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ニューヨーク・ジャイアンツ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ニューヨーク・ジャイアンツ
New York Giants
創設 1925年8月1日(101年前) (1925-08-01)
NFL参入 1925年シーズン
所属地区
チームデザイン
チームロゴ
 
チームカラー
  ダークブルー
  赤
  白
ユニフォーム
チーム名
  • ニューヨーク・ジャイアンツ(1925-現在)
ホームタウン
ニューヨーク・ジャイアンツの位置(アメリカ合衆国内)
ニューヨーク・ジャイアンツ

ニュージャージー州イーストラザフォード (1976-現在)
ニューヨーク州ニューヨーク (1975)
コネチカット州ニューヘイブン (1973-1974)
ニューヨーク州ニューヨーク (1925-1973)


メットライフ・スタジアム
 ニュー・メドウランズ・スタジアム
(2010-現在)
ジャイアンツ・スタジアム (1976-2009)
シェイ・スタジアム (1975)
イェールボウル (1973-1974)
ヤンキー・スタジアム (1956-1973)
ポロ・グラウンズ (1925-1955)

永久欠番
獲得タイトル
スーパーボウル創設(1966年)以降
スーパーボウル・チャンピオン (4回)
カンファレンス・チャンピオン (5回)
NFC
地区優勝 (8回)
旧NFC東地区
NFC東地区
ワイルドカード(9回)
プレーオフ進出(17/61回)
AFL合併(1969年)以前
NFLチャンピオン
カンファレンス・チャンピオン
NFLイースタン
地区優勝
NFL東地区
ワイルドカード
球団組織
オーナージョン・マーラ, スティーブ・ティッシュ
GMジョー・ショーン
ヘッドコーチジョン・ハーボー

ニューヨーク・ジャイアンツ(英語: New York Giants、略称: NYG)は、アメリカ合衆国ニュージャージー州イーストラザフォードに本拠地をおくアメリカンフットボールのプロフェッショナル・リーグNFLチーム。NFC東地区に所属している。

ニューヨークを起源とするチームで、1925年にNFLに加盟した5チームのひとつである。同時に加盟したチームの中で唯一現存するチームである。ジャイアンツの愛称は創設当時、ニューヨークにフランチャイズを置いていたメジャーリーグのニューヨーク・ジャイアンツから拝借。当初はニューヨーク・フットボール・ジャイアンツ(フットボールのニューヨーク・ジャイアンツ)というチーム名だった。現在でも、このチームを所有する企業体の名称である[1]。これまでにグリーンベイ・パッカーズの12回、シカゴ・ベアーズの9回に次ぐリーグ3番目の8回全米チャンピオンとなっておりスーパーボウルが創設される前の1927年、1934年、1938年、1956年の4回及び4回のスーパーボウル(第21回スーパーボウル、第25回スーパーボウル、第42回スーパーボウル、第46回スーパーボウル)で優勝している。プロフットボール殿堂入りした選手は15人おり、その中のメル・ハイン、フランク・ギフォード、チャーリー・コナーリー、Y・A・ティトル、ローレンス・テイラーはシーズンMVPに輝いたことがある。チームは"Big Blue," the "G-Men," the "Big Blue Wrecking Crew," and the "Jints,"などの愛称で呼ばれている。

歴史

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創設から1963年まで:統合前の4回のチャンピオン

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1925年にチームが創設された。この年8勝4敗と勝ち越した。NFLとAFLが統合する前に4回NFLチャンピオンとなっていたが1964年から1980年までは17シーズン連続でプレーオフ出場を逃した。加入して3年目の1927年に11勝1敗1分でNFLチャンピオンとなった。1928年シーズン終了後、デトロイト・ウルバリンズからスターQBのベニー・フリードマンを獲得した。1930年12月にはポロ・グラウンズでノートルダム大学オールスターと対戦した。1933年から1946年までの間、チームは8回NFLチャンピオンシップゲームに出場し2回優勝した。この時代チームはスティーブ・オーウェンヘッドコーチに率いられた。メル・ハイン、レッド・バジロ、タフィ・リーマンズに率いられた。1934年NFLチャンピオンシップゲームでシカゴ・ベアーズを凍ったフィールドで破った試合はスニーカー・ゲームズと呼ばれている。1938年NFLチャンピオンシップゲームではグリーンベイ・パッカーズを38-17で破り3回目の優勝を果たした。

その後チームはクォーターバックのフランク・ギフォード、ラインバッカーのサム・ハフ、オフェンスタックルのロジー・ブラウンなどの殿堂入り選手、オールプロのランニングバックが在籍したものの1956年まで優勝できなかった。1956年NFLチャンピオンシップゲームにはこれらの選手たちは出場しなかったがジム・リー・ハウエルヘッドコーチのコーチングスタッフにはオフェンスにヴィンス・ロンバルディ、ディフェンスにトム・ランドリーの存在があった。1958年から1963年にも5回NFLチャンピオンシップゲームに出場したがいずれも敗れた。ボルチモア・コルツとオーバータイムの末に17-23で敗れた1958年NFLチャンピオンシップゲームは史上最高のゲームと呼ばれるようになった名試合でテレビ中継によりプロフットボール人気が確立された試合である[2]。1959年には第4Qに16-9とコルツをリードしながら16-31と逆転負けを喫した。1963年にはY・A・ティトルが36タッチダウンパスを投げてシーズンMVPとなったがチャンピオンシップゲームでは10-14でシカゴ・ベアーズに敗れた。

1964年から1982年まで:プレーオフから遠ざかる

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ヤンキー・スタジアムでの試合(1969年)
フランク・ギフォード

その後1964年から1978年までチームはわずか2回しか勝ち越せずプレーオフ進出からは遠ざかった。1964年には2勝10敗2分、1965年に7勝7敗と持ち直したが1966年には500失点以上を与え1勝12敗1分に終わった。1969年のプレシーズン、チームはニューヨーク・ジェッツとコネチカット州ニューヘイブンのイェールボウルで対戦、70,874人を集めた試合で14-37と敗れた。ウェリントン・マーラオーナーはアリー・シャーマンヘッドコーチをシーズン前に解任、元ジャイアンツのフルバック、アレックス・ウェブスターが新ヘッドコーチとなった。1967年にチームはミネソタ・バイキングスのQBフラン・ターケントンを獲得したが1967年の7勝7敗、1970年の9勝5敗を除き満足できるシーズンを送れず、1971年に4勝10敗に終わった後、ターケントンはバイキングスにトレードされた。ターケントンはその後バイキングスを3度スーパーボウルに導いた。1973年からの6シーズンでチームはわずか23勝しかできなかった。1974年には1勝5敗となったところでダラス・カウボーイズでロジャー・ストーバックとの先発争いに敗れ控えQBとなっていたクレイグ・モートンを獲得したが残り8試合でチームは1勝しかできず2勝12敗に終わりトレードで手放した全体2番目の指名権でカウボーイズは後にプロフットボール殿堂入りするランディ・ホワイトを指名した[3]。モートンはその後2年間先発QBとしてプレーしたがチームは1975年には5勝9敗、1976年には3勝11敗に留まった。

1976年にチームはロン・ジョンソンの代わりに後に殿堂入りするラリー・ゾンカを獲得したがジャイアンツに在籍した3シーズン、彼は故障もあり満足に働くことはできなかった。1977年にはロースターに新人QB3人が並ぶ事態となった。この時代ヤンキー・スタジアムの改修もありイェールボウルやシェイ・スタジアムで戦った。1976年にジャイアンツ・スタジアムが完成し本拠地を移した。1978年にはメドウランズの奇跡と呼ばれるようになったフィラデルフィア・イーグルス相手にニーダウンすれば確実に勝てた試合をランニングプレーを選択した結果、ボールをファンブルし、ハーマン・エドワーズにリターンタッチダウンをあげられ試合を落としている。1965年にジャック・マーラが亡くなって以来、ウェリントン・マーラとティム・マーラの間がうまくいっておらずコミッショナーのピート・ロゼールに仲介されるほどであった。

1977年にチームはモートンをデンバー・ブロンコスにトレードしスティーブ・ラムジーと翌年のドラフト5巡を手に入れたがいずれもジャイアンツでプレーすることはなく終わり逆にモートンはブロンコスを第12回スーパーボウル進出に導いた[4]。1981年から1983年の間、ディフェンスが驚異的で、ブラッド・バンペルト、ハリー・カーソン、ローレンス・テイラー、ブライアン・ケレーでラインバッカー(LB)のグループ「クランチ・バンチ」を結成していた。

1983年から1990年まで:ビル・パーセルズ時代

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1983年にレイ・パーキンスの後を継いでヘッドコーチとなったビル・パーセルズが就任するとチーム成績は向上し1986年シーズンには第21回スーパーボウルでデンバー・ブロンコスを破り優勝を果たした。

1990年シーズンはエースQBのフィル・シムズ(1979年ドラフト全体7位で指名)をシーズン途中に怪我で失い控えQBのジェフ・ホステトラー(英語版)(1984年ドラフト3巡目で指名)がシーズン終盤から先発することとなったが13勝3敗で地区優勝を果たした。そしてNFCチャンピオンシップゲームでスーパーボウル3連覇を狙うサンフランシスコ・49ersを相手にタッチダウンをあげられなかったもののマット・バーの5本のFGで15-13と破り、第25回スーパーボウルではバッファロー・ビルズに20-19と1点差での勝利で2度目のスーパーボウル優勝を果たしパーセルズは勇退した。

1991年から2003年まで

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後任のレイ・ハンドレーはホステトラーをエースQBに指名した。2年連続プレーオフ出場を果たすことができず1993年チームはデンバー・ブロンコスのヘッドコーチだったダン・リーブスと新ヘッドコーチとして契約した。リーブスはシムズを再びエースQBに指名し、ホステトラーはオークランド・レイダースに移籍した。1993年に年間最優秀コーチに選ばれる活躍を見せたがその後3シーズンはプレーオフ出場を果たせなかった。

1997年から2003年はジム・ファセルがヘッドコーチとなった。うち3回プレオフに出場し、2000年にはスーパーボウルで敗れた。

2004年から2016年まで:トム・コフリンとイーライ・マニングの時代

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2004年、トム・コフリンがヘッドコーチに就任した。この年、サンディエゴ・チャージャーズからドラフト全体トップで指名されたイーライ・マニングがチャージャーズへの入団を拒否、ジャイアンツは全体5番目に指名したフィリップ・リバースなどとトレードでマニングを獲得した。開幕当初はカート・ワーナーが先発QBを務めたが5勝4敗となったシーズン中盤からマニングが先発QBに昇格、しかしチームはその後1勝しかできず6勝10敗でシーズンを終えた。

第42回スーパーボウル制覇後のトム・コフリンHCとジョージ・W・ブッシュ大統領(2007)

コフリンが就任して2年目の2005年からチームは3年連続でプレーオフに進出し、2007年には10勝6敗で、ワイルドカードからのプレーオフ出場ながら、タンパベイ・バッカニアーズを24-14、ダラス・カウボーイズを21-17、氷点下18.3度(体感気温氷点下31.1度)の敵地ランボー・フィールドで行われたNFCチャンピオンシップゲームでグリーンベイ・パッカーズをオーバータイムの末、23-20で破り、7年ぶり4回目のスーパーボウル出場を果たした。第42回スーパーボウルでは、レギュラーシーズン16連勝を果たしたニューイングランド・ペイトリオッツを17-14で破り3度目のスーパーボウル優勝を果たした。2008年シーズンNFCトップの12勝4敗の成績をあげてホームフィールドアドバンテージを確保したがディビジョナル・プレーオフでフィラデルフィア・イーグルスに敗れてシーズンを終えた。

2009年、チームは開幕から5連勝したがニューオーリンズ・セインツに27-48で敗れた試合を含めて4連敗を喫した。最終的にチームは8勝8敗に終わりプレーオフを逃した。3年目のWRスティーブ・スミスがチーム記録となる107回のキャッチ、チーム歴代2位の1,220ヤードを獲得し7タッチダウンをあげた。最後の2試合で合計85失点を喫したこともあり、シーズン終了と共にビル・シェリダンディフェンスコーディネーターが解任されバッファロー・ビルズの暫定ヘッドコーチを務めていたペリー・フューウェルが就任した[5] 。

2010年、チームは10勝6敗の成績をあげたがプレーオフを逃した。第15週のフィラデルフィア・イーグルス戦では残り7分半で31-10とリードしていたが、21点差を守れず、31-31の同点に追いつかれ、試合終了間際アウトオブバーンズを狙うように新人パンターのマット・ドッジに指示したパントをデショーン・ジャクソンにリターンTDされて敗れている[6]。

2011年、6勝2敗と好スタートを切ったもののその後4連敗を喫した[7]。勝った方が地区優勝となるダラス・カウボーイズとの最終週の試合に勝利、9勝7敗で地区優勝を果たした[8]。ワイルドカードプレーオフで、アトランタ・ファルコンズを24-2と相手攻撃陣に得点を許さず(2失点はセイフティによる失点)[9]新スタジアムでのプレイオフ初勝利チームとなり、続くディビジョナルプレーオフではシーズン15勝1敗で前年スーパーボウルの覇者グリーンベイ・パッカーズを敵地で37-20と下し、勝ち上がる。そして雨天のNFCチャンピオンシップゲームにてサンフランシスコ・49ersとの延長戦を制して(20-17 OT)、4年前を彷彿とさせる快進撃で第46回スーパーボウルに駒を進めた。奇しくも4年前と同じ組み合わせとなった第46回スーパーボウルでは第1Qにセイフティと1TDで9-0とリード、第2Qに逆転TDパスを決められリードを許したが、第4Qに逆転し、ニューイングランド・ペイトリオッツを21-17で撃破、4度目のスーパーボウル王者に輝いた。MVPにはイーライ・マニングが4年前に続いて選ばれた。

2010年代に活躍したQBのイーライ・マニング

2012年はシーズン前半を6勝2敗で折り返したものの、11月に入ると攻撃、守備ともに調子を落とし3勝5敗。特に12月の最終盤においては、第13週のワシントン・レッドスキンズとの同地区対決に敗れ[10]、第15週のアトランタ・ファルコンズ戦は無得点で敗戦するなど[11]、完全に失速。最終成績は9勝7敗だったが地区優勝はレッドスキンズにさらわれ、ワイルドカードによるプレイオフ出場も逃した。2011年に16.5サックを挙げ躍進したディフェンスエンドのジェイソン・ピエールポールは、このシーズンは6.5サックに終わった[12]。

2013年から2015年シーズンは3年連続で負け越しに終わった。低調なチーム状態の中、2014年シーズンから加入したWRオデル・ベッカム・ジュニアが2014年11月23日のダラス・カウボーイズ戦でワンハンド・キャッチ・タッチダウンを決め[13]年間成績でも2シーズンで約2800ヤード、25TDを稼ぐなど気を吐いた。 2015年シーズンをもってコフリンHCは辞任[14]。オフェンスコーディネーターを務めていたベン・マカドゥーが後任として昇格した[15]。ベン・マカドゥーHCの下、2016年はワイルドカードでプレーオフ進出を果たしたが初戦で敗退。

2017年から:低迷再び

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2017年はNFC最下位に沈み、シーズン途中でヘッドコーチとGMが辞任する事態となった。デーブ・ジェトルマンがGMとして採用された。HCには今季ミネソタ・バイキングスのOC(オフェンシブ・コーディネーター)を務め、かつてはクリーブランド・ブラウンズのHCを務めたパット・シューマーが就任した。

2018年も地区最下位となった。

2019年のドラフト全体6位でQBダニエル・ジョーンズを指名した。この年は地区最下位は脱したもののプレーオフは逃し、シューマーは解雇された。ニューイングランド・ペイトリオッツのスペシャルチーム・コーディネーターのジョー・ジャッジが後任となった。OCには前ダラス・カウボーイズHCのジェイソン・ギャレットが就任した。シーズン後、先発出場の激減したイーライ・マニングは引退を表明した。

2020年シーズンは新型コロナウイルス感染症流行のため、全ホーム試合を無観客とした。地区の全チームが勝率5割を切る中、6勝10敗で地区2位となりプレーオフを逃した。

2021年シーズンは地区最下位となりプレーオフを逃した。シーズン終了直後、GMのジェトルマンは引退した。HCのジャッジ、OCのギャレットはともに解雇された。GMの後任には、バッファロー・ビルズのアシスタントGMであったジョー・ショーンが就任した。HCの後任にはバッファロー・ビルズのOCだったブライアン・ダボールが就任した。

2022年、QBダニエル・ジョーンズを先発QBに固定し、9勝7敗1分けで地区3位となるもワイルドカードとして6年ぶりのプレーオフ出場を果たした。プレーオフ初戦ではミネソタ・バイキングスを破ったがディビジョナルラウンドではイーグルスに敗れた。

2023年、同地区のライバルであるイーグルスおよびカウボーイズが好調な一方で、シーズン途中でジョーンズと2番手のQBタイロッド・テイラーがともに負傷してチームは精彩を欠いた。途中からはドラフト外ルーキーのトミー・デヴィートを先発QBとした。第16週にプレーオフを逃すことが決定した。

2024年も序盤から低迷し、ジョーンズは第10週の試合を最後に正QBの座を剥奪され[16]、そのままチームを去った[17]。3勝にとどまり地区最下位およびカンファレンス最下位でプレーオフを逃した。

2025年は当初新加入のラッセル・ウィルソンを先発QBとしたが0勝3敗と低迷し、4試合目からはルーキーのジャクソン・ダートを先発QBとした。2勝8敗でプレーオフ進出が絶望的になった11月10日、HCブライアン・ダボールを解雇し、OCマイク・カフカを暫定HCとした[18]。2勝10敗となりNFL32チーム中最速でプレーオフの望みが消え、DCを解任した。2026年1月17日、ボルティモア・レイブンズから解雇されたばかりのジョン・ハーボーをHCとした[19]。

2026年は第2週でエースQBのジャクソン・ダートが膝を負傷して残りシーズンを欠場するという不運に恵まれた。

2026年シーズン

ジャイアンツ の当年及び近年のシーズン成績
年成績Con地区勝敗分率地区ConSOSSOV平均得点平均失点
2026 3位1位311.7001-0-12-1-1.260.20021.821.2
2025 レギュラーシーズン敗退15位4位4130.2352-42-10.524.47822.425.8
2024 レギュラーシーズン敗退16位4位3140.1760-61-11.554.41216.124.4
2023 レギュラーシーズン敗退13位3位6110.3533-35-7.512.35315.623.9
2022 ディビジョナル敗退6位3位971.5591-4-14-7-1.526.39521.521.8
2021 レギュラーシーズン敗退15位4位4130.2351-53-9.536.48515.224.5
2020 レギュラーシーズン敗退11位2位6100.3754-25-7.502.42717.522.3
2019 レギュラーシーズン敗退14位3位4120.2502-43-9.473.28121.328.2
2018 レギュラーシーズン敗退13位4位5110.3121-54-8.527.48823.125.8
2017 レギュラーシーズン敗退16位4位3130.1881-51-11.531.45815.424.2
2016 ワイルドカード敗退5位2位1150.6884-28-4.486.45519.417.8
2026年シーズンのジャイアンツの対戦相手
AFCNFC
前年西地区南地区北地区東地区西地区南地区北地区東地区
1位 ブロンコス ジャガーズ スティーラーズ ペイトリオッツ シーホークス バッカニアーズ ベアーズ イーグルス
2位 チャージャーズ テキサンズ レイブンズ ビルズ ラムズ ファルコンズ パッカーズ カウボーイズ
3位 チーフス コルツ ベンガルズ ドルフィンズ 49ers パンサーズ バイキングス コマンダース
4位 レイダース タイタンズ ブラウンズ ジェッツ カージナルス セインツ ライオンズ ジャイアンツ

 :1度対戦  :2度対戦

ニューヨーク・ジャイアンツ 2026
週米国日本対戦相手スコア勝敗開催地備考
19/13(日)9/14(月)ダラス・カウボーイズ (0-1)28-201-0メットライフ・スタジアムR
29/21(月)9/22(火)@ロサンゼルス・ラムズ (1-1)6-281-1SoFiスタジアムR
39/27(日)9/28(月)テネシー・タイタンズ (0-3)12-72-1メットライフ・スタジアムR
410/4(日)10/5(月)アリゾナ・カージナルス (1-3)36-243-1メットライフ・スタジアムR
510/11(日)10/12(月)@ワシントン・コマンダース (1-3-1)27(OT)273-1-1ノースウェスト・スタジアムR
610/18(日)10/19(月)ニューオーリンズ・セインツ (1-4)メットライフ・スタジアム
710/25(日)10/26(月)@ヒューストン・テキサンズ (1-4)リライアント・スタジアム
8Bye Week
911/8(日)11/9(月)@フィラデルフィア・イーグルス (2-3)リンカーン・フィナンシャル・フィールド
1011/12(木)11/13(金)ワシントン・コマンダース (1-3-1)メットライフ・スタジアム
1111/22(日)11/23(月)ジャクソンビル・ジャガーズ (4-1)メットライフ・スタジアム
1211/29(日)11/30(月)@インディアナポリス・コルツ (2-3)ルーカス・オイル・スタジアム
1312/6(日)12/7(月)サンフランシスコ・49ers (5-0)メットライフ・スタジアム
1412/13(日)12/14(月)@シアトル・シーホークス (3-2)ルーメン・フィールド
1512/20(日)12/21(月)クリーブランド・ブラウンズ (3-2)メットライフ・スタジアム
1612/28(月)12/29(火)@デトロイト・ライオンズ (3-2)フォード・フィールド
171/3(日)1/4(月)@ダラス・カウボーイズ (2-3)AT&Tスタジアム
18フィラデルフィア・イーグルス (2-3)メットライフ・スタジアム
NFC東地区 2026
チーム勝敗分勝率DIVCON総得点総失点平均得点平均失点SOVSOS残残SOS
ニューヨーク・ジャイアンツ311.7001-0-12-1-110910621.821.2.200.26012.492
フィラデルフィア・イーグルス230.4001-01-29211218.422.4.150.42012.500
ダラス・カウボーイズ230.4001-11-213813627.627.2.250.44012.483
ワシントン・コマンダース131.3000-2-11-2-111514923.029.8.600.50012.508
タイブレーク
・ カウボーイズ・イーグルス:地区内勝率によりイーグルスが上位
NFC 2026
順位チーム地区勝敗分勝率DIVCONSOVSOS残残SOS
地区1位
1サンフランシスコ・49ers西5001.0003-03-0.360.36012.492
2ミネソタ・バイキングス北5001.0002-04-0.320.32012.568
3ニューヨーク・ジャイアンツ東311.7001-0-12-1-1.200.26012.492
4カロライナ・パンサーズ南220.5001-02-1.500.55013.492
ワイルドカード
5グリーンベイ・パッカーズ北320.6001-12-2.400.52012.492
6デトロイト・ライオンズ北320.6000-02-1.267.41712.525
7シカゴ・ベアーズ北320.6000-22-2.429.58312.533
8シアトル・シーホークス西320.6001-11-2.267.42012.560
9ロサンゼルス・ラムズ西230.4000-12-1.550.70012.466
10アトランタ・ファルコンズ南230.4001-12-1.400.54212.560
11フィラデルフィア・イーグルス東230.4001-01-2.150.42012.500
12ダラス・カウボーイズ東230.4001-11-2.250.44012.483
13ワシントン・コマンダース東131.3000-2-11-2-1.600.50012.508
14タンパベイ・バッカニアーズ南140.2000-01-2.400.64012.431
15ニューオーリンズ・セインツ南140.2000-10-3.800.68012.474
16アリゾナ・カージナルス西140.2000-20-4.000.58012.517
凡例
数字 - シード順確定
y - 地区優勝
x - プレイオフ確定
w - ワイルドカード確定
暗転 - レギュラーシーズン敗退
タイブレーク
49ers・バイキングス:勝利相手の勝率(SOV)により49ersが上位
ベアーズ・ライオンズ・パッカーズ(同地区):地区内勝率によりパッカーズが上位
ベアーズ・ライオンズ(同地区):地区内勝率によりライオンズが上位
シーホークス・パッカーズ:カンファレンス内勝率によりパッカーズが上位
シーホークス・ライオンズ:カンファレンス内勝率によりライオンズが上位
シーホークス・ベアーズ:カンファレンス内勝率によりベアーズが上位
カウボーイズ・イーグルス(同地区):地区内勝率によりイーグルスが上位
ラムズ・イーグルス・ファルコンズ:カンファレンス内勝率によりラムズ、ファルコンズが上位
ラムズ・ファルコンズ:勝利相手の勝率(SOV)によりラムズが上位
ファルコンズ・イーグルス:カンファレンス内勝率によりファルコンズが上位
セインツ・バッカニアーズ(同地区):地区内勝率によりバッカニアーズが上位
カージナルス・バッカニアーズ:カンファレンス内勝率によりバッカニアーズが上位
カージナルス・セインツ:勝利相手の勝率(SOV)によりセインツが上位

成績

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NFC東地区(4地区制、2002年-現在)

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年度地区優勝2位3位4位
チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
2025 PHI(3w)1160 DAL791 WAS5120 NYG4130
2024 PHI(2v)1430 WAS(6c)1250 DAL7100 NYG3140
2023 DAL(2w)1250 PHI(5w)1160 NYG6110 WAS4130
2022 PHI(1s)1430 DAL(5d)1250 NYG(6d)971 WAS881
2021 DAL(3w)1250 PHI(7w)980 WAS7100 NYG4130
2020 WAS(4w)790 NYG6100 DAL6100 PHI4111
2019 PHI(4w)970 DAL880 NYG4120 WAS3130
2018 DAL(4d)1060 PHI(6d)970 WAS790 NYG5110
2017 PHI(1v)1330 DAL970 WAS790 NYG3130
2016 DAL(1d)1330 NYG(5w)1150 WAS880 PHI790
2015 WAS(4w)970 PHI790 NYG6100 DAL4120
2014 DAL(3d)1240 PHI1060 NYG6100 WAS4120
2013 PHI(3w)1060 DAL880 NYG790 WAS3130
2012 WAS(4w)1060 NYG970 DAL880 PHI4120
2011 NYG(4v)970 PHI880 DAL880 WAS5110
2010 PHI(3w)1060 NYG1060 DAL6100 WAS6100
2009 DAL(3d)1150 PHI(6w)1150 NYG880 WAS4120
2008 NYG(1d)1240 PHI(6c)961 DAL970 WAS880
2007 DAL(1d)1330 NYG(5v)1060 WAS(6w)970 PHI880
2006 PHI(3d)1060 DAL(5w)970 NYG(6w)880 WAS5110
2005 NYG(4w)1150 WAS(6d)1060 DAL970 PHI6100
2004 PHI(1s)1330 NYG6100 DAL6100 WAS6100
2003 PHI(1c)1240 DAL(6w)1060 WAS5110 NYG4120
2002 PHI(1c)1240 NYG(5w)1060 WAS790 DAL5110

NFC東地区(3地区制、1970年-2001年)

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年度地区優勝2位3位4位5位
チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
2001 PHI(3c)1150 WAS880 NYG790 ARI790 DAL5110
2000 NYG(1s)1240 PHI(4d)1150 WAS880 DAL5110 ARI3130
1999 WAS(3d)1060 DAL(5w)880 NYG790 ARI6100 PHI5110
1998 DAL(3w)1060 ARI(6d)970 NYG880 WAS6100 PHI3130
1997 NYG(3w)1051 WAS871 PHI691 DAL6100 ARI4120
1996 DAL(3d)1060 PHI(5w)1060 WAS970 ARI790 NYG6100
1995 DAL(1v)1240 PHI(4d)1060 WAS6100 NYG5110 ARI4120
1994 DAL(2c)1240 NYG970 ARI880 PHI790 WAS3130
1993 DAL(1v)1240 NYG(4d)1150 PHI880 PHO790 WAS4120
1992 DAL(2v)1330 PHI(5d)1150 WAS(6d)970 NYG6100 PHO4120
1991 WAS(1v)1420 DAL(5d)1150 PHI1060 NYG880 PHO4120
1990 NYG(2v)1330 PHI(4w)1060 WAS(5d)1060 DAL790 PHO5110
1989 NYG(2d)1240 PHI(4w)1150 WAS1060 PHO5110 DAL1150
1988 PHI(3d)1060 NYG1060 WAS790 PHO790 DAL3130
1987 WAS(3v)1140 DAL780 StL780 PHI780 NYG690
1986 NYG(1v)1420 WAS(4c)1240 DAL790 PHI5101 StL4111
1985 DAL(3d)1060 NYG(4d)1060 WAS1060 PHI790 StL5110
1984 WAS(2d)1150 NYG(5d)970 StL970 DAL970 PHI691
1983 WAS(1s)1420 DAL(4w)1240 StL871 PHI5110 NYG3121
1982 WAS(1v)810 DAL(2c)630 StL(6w)531 NYG450 PHI360
1981 DAL(2c)1240 PHI(4w)1060 NYG(5d)970 WAS880 StL790
1980 PHI(2s)1240 DAL(4c)1240 WAS6100 StL5110 NYG4120
1979 DAL(1d)1150 PHI(4d)1150 WAS1060 NYG6100 StL5110
1978 DAL(2s)1240 PHI(5w)970 WAS880 StL6100 NYG6100
1977 DAL(1v)1220 WAS950 StL770 PHI590 NYG590
1976 DAL(2d)1130 WAS(4d)1040 StL1040 PHI4100 NYG3110
1975 StL(3d)1130 DAL(4s)1040 WAS860 NYG590 PHI4100
1974 StL(d)1040 WAS(d)1040 DAL860 PHI770 NYG2120
1973 DAL(c)1040 WAS(d)1040 PHI581 StL491 NYG2111
1972 WAS(s)1130 DAL(c)1040 NYG860 PHI491 StL2111
1971 DAL(v)1130 WAS(d)941 PHI671 StL491 NYG4100
1970 DAL(s)1040 NYG950 StL851 WAS680 PHI3101

NFL東カンファレンス・センチュリー地区(1969年)

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年地区優勝2位3位4位
チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
1969 CLE(n)1031 NY680 StL491 PIT1130

NFL東カンファレンス・キャピトル地区(1968年)

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年地区優勝2位3位4位
チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
1968 DAL(c)1220 NY770 WAS590 PHI2120

NFL東カンファレンス・センチュリー地区(1967年)

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年地区優勝2位3位4位
チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
1967 CLE(c)950 NY770 StL671 PIT491

NFL東カンファレンス(1953年-1966年)

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年優勝2位3位4位5位6位7位8位
チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
1966 DAL(n)1031 CLE950 PHI950 StL851 WAS770 PIT581 ATL3110 NY1121
スーパーボウル開始
1965 CLE(n)1130 DAL770 NY770 WAS680 PHI590 StL590 PIT2120
1964 CLE(v)1130 StL932 PHI680 WAS680 DAL581 PIT590 NY2102
1963 NY(n)1130 CLE1040 StL950 PIT743 DAL4100 WAS3110 PHI2102
1962 NY(n)1220 PIT950 CLE761 WAS572 DAL581 StL491 PHI3101
1961 NY(n)1031 PHI1040 CLE851 StL770 PIT680 DAL491 WAS1121
1960 PHI(v)1020 CLE831 NY642 StL651 PIT561 WAS192
1959 NY(n)1020 CLE750 PHI750 PIT561 WAS192 CHC2100
1958 NY(n)930 CLE930 PIT741 WAS471 CHC291 PHI291
1957 CLE(n)921 NY750 PIT660 WAS561 PHI480 CHC390
1956 NY(v)831 CHC750 WAS660 CLE570 PIT570 PHI381
1955 CLE(v)921 WAS840 NY651 CHC471 PHI471 PIT480
1954 CLE(v)930 PHI741 NY750 PIT570 WAS390 CHC2100
1953 CLE(n)1110 PHI741 WAS651 PIT660 NY390 CHC1101

NFLアメリカン・カンファレンス(1950年-1952年)

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年優勝2位3位4位5位6位
チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
1952 CLE(n)840 NY750 PHI750 PIT570 CHC480 WAS480
1951 CLE(n)1110 NYG921 WAS570 PIT471 PHI480 CHC390
1950 CLE(v)102x NYG102x PHI66x PIT66x CHC57x WAS39x

NFL東地区(1933年-1949年)

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年優勝2位3位4位5位
チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分チーム勝負分
1949 PHI(v)1110 PIT651 NYG660 WAS471 NYB1101
1948 PHI(v)921 WAS750 NY480 PIT480 BOS390
1947 PHI(n)840 PIT840 BOS471 WAS480 NY282
1946 NY(n)731 PHI650 WAS551 PIT551 BOS281
1945 WAS(n)820 PHI730 NY361 BOS361 PIT280
1944 WAS(n)631 NY631 PHI730 BOS281 BK0100
1943 WAS(n)631 NY631 Phil-Pitt541 BK280
1942 WAS(v)1010 PIT740 NY551 BK380 PHI290
1941 NY(n)830 BK740 WAS650 PHI281 PIT191
1940 WAS(n)920 NY830 BK641 PIT272 PHI1100
1939 NY(n)911 WAS821 BK461 PHI191 PIT191
1938 NY(v)821 WAS632 BK443 PHI560 PIT290
1937 WAS(v)830 NY632 PIT470 BK371 PHI281
1936 BOS(n)750 PIT660 NY561 BK381 PHI1110
1935 NY(n)930 BK561 PIT480 BOS281 PHI290
1934 NY(v)850 BOS660 BK470 PHI470 PIT2100
1933 NY(n)1130 BK541 BOS552 PHI351 PIT362

NFL(1925年-1932年)

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年チ
|
ム
数
順
位
チーム勝負分順
位
チーム勝負分順
位
チーム勝負分順
位
チーム勝負分順
位
チーム勝負分順
位
チーム勝負分
1932 8 1 CHB716 2 GB1031 3 POR624 4 BOS442 5 NY462 7 CHC262
1931 10 1 GB1220 2 POR1130 3 CHB850 4 CHC540 5 NY761
1930 11 1 GB1031 2 NY1340 3 CHB941 7 CHC562 8 POR563
1929 12 1 GB1201 2 NY1311 4 CHC661 9 CHB492
1928 10 4 GB643 5 CHB751 6 NYG472 9 CHC150
1927 12 1 NYG1111 2 GB721 3 CHB932 9 CHC371
1926 22 2 CHB1213 5 GB733 6 NY841 10 CHC561
1925 20 1 CHC1121 4 NY840 7 CHB953 9 GB850

主な選手

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現役選手

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永久欠番

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ニューヨーク・ジャイアンツ 永久欠番一覧
背番号 選手 ポジション 在籍期間
1レイ・フラハーティRay FlahertyE1928–1935
4タフィ・リーマンズTuffy LeemansRB1936–1943
7メル・ハインMel HeinLB1931–1945
10イーライ・マニングEli ManningQB2004–2019
11フィル・シムズPhil SimmsQB1979–1993
14ウォード・カフWard CuffHB, WB1937–1945
14Y・A・ティトルY. A. TittleQB1961–1964
16フランク・ギフォードFrank GiffordWR1952–1964
32アル・ブロジスAl BlozisOT1942–1944
40ジョー・モリソンJoe MorrisonRB, WR1959–1972
42チャーリー・コナーリーCharlie ConerlyQB1948–1961
50ケン・ストロングKen StrongHB1933–1947
56ローレンス・テイラーLawrence TaylorLB1981–1993
92マイケル・ストレイハンMichael StrahanDE1993–2007

プロフットボール殿堂入り

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プロフットボール殿堂入りメンバー一覧
選手
背番号名前ポジション在籍期間選出年
31ジム・ソープJim ThorpeRB, DB19251963
55ピート・ヘンリーPete HenryOT19271963
7メル・ハインMel HeinC1931–19451963
38アーニー・ハーバーArnie HerberQB1944–19451963
55スティーブ・オーウェンSteve OwenT1926–19331966
-ヘッドコーチ1930–1953
41, 60カル・ハバードCal HubbardT1927–1928, 19361966
50ケン・ストロングKen StrongHB, FB, K1933–1935, 1939, 1944–19471967
45エムレン・タネルEmlen TunnellDB1948–19581967
13ヒュー・マケルヘニーHugh McElhennyRB19631970
81アンディ・ロブステリAndy RobustelliDE1956–19641971
14Y・A・ティトルY. A. TittleQB1961–19641971
79ロジー・ブラウンRosey BrownT1953–19651975
1レイ・フラハーティRay FlahertyE1928–19351976
16フランク・ギフォードFrank GiffordHB1952–1960, 1962–19641977
11ジョー・ギュヨンJoe GuyonRB19271978
17レッド・バジロRed BadgroTE, DE1930–19351981
49トム・ランドリーTom LandryDB, P1950–19551982
70サム・ハフSam HuffLB1956–19631982
73アーニー・ウェインメイスターArnie WeinmeisterDE1950–19531984
10フラン・ターケントンFran TarkentonQB1967–19711986
13ドン・メイナードDon MaynardWR19581987
39ラリー・ゾンカLarry CsonkaFB1976–19781987
4タフィ・リーマンズTuffy LeemansFB1936–19431990
56ローレンス・テイラーLawrence TaylorLB1981–19931999
6ベニー・フリードマンBenny FriedmanQB1929–19312005
-ヘッドコーチ1930
53ハリー・カーソンHarry CarsonLB1976–19882006
92マイケル・ストレイハンMichael StrahanDE1993–20072014
8モーテン・アンダーセンMorten AndersenK20012017
コーチ・エグゼクティブ
名前役職在籍期間選出年
ティム・マーラTim Maraオーナー、創設者1925–19591963
ウェリントン・マーラWellington Maraオーナー、管理者1937–20051997
ビル・パーセルズBill Parcellsヘッドコーチ1983–19902013
ジョージ・ヤングGeorge Youngエグゼクティブ1979–19972020

リング・オブ・オナー

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歴代ヘッドコーチ

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脚注

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  1. ↑ “Hoovers.com Company Profile”. Hoovers.com. 2008年10月28日閲覧。
  2. ↑ “リーグ史上に残るオーバータイム名勝負トップ5”. NFL JAPAN (2011年7月19日). 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月2日閲覧。
  3. ↑ “The worst football deadline trades of all time”. helium.com. 2010年2月7日閲覧。
  4. ↑ Dan Trammel. “The worst football deadline trades of all time”. helium.com. 2010年2月7日閲覧。
  5. ↑ “NFL.com story”. nfl.com. 2010年2月7日閲覧。
  6. ↑ “7分半で21点差逆転、決勝リターンTDのジャクソンも「まさか」”. NFL JAPAN (2010年12月20日). 2012年1月21日閲覧。
  7. ↑ “ジャイアンツ、快進撃の秘訣はクロスワードゲーム?”. NFL JAPAN (2012年2月3日). 2012年2月6日閲覧。
  8. ↑ “QBマニング活躍、ジャイアンツが地区優勝達成”. NFL JAPAN (2012年1月2日). 2012年1月21日閲覧。
  9. ↑ “攻守に隙なし、ジャイアンツがファルコンズ圧倒”. NFL JAPAN (2012年1月9日). 2012年1月21日閲覧。
  10. ↑ “日程・スコア”. 2013年12月1日閲覧。
  11. ↑ “日程・スコア”. 2013年12月1日閲覧。
  12. ↑ “チーム|選手プロフィール”. 2013年12月1日閲覧。
  13. ↑ “ワンハンドキャッチのWRベッカム、「史上最高でないことを願う」”. NFL JAPAN (2014年11月25日). 2016年2月1日閲覧。
  14. ↑ “NFL リーグ最年長、ジャイアンツのコフリン監督が辞任”. ロイター (2016年1月5日). 2016年2月1日閲覧。
  15. ↑ “ジャイアンツ、38歳マカドゥーOCが新HCに昇格”. NFL JAPAN (2016年1月14日). 2016年2月1日閲覧。
  16. ↑ “2勝8敗のジャイアンツがQBジョーンズをベンチへ、次戦はQBデヴィートが先発”. NFL JAPAN (2024年11月19日). 2024年12月29日閲覧。
  17. ↑ “ジャイアンツがQBダニエル・ジョーンズを放出”. NFL JAPAN (2024年11月23日). 2024年12月29日閲覧。
  18. ↑ “2勝8敗のジャイアンツが就任4年目のダボールHCを解任”. 2025年11月11日閲覧。
  19. ↑ “New York Giants hire John Harbaugh as head coach”. 2026年1月18日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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