ウズベキスタンのスポーツ

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本項目では、ウズベキスタンスポーツについて概説する。

概要[編集]

歴史を通じ、ウズベキスタンでは馬術レスリング(palvins)などが盛んであった。ウズベキスタン発祥のスポーツとしては、国技であるクラッシュがあり、派生スポーツとしてベルボグリ・クラッシュ英語版トゥロンボイクルガン英語版がある。ウズベキスタンで人気のあるスポーツとしては、他にサッカーボクシングレスリング柔道がある。

サッカー[編集]

サッカーはウズベキスタンで最も人気のあるスポーツである。国内最上位のサッカーリーグとしてウズベク・リーグがあり、14チームが所属している。現在の王者はFCパフタコール・タシュケントであり、最多優勝回数を誇るクラブは9回優勝のFCパフタコール・タシュケントである。2012年度のウズベキスタン年間最優秀サッカー選手サンジャール・トゥルスノフである。ウズベキスタンはアジアサッカー連盟 (AFC) のサッカークラブ国際大会であるAFCチャンピオンズリーグAFCカップに自動出場枠を確保している。2011年のAFCカップ2011ナサフ・カルシが優勝した。これはウズベキスタンのサッカークラブ初の国際大会優勝となった。

国立競技場としてサッカーウズベキスタン代表が使用しているパフタコール・マルカジイ・スタジアムの収容人数は54,170人であり[1]、主にサッカーの試合に利用されている。

テニス[編集]

独立以降男女ともツアーレベルに到達した選手を数人輩出しており、男子では1990年代から2000年代に活動したオレグ・オゴロドフ英語版がウズベキスタン国籍の選手として男女通じて初のグランドスラムシングルス本戦出場を果たし、当地最初の国際的な実績を残したテニス選手として知られたが、オゴロドフの引退した2000年代中盤に登場したデニス・イストミン2012年ウィンブルドン選手権男子シングルスでウズベキスタン人男子として初めて4回戦進出を果たす等、アジアトップレベルの選手としてオゴロドフを遥かに上回る実績を残し活躍している[2][3]。1994年にアジアテニス連盟英語版に加入し、男子国別対抗戦デビスカップへの参戦を開始したデビスカップウズベキスタン代表英語版もこの2人が中心となってアジア域内で急速に力をつけていき、参戦から3年で最下位カテゴリのアジア/オセアニアゾーン・グループⅢから域内最上位カテゴリとなるアジア/オセアニアゾーン・グループⅠに到達。以降2013年現在までこのゾーンから陥落することは無く、域内強国の一つと見做されている[4]。更にこの間オゴロドフがエースとして率いた1998年英語版から2001年英語版までの4年間と、イストミンがエースとなって率いた2009年2012年の計6度、ワールドグループ・プレーオフにも進出しているもののいずれも敗退しており、最上位カテゴリであるワールドグループへの昇格は2013年現在果たせていない。

女子では1990年代後半から2000年代前半にかけて活躍したイロダ・ツルヤガノワが当地最初の本格的なプロテニス選手してWTAシングルスランキング最高16位を記録する等目覚ましい実績を残し、それに続く選手として2000年代に登場したアクグル・アマンムラドワもツルヤガノワに次ぐ実績を残しながら2013年現在も活動している。

アイスホッケー[編集]

ウズベキスタンには現在アイスホッケーの代表チームが結成されていないが、ソビエト連邦時代の1986年アイスホッケーウズベキスタン代表英語版が結成され、ラトビア代表と1試合だけ試合を行ったことがある。

バスケットボール[編集]

バスケットボールウズベキスタン代表が結成されている。アジア大会の最高成績は9位、アジア選手権の最高成績は7位である。

ラグビー[編集]

1991年に独立するまでラグビーソビエト連邦代表英語版として活動していたが、独立以後は2001年にウズベキスタンラグビー連盟が結成され、ラグビーウズベキスタン代表英語版も同時に結成された。

ハンドボール[編集]

ハンドボールはウズベキスタン国内で人気のあるスポーツである。ハンドボールウズベキスタン女子代表英語版1997年1997年世界女子ハンドボール選手権に出場、21位という成績を残している。

オリンピック[編集]

1991年の独立以後、ウズベキスタンは夏季オリンピック冬季オリンピックに出場しており、大会ごとに出場人数を伸ばしている。ウズベキスタンは夏季オリンピックにおいて、ボクシングで1個、レスリングで3個の合計4つの金メダルを獲得している。ウズベキスタンは冬季オリンピックでも、フリースタイルスキーで1個の金メダルを1994年リレハンメルオリンピックにおいて獲得している。

有名スポーツ選手[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Paxtakor Markaziy Stadion”. soccerway.com. 2012年11月26日閲覧。
  2. ^ History as Denis Istomin wins through at Wimbledon” (英語). ヘラルドサン (2012年6月30日). 2013年2月24日閲覧。
  3. ^ Richard Copeman (2012年6月29日). “Brave Falla finally falls to Istomin after seeing off marathon men” (英語). デイリー・メール. 2013年2月24日閲覧。
  4. ^ Кубок Дэвиса: Денис Истомин переиграл вторую ракетку Китая” (ロシア語). 12news (2013年2月1日). 2013年2月24日閲覧。

外部リンク[編集]