工廠ニ於テ建造中ナル軍艦天城ハ華府會議軍備制限條約ノ結果航空母艦ニ艦種ヲ変更工事継續ノコトニ執奏着々工事進捗略下甲板迄完成セル處去ル九月一日大震災ニ於テ天城ハ其ノ全支柱ヲ取外サレ盤木後方ニ倒レシタメ舩体ハ約四呎後退シ且ツ倒レタル盤木上ニ墜落シ之ヲ進水セシムルコト非常ニ困難トナリシノミナラズ其ノ舩体ハ全長ニ對シ約十九吋ノ屈曲ヲ生ジ工事ヲ續行スルモ舩体強度ニ著シキ弱点ヲ存スルニ至ルヲ以テ此ノ侭工事ヲ継續スルノ不利益ナル状態ニ陥リタリ然レトモ帝國海軍ノ現状ハ目下航空母艦ノ整備ヲ最モ緊要トスルヲ以テ天城今回ノ災害ニ依リ航空母艦ノ建造ヲ放棄スルコト能ハザル次第ニ有之候ニ付此ノ際天城ヲ廢棄シ其ノ代艦トシテ華府會議軍備制限條約ニ依リ廃棄スベキコトニ豫定セラレ建造工事中止中ノ戰艦加賀ヲ航空母艦(排水量二六,九〇〇トン)ニ変更シ横須賀海軍工廠ニ於テ工事再興竣工セシメ以テ帝國海軍航空母艦ノ勢力減損ヲ補填ノコトニ取計候條此ノ旨可然御執奏相成度此段申進候(終)』
  33. ^ a b #大正12年雑款p.2『大正十二年十一月十二日海軍省公表 華府會議ノ結果航空母艦ニ改造ノコトニ豫定サレ居リシ軍艦天城ハ過般ノ震災ニ依リ横須賀海軍工廠船台上ニテ船体ニ故障ヲ生シタル為改造不適当トナリシヲ以テ今般其ノ代艦トシテ軍艦加賀ヲ航空母艦ニ改造スルコトニ決定シ此旨華府會議海軍條約関係各國ニ通牒セリ(了)』
  34. ^ #海軍夜話コマ104-105(原本181-183頁)『「軍艦平賀」が帝大總長』
  35. ^ #修理付修理材料搭載(2)画像1。軍務局長 横鎮参謀長宛 軍務機密第129番電報 (大正12年)10月13日午後2時10分発電済 暗号電報案「天城船体ノ工事ヲ中止シ其ノ侭解体加賀ヲ航空母艦ニ艤装ノコトニ内定セラル加賀ヲ至急入渠セシメラレタシ其ノ時期ヲシラサレタシ.(終)」。画像2の付箋紙「海軍省軍務局 司令の談 修理は六月迄カゝル申(以下略)」
  36. ^ a b #達大正12年11月p.16『達第二百二十四號 軍備補充費ヲ以テ建造中ノ戰艦加賀及巡洋戰艦赤城ノ艦種ヲ航空母艦ニ改メラル 大正十二年十一月十九日 海軍大臣 財部彪』
  37. ^ #達大正12年11月p.16『達第二百二十五號 艦艇類別等級表中航空母艦ノ欄「鳳翔」ノ下ニ「加賀」「赤城」ヲ加ヘ戰艦ノ欄「加賀」及巡洋戰艦ノ欄「赤城」ヲ削除ス|大正十二年十一月十九日 海軍大臣 財部彪』
  38. ^ #達大正12年11月p.16『達第二百二十七號 艦艇類別等級表中航空母艦ノ欄「翔鶴」ヲ削除ス 大正十二年十一月十九日 海軍大臣 財部彪』
  39. ^ #横須賀海軍工廠史(3)p.431、「4月14日達第四十號ヲ以テ左ノ件令達セラル 軍事補充費ヲ以テ建造スヘキ左記軍艦ノ建造ヲ取止メラル 記 戦艦 土佐、紀伊、尾張 巡洋戦艦 天城、高雄、愛宕」
  40. ^ #達大正13年4月p.9『達第四十號 軍備補充費ヲ以テ建造スヘキ左記軍艦ノ建造ヲ取止メラル|大正十三年四月十四日 海軍大臣 村上格一|記 戰艦 土佐、紀伊、尾張|巡洋戰艦 天城、高雄、愛宕』
  41. ^ #達大正13年4月p.9『達第四十一號 艦艇類別等級表中戰艦ノ欄ヨリ土佐、紀伊、尾張ヲ、巡洋戰艦ノ欄ヨリ天城、高雄、愛宕ヲ削除ス|大正十三年四月十四日 海軍大臣 村上格一』
  42. ^ #海軍制度沿革巻八p.80、大正十三年四月十四日(達四一)。
  43. ^ #戦史叢書31海軍軍戦備1p.311
  44. ^ #帝国軍艦廃棄処分p.11『華府条約ニ基ク帝国海軍主力艦廃棄作業ノ概要|天城|解体|横須賀工廠ニ於テ十三年七月十五日解体完了』
  45. ^ a b #日本空母物語236-237頁『加賀(1)艦尾開口の煙突』
  46. ^ #雑役舩製造一件(8)pp.29-30『(略)工事方案 舊天城解躰二重底ヲ利用セル「ポンツーン」ニ加工シ橋舩ヲ製造スルモノトス 詳細ニ関シテハ艦政本部長ヲシテ直接工廠長ニ通牒セシム(以下略)』
  47. ^ #大正14配属(1)pp.7-8『横廠機密第一〇號ノ二六 横鎮機密醍一一二九號 大正十三年十二月十五日 正木横須賀海軍工廠長 寺岡横須賀鎮守府参謀長殿 雑役船編入ニ關スル件 舊天城二重底ヨリ切リ取リタル左記寸法ノ斷片四個ハ橋船トシテ當廠ニ於テ使用致度候雑役船ニ編入方可然御取計相成度 右照會ス(以下略)』
  48. ^ 安藤健二 (2017年3月29日). “「護衛艦かが」就航時の桟橋は、幻の空母「天城」だった”. ハフポスト日本版. 2018年1月9日閲覧。
  49. ^ #天城高圧タルビンローターシャワト保管転換p.3『大正十四年一月二十日 呉海軍工廠長 伍堂卓雄 海軍大臣 財部彪殿 舊航空母艦天城高壓「タルビンローターシャフト」保管轉換ノ件 目下横須賀工廠ニ於テ保管中ノ頭書物品左記ノ通リ航空母艦赤城建造用トシテ使用致度候當廠ヘ保管轉換方御認許相成度 右上申ス 追テ本件ニ關シテハ横須賀工廠ト下協議済ニ付申添候 左記 一.甲壓「タルビンローターシャフト」四個』
  50. ^ #間宮製造一件p.9『大正十一年十月廿五日午前十時三十五分神戸局發 午前十一時海軍省箸 發信者 川崎造船所長 受信者 艦政本部長 電報譯 特務艦 間宮 十時起工シマシタ。』
  51. ^ #間宮製造一件p.12『給糧第七號 大正十二年五月三日(略)特務艦間宮進水延期ノ件 特務艦間宮進水ハ大正十一年七月十四日附給糧第三號ヲ以テ拜提大正十一年九月二日官房機密第一二六三號ノ二ヲ以テ御認許相蒙リ候更進捗豫概括表ノ通リ來ル六月上旬擧行ノ豫定ニ有之候處目下軍艦加賀ニ装備中ノ本艦用汽罐未タ御下附無之爲進水期日決定致兼候間右何卒御認許被成下度此段奉願上候也(以下略)』
  52. ^ #大正12流用pp.2-3『十月三十日大臣 横鎮長官宛 旧航空母艦天城用混焼罐流用ノ件 其ノ府工廠ヲシテ旧航空母艦天城用混燃罐四個完成ノ上給糧舩間宮用トシテ株式會社川崎造船所ヘ送附セシムヘシ(以下略)』
  53. ^ #間宮製造一件pp.21-22『給糧第一三號 大正十二年十一月廿一日(略)特務艦間宮改訂工事進捗概括表拜提ノ件 大正十一年九月六日附官房機密第一二六三號ノ二ヲ以テ御認許ヲ蒙リ候特務艦間宮工事進捗概括表ハ其後官ノ御都合ニ依リ本艦用混燃罐御官給延引相成候爲メ實施不可能ト相成居候處今回天城混燃罐御下附被下候ニ就テハ別紙改定概括表作戦拜提仕候間何卒御認許被下度此段奉願上候也 追テ增設冷藏庫用冷却機ハ未ダ御下附無之右御下附期日ノ如何ニ依ツテハ本概括表ニ變更ヲ生スルヤモ不知候間何卒左様御諒承被成下度此段申添候(以下略)』
  54. ^ #榛名機関部改造工事pp.1-2『昭和二年二月九日起案 指令案 昭和二年三月三日 大正十五年十二月横廠工第三八號ノ三一軍艦榛名機関部改造工事ノ件舊軍艦天城用工業機械ノ内重油鎔解爐使用ノ件共併テ認許ス(以下略)』

参考文献[編集]

  • アジア歴史資料センター(公式)(防衛省防衛研究所)
    • 『大正12年 公文備考 巻21 艦船/雑款』。Ref.C08050712100。
    • 『大正12年 公文備考 巻22 艦船>修理 付修理材料搭載(2)』。Ref.C08050713400。
    • 『大正8年 達完/達大正8年7月』。Ref.C12070075900。
    • 『大正9年達完/3月』。Ref.C12070076900。
    • 『大正10年達完/2月』。Ref.C12070078300。
    • 『大正11年達完/2月』。Ref.C12070079900。
    • 『大正12年 達完/達大正12年11月』。Ref.C12070082700。
    • 『大正13年 達完/達大正13年4月』。Ref.C12070083400。
    • 『昭和18年9月~12月 達/9月(2)』。Ref.C12070119800。
    • 『大正14年 公文備考 巻21 艦船/川内、神通、阿武隈、那珂製造一件(2)』。Ref.C08051365000。
    • 『軍艦天城(赤城)改造工事材料に関する件』。Ref.C04015098600。
    • 『大正12年 公文備考 変災災害付属 巻5/海軍関係震災被害調』。Ref.C08050999600。
    • 『大正12年 公文備考 変災災害付属 巻5/震災調査号』。Ref.C08050999700。
    • 『軍艦加賀横須賀軍港回航中便乗御願の件(4)』。Ref.C04016182100。
    • 『軍艦加賀を航空母艦に改造する件』。Ref.C04016182200。
    • 『在本邦英国大使館附武官との往復文書 大正14年/第439号 大正14年2月10日帝国軍艦廃棄処分』。Ref.C11080414200。
    • 『雑役舩製造一件(8)』。Ref.C08051092800。
    • 『雑役舩製造一件(9)』。Ref.C08051092900。
    • 『大正12年 公文備考 巻22 艦船/流用』。Ref.C08050715800。
    • 『大正14年 公文備考 巻26 艦船/配属(1)』。Ref.C08051377100。
    • 『特務艦間宮製造一件』。Ref.C08051092000。
    • 『1月23日附進達呉工第8号12の8上申旧航空母艦天城高圧「タルビンローターシャワト」保管転換の件』。Ref.C04015099000。
    • 『軍艦榛名機関部改造工事の件』。Ref.C04015597500。
  • 『海軍制度沿革 巻八』明治百年史叢書 第180巻、海軍省/編、原書房、1971年10月(原著1941年)。
  • 田中宏巳 「第七章 国内の動揺と横須賀鎮守府」『横須賀鎮守府』 有隣堂〈有隣堂新書〉、2017年5月。ISBN 978-4-89660-224-1
  • 福井静夫 『写真 日本海軍全艦艇史』 ベストセラーズ、1994年ISBN 4-584-17054-1
  • 福井静夫福井静夫著作集-軍艦七十五年回想記第七巻 日本空母物語』 光人社、1996年8月。ISBN 4-7698-0655-8
  • 防衛庁防衛研修所戦史室 『海軍軍戦備<1> 昭和十六年十一月まで』戦史叢書第31巻、朝雲新聞社1969年
  • 『横須賀海軍工廠史(3)』明治百年史叢書 第331巻、横須賀海軍工廠/編、原書房、1983年8月(原著1935年)。ISBN 4-562-01380-X

関連項目[編集]