ウォリック・ダン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
No image.svg ウォリック・ダン American football pictogram.svg
Warrick Dunn
refer to caption
基本情報
ポジション ランニングバック
生年月日 (1975-01-05) 1975年1月5日(43歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ルイジアナ州バトンルージュ
身長 5' 9" =約175.3cm
体重 187 lb =約84.8kg
経歴
大学 フロリダ州立大学
NFLドラフト 1997年 / 1巡目全体12位
初出場年 1997年
初出場チーム タンパベイ・バッカニアーズ
所属歴
受賞歴・記録
NFL 通算成績
ラン獲得ヤード 10,967ヤード
平均ラッシングヤード 4.1ヤード
TDラン 49回
レシーブ 462回
レシーブ獲得ヤード 4,339ヤード
TDレシーブ 15回
Player stats at NFL.com
Player stats at PFR

ウォリック・ダン(Warwick Dunn 1975年1月5日- )はルイジアナ州バトンルージュ出身のアメリカンフットボール選手。NFLタンパベイ・バッカニアーズアトランタ・ファルコンズで1997年から2008年までプレーした。ポジションはランニングバックプロボウルに3回選ばれている[1]

経歴[編集]

プロ入りまで[編集]

6人兄弟の長男として生まれた。警官であった彼の母親はシングルマザーであり女手1つで6人の子供を育てていた。

高校時代はクォーターバックコーナーバック、ランニングバックとしてプレーした。高校3年次にはUSAトゥデイよりオールアメリカンに選ばれた。

ウォリックが18歳の誕生日を迎えた2日後の1993年1月7日に母親が強盗の凶弾に倒れた。この事件では2人に死刑判決が、3人が刑務所に送られた。その後バトンルージュの慈善団体から家族が支援を受けたことがダンがチャリティーに力を注ぐ大きな要因となった[1]。2007年にダンは刑務所に収監された犯人の1人と面会している[2]

母親を亡くした直後に彼に会ったボビー・ボウデンフロリダ州立大学ヘッドコーチは彼を気に入り、彼は同大学に進学した[3]。1995年には大学記録となる1,418ヤードを走り、同じく通算3,959ヤードの大学ラッシング記録を作った。3年連続でシーズン1000ヤードラッシングを記録したのも同大学で唯一の記録となっている。アトランティック・コースト・カンファレンスのオールチームに3回選ばれた。陸上競技でも活躍し、AP通信により400メートルリレー走のオールアメリカンに選ばれている。

1995年1月2日のフロリダ大学とのシュガーボウルではランで58ヤード、9回のレシーブで51ヤード、73ヤードのタッチダウンパスを投げて23-17の勝利に貢献した[4]

NFL[編集]

1997年NFLドラフトで背の低い彼はそれほど高い評価を受けていなかったがトニー・ダンジーヘッドコーチのタンパベイ・バッカニアーズ に1巡全体12位で指名された[5]。トレーニングキャンプを5日間ホールドアウトし7月24日、6年886万ドル(350万ドルのサインボーナスを含む)で契約を結んだ[6]

開幕戦のデトロイト・ライオンズ戦で130ヤードを走り、バッカニアーズの選手としては前年9月15日のレジー・ブルックス以来の100ヤードラッシングをマークした[7]。この年バッカニアーズのチーム記録となる76ヤードのランを記録した[8]NFL攻撃部門最優秀新人選手に選ばれると共にプロボウルにも選ばれた。バッカニアーズ在籍中、1998年2000年に1,000ヤードラッシャーとなり[9]、2000年には2度目のプロボウルに選ばれた。

2002年フリーエージェントとなった彼はアトランタ・ファルコンズと6年2850万ドルの契約(650万ドルのサインボーナスを含む)を結んだ[10]

2003年11月、左足を痛めて故障者リスト入りした。シーズン絶望となる前、11試合に出場しチームトップの672ヤードを走るとともにレシーブで336ヤードを獲得、5タッチダウンをあげていた[11]

2004年にはT・J・ダケットと併用され1,106ヤード、9タッチダウンをあげて、チームをNFCチャンピオンシップゲームに導いた[12][13]

2005年には1,416ヤードを走り、自身3度目のプロボウルに選出された。2006年10月15日のニューヨーク・ジャイアンツ戦ではファルコンズ記録となる90ヤードのタッチダウンランを決めた[14]

2006年にはマイケル・ヴィックと共に1,000ヤード以上を走った[15]

2007年にエースQBのバイロン・レフトウィッチが足首の故障で戦線離脱した際にはジョーイ・ハリントンクリス・レッドマンに次ぐ第3QBとしてもロースターに連なった。11月22日のインディアナポリス・コルツ戦でNFL史上22人目となる通算ラッシング10,000ヤードを達成した[16]。この年チーム成績は不振を極め、12月に彼はこのまま引退したくないと語った[17]

ファルコンズでは2004年から2007年まで4年連続チームのリーディングラッシャーとなったが、2008年3月3日、前日にサンディエゴ・チャージャーズの控えRBマイケル・ターナーを獲得したファルコンズに解雇を希望し[18]、同月11日、推定2年600万ドルで古巣のタンパベイ・バッカニアーズと契約を結んだ[19]。2008年シーズンはアーネスト・グラハムと併用されていた彼は[20]、グラハムがシーズン絶望となった後のデトロイト・ライオンズ戦で14回のランで90ヤードを獲得、1タッチダウンをあげて17点差からの逆転勝利に貢献した[21]。この年チームトップの786ヤードを走り、チーム2位の47レシーブをマーク

このシーズン平均4.2ヤードを走ったものの[22]ラヒーム・モリスヘッドコーチが就任し若返りを目指すチームの方針から[23]、2009年2月25日、デリック・ブルックスケイト・ジュンらと共にチームから解雇された[24]

ランで10,967ヤードを走ると共にレシーブでも4,339ヤードを獲得している。NFL史上6人しかいないラン10,000ヤード以上、レシーブ500回以上を達成した選手の1人である[1]

現役引退後[編集]

2009年6月にはアフガニスタンバグラム空軍基地を慰問のため訪問した[25]。同年12月17日、アトランタ・ファルコンズのオーナーシップの一部を獲得した[26]

人物[編集]

チャリティ活動に力を入れており、2002年にウォリック・ダン基金を設立、アトランタバトンルージュタンパタラハシーのシングルペアレントの家族に対する支援を行っている[1]。2005年にはウォルター・ペイトン・マン・オブ・ザ・イヤーに選ばれた[12]

2005年には、ハリケーン・カトリーナの被災者を支援するためにニューオーリンズ・セインツ以外の全チームに所属する選手に対して最低5000ドルを寄付するよう訴えた[27]

またビル・クリントンアメリカ合衆国大統領からGiant Steps Awardを受賞している[28]

2007年にはアンドレ・アガシモハメド・アリランス・アームストロングジェフ・ゴードンミア・ハムトニー・ホークアンドレア・イエガージャッキー・ジョイナー=カーシーマリオ・ルミューアロンゾ・モーニングカル・リプケン・ジュニアと共にathlete for HOPEというサイトを立ち上げた[29]

2009年にはバート・スター賞を受賞した[30]

2011年5月にはドラッグや銃の密売人と誤解されて、警察官に運転している車から降りるように命じられた。背景にはアメリカ合衆国の人種差別が根ざしていると疑われる[28]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d Dunn Honored for Public Service with 39th Annual Jefferson Awards”. athletesforhope.org. 2011年11月8日閲覧。
  2. ^ GARY SHELTON (2007年12月16日). “Confronting his pain”. セントピーターズバーグ・タイムズ. 2011年11月8日閲覧。
  3. ^ MARCOM MORAN (1997年1月1日). “A Childhood Stolen, a Man Created”. ニューヨーク・タイムズ. 2011年11月8日閲覧。
  4. ^ COLLEGE FOOTBALL: SUGAR BOWL; A Bittersweet Night For Seminoles' Dunn”. ニューヨーク・タイムズ (1995年1月4日). 2011年11月8日閲覧。
  5. ^ Tampa Bay Hopes Dunn Is Its Big Little Man”. ニューヨーク・タイムズ (1997年4月20日). 2011年11月8日閲覧。
  6. ^ Dunn Ends Holdout With Buccaneers”. ニューヨーク・タイムズ (1997年7月25日). 2011年11月8日閲覧。
  7. ^ Charean Williams (1997年9月8日). “BARRY SANDERS? NO, THAT'S WARRICK DUNN WITH 130 YARDS, TAMPA BAY'S ROOKIE RUNNING BACK IS FAST MAKING A NAME FOR HIMSELF IN THE NFL.”. Orland Sentinel. 2011年11月8日閲覧。
  8. ^ BUCS' DUNN NAMED TOP OFFENSIVE ROOKIE”. Orland Sentinels (1997年12月25日). 2011年11月8日閲覧。
  9. ^ The Bucs’ 10 Best Draft Picks: #7 – Warrick Dunn”. bucsnation.com (2009年1月20日). 2011年11月8日閲覧。
  10. ^ PLUS: PRO FOOTBALL; Falcons Sign Dunn To Six-Year Deal”. ニューヨーク・タイムズ (2002年3月16日). 2011年11月8日閲覧。
  11. ^ Sports Briefing”. ニューヨーク・タイムズ (2003年11月26日). 2011年11月8日閲覧。
  12. ^ a b Warrick Dunn named NFL's Man of the Year”. USAトゥデイ (2005年2月4日). 2011年11月8日閲覧。
  13. ^ D. ORLANDO LEDBETTER (2008年3月3日). “Dunn declares 'I can still play'”. Atlanta Metro News. 2011年11月8日閲覧。
  14. ^ JOHN BRANCH (2006年10月16日). “Falcons Land the First Punch, but the Giants Win on Points”. ニューヨーク・タイムズ. 2011年11月8日閲覧。
  15. ^ リーグ史上4度目の快挙間近、ジャイアンツのRBコンビ”. NFL JAPAN (2008年12月24日). 2011年11月8日閲覧。
  16. ^ Falcons RB Warrick Dunn reaches 10,000 yards rushing”. ESPN (2007年11月22日). 2011年11月8日閲覧。
  17. ^ Despite Atlanta's awful season, Dunn wants to go out a winner”. ESPN (2008年12月20日). 2011年11月8日閲覧。
  18. ^ Dunn leaving Atlanta Falcons' long-time running back requests release”. スポーツ・イラストレイテッド (2008年3月2日). 2011年11月8日閲覧。
  19. ^ NFL=バッカニアーズ、RBダンと契約”. ロイター (2008年3月12日). 2011年11月7日閲覧。
  20. ^ 【第12週プレビュー】バッカニアーズ対ライオンズ”. NFL JAPAN (2008年11月22日). 2011年11月8日閲覧。
  21. ^ バッカニアーズが17点差跳ね返し8勝目、ライオンズ11連敗”. NFL JAPAN (2008年11月24日). 2011年11月8日閲覧。
  22. ^ 現役復帰が可能と思われる引退選手たち”. NFL JAPAN (2011年6月21日). 2011年11月8日閲覧。
  23. ^ 戦力外に「どう受け止めるべきやら…」とバッカニアーズの顔”. NFL JAPAN (2009年2月26日). 2011年11月8日閲覧。
  24. ^ バッカニアーズが大リストラ敢行、ブルックスら5選手を放出”. NFL JAPAN (2009年2月26日). 2011年11月8日閲覧。
  25. ^ at Bagram Air Base, Afghanistan, July 14, 2009”. defenseimagery.mil (2009年7月14日). 2011年11月8日閲覧。
  26. ^ Warrick Dunn takes minority ownership role with Falcons”. AccessNorthGa.com (2009年12月17日). 2011年11月8日閲覧。
  27. ^ Dunn appeals to NFL players Falcons RB asks for donations to Katrina relief efforts”. スポーツ・イラストレイテッド (2005年9月1日). 2011年11月8日閲覧。
  28. ^ a b Black Former NFL Player Pulled Over For Looking Like Someone ‘Transporting Drugs And Guns’”. thinkprogress.org (2011年5月31日). 2011年11月8日閲覧。
  29. ^ athlete for HOPE”. 2011年11月8日閲覧。
  30. ^ Jessica Vander Velde (2009年2月1日). “Tampa Bay Buccaneers RB Warrick Dunn wins Bart Starr Award”. セントピーターズ・タイムズ. 2011年11月8日閲覧。

外部リンク[編集]

先代:
エディ・ジョージ
NFL最優秀新人攻撃選手
1997年
次代:
ランディ・モス
先代:
ウィル・シールズ
ウォルター・ペイトン
マン・オブ・ザ・イヤー
2004年
次代:
ペイトン・マニング
先代:
リーガン・アップショー
マーカス・ジョーンズ
タンパベイ・バッカニアーズ
ドラフト1巡指名
1997年
リーデル・アンソニー
次代:
アンソニー・マクファーランド