ヴィルヘルム・マルシャル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ヴィルヘルム・マルシャル
Wilhelm Marschall
Bundesarchiv Bild 183-2008-0812-500, Wilhelm Marschall.jpg
1934年11月
生誕 1886年9月30日
ドイツの旗 ドイツ帝国
バイエルン王国の旗 バイエルン王国 アウクスブルク
死没 1976年3月20日(満89歳没)
西ドイツの旗 西ドイツ
Flag of Schleswig-Holstein.svg シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州 メルン
所属組織 War Ensign of Germany 1903-1918.svg ドイツ帝国海軍
Flag of Weimar Republic (jack).svg ヴァイマル共和国軍
War Ensign of Germany 1938-1945.svg ドイツ国防軍海軍
軍歴 1906年 - 1945年
最終階級 上級大将
テンプレートを表示

ヴィルヘルム・マルシャル: Wilhelm Marschall1886年9月30日 - 1976年3月20日)は、ドイツ海軍軍人。最終階級は上級大将

経歴[編集]

アウクスブルクに生まれる。1906年海軍兵学校に入学。第一次世界大戦では当初戦艦「クローンプリンツ」で見張り士官、その後潜水艦指揮官の教育を受け、終戦まで潜水艦SM UB105艦長を務めた。ヴァイマル共和国軍では測量士官や参謀将校を経て、1934年11月から装甲艦アドミラル・シェーア艦長を務めた。1936年に少将に昇進し、海軍作戦部長に就任。同年勃発したスペイン内戦では沿岸警備に従事するドイツ海軍部隊を指揮。1938年に中将、1939年に海軍大将に昇進し、艦隊司令官に任命された。同年11月23日のフェロー諸島沖海戦1940年6月のユーノー作戦で戦艦部隊(グナイゼナウシャルンホルスト)を指揮する。

第二次世界大戦中の1940年夏から2年間海軍教育総監となったが、しばしば艦隊を指揮することもあった。1942年にフランス方面、ついで西部方面の艦隊司令官に就任、半年後の1943年2月1日に海軍上級大将に昇進した。しかし半年後、独断で艦隊を転進させたことを問題視され、英空母を撃沈する戦果をあげていたものの更迭。海軍を退役した。しかしすぐに復帰してドナウ川方面司令官となり、再度の退役を経て西部方面の艦隊司令官の在任中に終戦を迎え、1945年から1947年まで捕虜となっていた。

西ドイツシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州メルンで死去した。