オヤケアカハチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

オヤケアカハチ(遠弥計赤蜂、於屋計赤蜂)は、沖縄県八重山諸島石垣島の大浜村(現在の石垣市大浜)を根拠地とした15世紀末の豪族である。

生涯[編集]

オヤケアカハチの生誕地は波照間島で、幼少の頃から豪傑としての頭角を表していたという話があるが、不詳。波照間には生誕記念碑がある。

歴史資料上は大浜住人として登場する。妻は石垣村の長田大主の妹の古市。1500年、彼は島民の広範な支持[1]を背景に、琉球王府への八重山からの朝貢を断たしめたが、2月13日[2]からの中山軍3,000人との戦いに敗北し、討ち取られた。これを、オヤケアカハチの乱と言う。

現地の口碑ではアカハチの居宅は現在の大浜公民館の辺りとされる[3]が、一部学者は「フルスト原遺跡」をオヤケアカハチの居城跡に比定している。

関連する作品など[編集]

  • こども演劇オヤケアカハチ「太陽の乱」[4] - オヤケアカハチを題材にして、演出家平田大一が指導。八重山在住の小学校4年生~高校3年生の総勢80名の子供達が歌と踊りと郷土芸能で演ずる現代版組踊りの舞台。
  • 奥田英朗の小説『サウスバウンド』では、オヤケアカハチの乱を中心としたオヤケアカハチのエピソードがとりあげられている。
  • 特撮番組「ウルトラマン」で有名な怪獣「レッドキング」の名前の由来であるとされる。なお脚本を担当した金城哲夫は沖縄県出身であり、地球人と宇宙人との板ばさみに悩むウルトラマンを、沖縄県の立場に似ていると解釈したと、後に度々発言している。

イベント[編集]

2000年には石垣市大浜にて「第1回アカハチまつり」および「オヤケアカハチ慰霊祭」が行われた(主催:オヤケアカハチ500年 実行委員会)[5]。 なお、慰霊祭自体は「アカハチまつり」が始まる以前より、毎年の旧暦3月3日に執り行われている。

洪吉童との同一人物説[編集]

オヤケアカハチ生誕の地
フルスト原遺跡(石垣市)

韓国には、同時期に実在したとされている人物・洪吉童(ホンギルトン)とオヤケアカハチとの「同一人物説」を唱える者がおり、義経=ジンギス・カン説と似たかたちで受容されている。洪吉童は大衆的人気が高く伝統的に小説等で取り上げられるなどしているが、実際にも、盗賊であり朝鮮王朝に対する反逆者であると記録されている。これが八重山諸島に逃れたという「同一人物説」を薛盛景(ソル・ソンギョン/当時・延世大学教授)と梁潅承(ヤン・コンスン)が唱えている。洪吉童は、尊敬される指導者として民を苦しめる日本政府に対抗して戦い、このような事実が日本の歴史の本にも記されているという[6]。この同一人物説によって、オヤケアカハチがしばしば沖縄県と韓国との友好事業・行事の題材にされることがある。

2001年5月4日には、韓国南部の長城郡で「洪吉童国際学術シンポジウム」が開かれ、「同一人物説」について日韓の研究者が議論した[7]。ただし、同・シンポジウムについては沖縄県と韓国の相互交流を強調して報道されており、友好行事としての性格が強い。「同一人物説」そのものについては、時期的な一致やフルスト原遺跡から韓国の陶磁器や古銭が出土した等が根拠として提示されているのみであり[8]、日本では「韓国側の思い込み」として否定する声が多い[9]

2001年7月には、八重山諸島と韓国との友好イベントとして、オヤケアカハチと洪吉童の同一人物説に基づいて創作された韓国の劇団による「ミュージカル・ホンガワラ」の公演が、石垣市で予定された。しかし、歴史教科書問題の再燃により韓国で日本文化の段階的開放が中断されたため、同公演は直前で中止された[10]

史実では、李氏朝鮮の公式記録『李朝実録』燕山君6年(1500年)10月22日に、世間を騒がせた盗賊洪吉同なる者が捕縛されたとの報告があるのみで(洪吉同の取り調べと罪状報告は12月29日の記録まで存在する)、この名をモデルに書かれたのが『洪吉童伝』である。17世紀初頭の朝鮮の身分制度と社会を風刺した小説で、主人公たちは南海の楽園「粟島国」へ逃亡するという結末である。ただしこの結末は、現実世界での解決が難しいがゆえに、理想郷への逃避を書かざるを得なかった作者の思いであり、実在する沖縄を念頭に置いたものではない。小説自体は作者の風刺の意図を超えて、痛快な義賊小説として多くの平民に愛され、朝鮮人の英雄像の一つとなった。もちろん、史実と小説は別物である。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『長榮姓家譜大宗』「堀川原及赤蜂者二人、絶貢謀叛衆皆従之」
  2. ^ 球陽』「本年二月初二日、那覇開船し、八重山に赴き、赤蜂等を征伐す。大翁主大いに喜び、即ち小船に乗り、海に出でて迎接す。十三日、引きて八重山石垣の境に至る。大里等上岸す。」
  3. ^ 「情報やいま」2000年10月号
  4. ^ こども演劇オヤケアカハチ「太陽の乱」
  5. ^ 盛大にオヤケアカハチ500年祭/石垣市大浜 琉球新報、2000年10月17日
  6. ^ 延世大 ソル・ソンギョン教授 チャムドン小学校で「古典文学」特別講演 朝鮮日報
  7. ^ 日韓友好の懸け橋に/洪吉童国際学術シンポ 琉球新報、2001年5月8日
  8. ^ 「アカハチは韓国の義賊」/延世大教授ら来沖、調査 琉球新報、2000年4月26日
  9. ^ 琉球新報、1998年5月1日
  10. ^ 韓国劇団が公演中止/アカハチ題材ミュージカル/教科書問題で/石垣市 琉球新報、2001年7月15日

参考文献[編集]

  • 大浜永亘「オヤケアカハチ・ホンカワラと山陽姓一門の人々」先島文化研究所、2006年。
    pp.69「八重山島年来記(抜粋)」
    pp.73「長榮姓家譜大宗(抜粋)」
  • 「情報やいま2000年10月号」南山舎、2000年。

関連項目[編集]