ルスラン・チャガエフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ルスラン・チャガエフ
RuslanChagaev.jpg
基本情報
本名 ルスラン・シャミロビッチ・チャガエフ
通称 White Tyson(ホワイト・タイソン)
階級 ヘビー級
身長 180 cm
リーチ 188 cm
国籍 ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン
誕生日 1978年10月19日(38歳)
出身地 アンディジャン州アンディジャン
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 38
勝ち 34
KO勝ち 21
敗け 3
引き分け 1
テンプレートを表示
獲得メダル
ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン
男子 ボクシング
世界ボクシング選手権
2001 ベルファスト スーパーヘビー級
アジア競技大会
1998 バンコク ヘビー級
アジアボクシング選手権
1995 タシュケント ヘビー級
1999 タシュケント ヘビー級

ルスラン・チャガエフタタール語:Ruslan Şamil ulı Çağayev, Руслан Шамил улы Чагаев, ロシア語:Руслан Шамилович Чагаев, ラテン文字転写:Ruslan Chagaev, 1978年10月19日 - )は、ウズベキスタンプロボクサー。第33代・第37代WBA世界ヘビー級王者。アンディジャン出身。

アマチュアボクシングの確かなテクニックをベースにしたサウスポーのボクサー。体格や顔つきがマイク・タイソンと似ていることから「White Tyson」(ホワイト・タイソン)の愛称を持つ。アマチュア時代にはウズベキスタン代表として1996年アトランタオリンピック2000年シドニーオリンピックに出場経験がある。肝炎を患っており、これを理由に試合が何度かキャンセルされた。

経歴[編集]

アマチュア時代[編集]

チャガエフはプロボクシングの土壌のない東欧の旧共産圏出身であるため、当初はアマチュアボクシング界で活動していた。アマチュア時代の戦績は85戦82勝と報告されている。

アマチュア時代は、2度世界チャンピオンとなり、2度オリンピックに出場した。また、オリンピックで3連覇したキューバのアマチュアボクサーフェリックス・サボンに、1997年1999年の2回勝利した。1回目は1997年のアマチュア世界選手権の決勝で14-4で勝利し、2回目は1999年にブルガリアで行われたインターナショナル・ボクシング・カップの決勝で7-2で勝利した。しかし、3回目の対戦となる1999年の世界選手権では2-9で敗れた。

1997年に1度プロに転向し、その後またアマチュアに戻るという珍しい経歴も持っている。

  • 1995年:アジア選手権ヘビー級 - 金メダル
  • 1996年:アトランタオリンピックウズベキスタン代表で出場 - 初戦敗退
  • 1996年:ジュニア世界選手権ヘビー級 - 銅メダル
  • 1997年:アマチュア世界選手権ヘビー級 - 金メダル(この時点でプロデビューしていたことが後に判明し剥奪された)
  • 1998年アジア大会ヘビー級 - 金メダル
  • 1999年:アマチュア世界選手権ヘビー級出場 - 3回戦でフェリックス・サボンに敗退
  • 1999年:アジア選手権ヘビー級 - 金メダル
  • 2000年:シドニーオリンピックウズベキスタン代表で出場 - 2回戦敗退
  • 2001年:アマチュア世界選手権ヘビー級 - 金メダル

プロ時代[編集]

1997年にアメリカでプロデビューし、8月21日と9月3日の2試合を行った。アマチュアとしても活動している時期であり、後にプロデビューが発覚し1997年の世界選手権金メダルを剥奪されている。発覚後はプロとしての活動を自粛し、2001年の世界選手権で金メダルを獲得後の2001年9月21日になってからプロ再デビューした。

この後は1つの引き分けを除き、勝利を重ね、2006年3月11日、WBAインターコンチネンタルヘビー級王座とWBOインターコンチネンタルヘビー級王座を獲得した。また、同年7月15日、空位だったWBOアジア太平洋ヘビー級王座も獲得した。

2006年11月18日、デュッセルドルフブルク・ヴェヒター・カステロジョン・ルイスとWBA世界ヘビー級挑戦者決定戦を行い、12回2-1(117-111, 114-115, 116-112)の判定勝ちを収めニコライ・ワルーエフへの挑戦権を獲得した。

2007年4月14日、ロストックシュタットハレ・ロストックでWBA世界ヘビー級王者ニコライ・ワルーエフと対戦し、12回2-0(114-114、117-111、115-113)の判定勝ちを収め王座獲得に成功した。チャガエフは序盤から足を使ったボクシングを展開しペースを支配し、中盤以降はワルーエフの右ストレートに対し左ストレートを上手く重ね合わせ、身長差約30 cm・体重差約42 kgというハンデをはねのけて世界王座に戴冠した。

2007年10月13日、モスクワでWBO王者のスルタン・イブラギモフと王座統一戦を行う予定だったが、チャガエフがB型肝炎と診断され試合は中止された[1]

2008年1月19日、デュッセルドルフのブルク・ヴェヒター・カステロで元K-1ファイターでもあるマット・スケルトンと対戦し、12回3-0(117-110, 二者が117-111)の判定勝ちを収め初防衛に成功した。

その後、6月には指名挑戦者ワルーエフと再戦の予定だったが、アキレス腱の負傷によりしばらくリングに上がれなくなった。これを受けてWBAはチャガエフを "WBA Champion in Recess"(休養王者)として扱うことを決め、正規王座を空位とした。2008年8月30日、1位ワルーエフと2位ルイスとがその正規王座をめぐって王座決定戦を争い、勝利を収めたワルーエフがWBA世界ヘビー級の正規王者になった。この後で、チャガエフとワルーエフは2009年6月26日までに対戦するようWBAから指示を受けた[2]

2009年2月7日、約1年ぶりとなった復帰戦としてロストックのシュタットハレ・ロストックでカール・デービス・ドルモンドと対戦したが、偶然のバッティングによるチャガエフの傷がひどく、6回終了時3-0(二者が58-56, 60-54)の負傷判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した。

2009年5月30日、ヘルシンキで正規王者のワルーエフと王座統一戦を行う予定だったが、チャガエフが前日計量後の検診に応じず契約不履行により中止された[3]。この時も肝炎が原因と伝えられている。

2009年6月20日、ゲルゼンキルヒェンフェルティンス・アレーナIBF・WBO・IBO世界ヘビー級王者ウラジミール・クリチコと対戦し、2回にダウンを奪われるなどしてペースを掴めず、10回1秒、左目上負傷による棄権でプロ初黒星となるTKO負けを喫し、IBF・WBO・IBO王座の獲得に失敗した。

2009年7月24日、WBAは2009年6月度のランキングを発表し、正規王者のワルーエフと王座統一戦を行わずにクリチコ戦を優先させたチャガエフから王座を剥奪しWBA世界ヘビー級1位にランクした[4]

2011年7月2日に行われたWBA世界ヘビー級王者デビッド・ヘイとIBF・WBO・IBO世界ヘビー級王者クリチコとの統一戦で、クリチコがヘイに勝利し[5]、WBA規定でクリチコがスーパー王座に認定されたことに伴い、同年8月27日、WBA世界ヘビー級王座決定戦をエアフルトのメッセハレでアレクサンデル・ポベトキンと行ったが、12回0-3(二者が113-117, 112-116)の判定負けを喫し王座返り咲きに失敗した[6]

2013年10月5日、モスクワのオリンピック・スタジアムPABAヘビー級王者ジョボ・プダールとPABAタイトルマッチとWBAコンチネンタルヘビー級王座決定戦で対戦し、12回3-0(117-109, 118-108, 115-111)の判定勝ちを収めPABA王座とWBAコンチネンタル王座の獲得に成功した。

2014年5月、WBA世界ヘビー級ヘビー級王座決定戦に出場するためPABA王座を返上、WBAコンチネンタル王座も返上した。

2014年7月6日、チェチェン共和国グロズヌイアフマド・アレーナでWBA世界ヘビー級7位のフェリス・オケンドとWBA世界ヘビー級王座決定戦を行い、12回2-0(114-114, 二者が115-113)の判定勝ちを収め5年振りの王座返り咲きに成功した[7][8]。試合後のドーピング検査でオケンドから禁止薬物のタモキシフェンアナストロゾールの陽性反応が検出された。

2014年7月8日、WBAは最新ランキングを発表し、空位となっていたWBA世界ヘビー級正規王座にチャガエフの名が記載されるとともに、正規王座に返り咲いたことが評価されて2014年6月度の月間MVPに選出された[9][10][11]

2015年2月25日、WBAからWBA世界ヘビー級4位のルーカス・ブラウンと指名試合を行うよう指令が出された[12]

2015年7月11日、約1年ぶりの試合としてマクデブルクGETECアレーナでWBA世界ヘビー級13位のフランチェスコ・ピアネタと対戦し、初回2分57秒KO勝ちを収め初防衛に成功した[13][14]

2015年10月17日、キールでWBA世界ヘビー級4位のオケンドと1年3か月ぶりに再戦する予定だったが、オケンドが同月6日のスパーリング中に肩を負傷したため中止となった[15]

2015年11月13日、WBAは肩を負傷したオケンドが最低でも2016年5月まで試合ができないとのメディカルリポートに基づき、オケンドとの再戦が不可能となったチャガエフにWBA世界ヘビー級3位のルーカス・ブラウンと指名試合を行うよう指令を出した[16]

2016年3月5日、アフマド・アレーナでWBA世界ヘビー級2位のブラウンと対戦したが、7年ぶりのKO負けとなる10回2分2秒TKO負けで指名試合を制しての2度目の防衛に失敗し、王座から陥落した[17][18]

2016年3月21日、WBAは最新ランキングを発表し、上述のブラウン戦に敗れ王座から陥落したチャガエフをWBA世界ヘビー級6位にランクインした[19][20]

2016年3月22日、上述の試合に勝利し王座を獲得したブラウンから、VADAによる薬物検査で違反薬物のクレンブテロールへの陽性反応が検出され、ブラウンの違反薬物使用が確定すれば試合は無効試合となり、ブラウンは王座を剥奪される可能性があるとの報道がされた[21][22]

2016年4月8日、WBAは最新ランキングを発表し、チャガエフをWBA世界ヘビー級5位にランクした[23]

2016年5月12日、WBAは上述の試合後にクレンブテロールへの陽性反応が検出されたブラウンから王座を剥奪し、同年11月12日まで出場停止6か月の処分を科し、チャガエフに対し120日以内にWBA世界ヘビー級4位のフェリス・オケンドとの指名試合に向けた対戦交渉を開始するよう義務付けた[24][25]

2016年5月21日、WBAのメンドーサ会長は「WBAのドーピング規定に則り、同年3月5日に行われたルスラン・チャガエフ対ルーカス・ブラウン戦の試合結果は無効試合とする。敗者となっていたチャガエフは試合前の地位であるWBA世界ヘビー級王者に復帰することとなる」と述べ、WBA世界ヘビー級王座は正式にチャガエフに差し戻されたが、試合の公式記録は無効試合へ覆らなかった[26][27]

2016年6月8日、WBAは最新ランキングを発表し、チャガエフをWBA世界ヘビー級王者としてランクした[28][29]

2016年7月26日、WBAは2014年7月6日に行ったオケンドとのWBA世界ヘビー級王座決定戦の認定料40,750ドル(約400万円)を支払うようチャガエフへ繰り返し求めてきたが、最終期限に設定した2016年7月14日までに支払いがなかったこと。またチャガエフがオケンドとの指名試合を行う意思を示さなかったため、チャガエフからWBA世界ヘビー級王座を剥奪した[30][31][32]

2016年7月31日、チャガエフは2001年に手術を受けた左目の状態が思わしくないことを理由に現役引退を発表した[33][34]

2016年8月11日、WBAは最新ランキングを発表し、チャガエフの引退に伴いWBA世界ヘビー級正規王座は空位となった[35]

獲得タイトル[編集]

  • WBOアジア太平洋ヘビー級王座
  • WBOインターコンチネンタルヘビー級王座
  • WBAインターコンチネンタルヘビー級王座
  • 第33代 WBA世界ヘビー級王座(防衛1→休養王座認定)
  • WBA世界ヘビー級休養王座(防衛1→剥奪)
  • 第14代PABAヘビー級王座(防衛0→返上)
  • WBAコンチネンタルヘビー級王座
  • 第37代WBA世界ヘビー級王座(防衛1)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ Skelton to face Chagaev for WBA heavyweight title”. USA.Today (2007年12月6日). 2013年11月25日閲覧。
  2. ^ ワルーエフ-J.ルイスで決定戦 WBAヘビー級月刊ボクシングワールド』オフィシャルサイト、2008年7月24日閲覧。
  3. ^ ワルーエフ-チャガエフ戦ドタキャン『月刊ボクシングワールド』オフィシャルサイト、2009年6月1日閲覧。
  4. ^ WBA Official Ratings as of June 2009 WBA公式サイト、2009年7月24日。
  5. ^ クリチコ、ヘイに判定勝ち=ヘビー級3団体統一王者に-ボクシング 時事ドットコム 2011年7月3日
  6. ^ ポベトキン、チャガエフ下す WBAヘビー級レギュラー王座決定戦 ボクシングニュース「Box-on!」、2011年8月28日
  7. ^ チャガエフが“空位”のWBAヘビー級正規王座獲得 Boxing News(ボクシングニュース)、2014年7月7日。
  8. ^ Chagaev wins WBA heavyweight title with majority decision over Oquendo WBA公式サイト、2014年7月7日。
  9. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト、2014年7月8日
  10. ^ Ruslan Chagaev WBA boxer of the month WBA公式サイト、2014年7月8日
  11. ^ WBA最新ランキング 田口、赤穂らランクイン Boxing News(ボクシングニュース)、2014年7月9日。
  12. ^ Ruslan Chagaev-Lucas Browne Ordered By The WBA”. BoxingScene.com (2015年2月25日). 2015年2月26日閲覧。
  13. ^ Gallery: Chagaev Destroys Pianeta WBA公式サイト、2014年7月11日
  14. ^ WBOライト級はフラナガン、ヘビー級チャガエフ圧勝 Boxing News(ボクシングニュース)、2015年7月12日。
  15. ^ Fres Oquendo hurt sparring, pulls out of bout vs. Ruslan Chagaev”. ESPN.com (2015年10月6日). 2015年10月27日閲覧。
  16. ^ Ruslan Chagaev to Face Lucas Browne WBA公式サイト、2015年11月13日。
  17. ^ Chagaev vs. Browne: Let’s Get It On WBA公式サイト、2015年12月14日。
  18. ^ ブラウンがチャガエフ下す、豪初のヘビー級王者誕生 Boxing News(ボクシングニュース) 2016年3月6日。
  19. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト、2016年3月21日。
  20. ^ レミューがカネロ前座に参戦、WBAランキング発表 Boxing News(ボクシングニュース)、2016年3月22日。
  21. ^ Big Daddy Fails Drug Test WBA公式サイト 2016年3月22日
  22. ^ 豪初のヘビー級王者ブラウン、薬物検査で陽性反応 Boxing News(ボクシングニュース)、2016年3月22日
  23. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト、2016年4月8日。
  24. ^ Lucas Browne Stripped and Suspended for Six Months WBA公式サイト、2016年5月12日。
  25. ^ WBAヘビー級王者 ドーピング違反で王座剥奪へ スポニチアネックス、2016年5月13日。
  26. ^ Chagaev to defend WBA belt vs Oquendo, Browne loss a no contest World Boxing News, 2016年5月21日。
  27. ^ Ruslan Chagaev is Found, Retires From Boxing”. Boxing Scene.com (2016年7月31日). 2016年8月23日閲覧。
  28. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト、2016年6月8日。
  29. ^ 戸部洋平がWBAランク入り、チャガエフが王座復帰 Boxing News(ボクシングニュース)、2016年6月9日。
  30. ^ Chagaev Stripped of WBA Heavyweight Title WBA公式サイト、2016年7月26日。
  31. ^ WBA strips Chagaev + Lucas Browne update Fightnews.com, 2016年7月26日。
  32. ^ 元日本王者の芹江匡晋が引退、プンルアン王座陥落 Boxing News(ボクシングニュース)、2016年7月27日。
  33. ^ Ruslan Chagaev is Found, Retires From Boxing Boxing Scene.com 2016年7月31日
  34. ^ WBAヘビー級正規王者チャガエフが引退 Boxing News(ボクシングニュース)、2016年8月1日。
  35. ^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト、2016年8月11日。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
ニコライ・ワルーエフ
第33代WBA世界ヘビー級王者

正規:2007年4月14日 - 2009年7月(剥奪)
休養:2008年6月 - 2009年7月

空位
次タイトル獲得者
ニコライ・ワルーエフ
空位
前タイトル保持者
アレクサンデル・ポベトキン
第37代WBA世界ヘビー級王者

2014年7月6日 - 2016年7月26日(剥奪)

空位
次タイトル獲得者
N/A