アレクサンダー・ウスティノフ

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アレクサンダー・ウスティノフ
基本情報
本名 アレクサンドル・ウスティノフ
通称 The Great
Russian Big Bear(ロシアン・ビッグベアー)
階級 ヘビー級
身長 198cm
国籍 ベラルーシの旗 ベラルーシ
誕生日 1976年12月7日(37歳)
出身地 ロシアの旗 ロシア
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 29
勝ち 28
KO勝ち 21
敗け 1
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アレクサンダー・ウスティノフAlexander Ustinov、男性、1976年12月7日 - )は、現プロボクサー、元キックボクサーロシア国籍のベラルーシ人。身長198cm、体重135kg。元チヌックジム所属、現在はK2プロモーション所属。アレクサンデル・ユスティノフとも表記される。

Russian Big Bear(ロシアン・ビッグ・ベアー)」の異名通りの2m近い巨体と、フィジカルを活かしたアグレッシブなファイトスタイルで、K-1キックボクシングムエタイのタイトルを数多く獲得している。K-1 WORLD GP王者を目指していたが、不可解な本戦への選手選抜基準に苦しめられた上に、プロモーターと対立したため、2005年以降はK-1本戦のリングに上がることはできなかった。

そのため、K-1参戦を断念し、2008年からビタリ・クリチコウラジミール・クリチコらが所属するK2プロモーションと契約し本格的にボクシングへ転向。ボクシングでも好成績を記録しており、メジャー団体の世界ランキングでも上位にランクされている。

人物[編集]

  • 格闘技を始める以前はロシア内務省の特殊部隊「OMON」に所属していた過去を持つ。
  • OMONの一員として実際に紛争地帯チェチェンへ赴き、コムソモリスク村の解放、グロズヌイへの攻撃、セルギー商工地区とポドリスクの救助作戦等を行った。
  • チェチェンでの武勲に対して、国家から「敢」勲章と「祖国に対する功績への」2等級のメダルを受け取る名誉を得るが、本人は「チェチェンでの戦闘で失った多くの仲間や戦争で失った友人のことを思うと、こんな賞は無ければ良いのです」と述べ、インタビュー等でもこの過去に触れられることをあまり好まない。
  • 24歳の時にベラルーシ人のVladimir Zadiranと出会いムエタイを始めたが、Zadiran以外のトレーナーはウスティノフを見て「彼には才能がない。モノにならない」といって相手をしなかったという。だが、ウスティノフは2年後にムエタイの世界タイトルを獲得することになる。ちなみにウスティノフは現在でもZadiranと行動を共にしている。
  • チヌックジム時代の同門で友人のアレクセイ・イグナショフと同じく芸術に興味があり、いつも海外に試合に行くとその国の有名な劇をトレーナーと共に見に行くという一面もある。また、同じくチヌックジム時代に同門だったザビット・サメドフセルゲイ・グールらとも友人であり、現在も共にトレーニングすることがある。
  • インタビューで化学薬品ドーピングの摂取について質問され、「私が今までに行ったドーピングは牛乳とクリームだけです」と冗談を言った。

エピソード[編集]

  • 2005年4月に行われたK-1イタリア予選を制したが、本戦への出場機会は与えられなかった。そればかりか同予選でウスティノフに敗れ準優勝だったフレディ・ケマイヨがパリ大会とラスベガス大会という2つの本戦にエントリーされるという不可解な事態が発生した。ちなみにこの年は、スカンジナビア予選を制したビヨン・ブレギーやパリ予選大会を制したクリスチャン・ヌカヌカといった予選優勝者達もウスティノフ同様に本戦への出場機会は与えられず、多くのファンが首を傾げた。
  • 2006年1月に行われたK-1フランス予選を制し、さらに4月には同年のK-1本戦トーナメントであるオセアニアGP王者のポール・スロウィンスキーと対戦しKO勝利を収めたが、なぜか本戦への出場機会は与えられなかった。この事実を知ったファン達により2006年のファン投票では8位に入ったが、翌2007年もK-1からのオファーは無かった。
  • キックボクサー時代にプロモーターと対立してK-1に出られなくなった苦い経験を踏まえて、ボクシング転向の際には慎重にプロモーターを選んだ。Arena Box PromotionのAhmet Onerから強引に契約を持ちかけられたが、それを拒否してK2プロモーションとの契約に至った[1]
  • 2006年1月20日から2007年4月14日までの間に、何と「15か月間で18試合」という連戦(K-1ルールの試合からわずか数週間後にボクシングルールの試合をしたこともあった)を戦い抜き、17勝無敗1無効試合という素晴らしい戦績を残した。
  • 2008年1月に、WBA次期挑戦者決定戦を控えていたセルゲイ・リャコビッチのスパーリング・パートナーをウスティノフが務めた際に、試合直前のスパーで流し、調整していたリャコビッチ相手とはいえ、優勢に進めたことがある[2]
  • 同じK2プロモーションと契約するビタリ・クリチコはウスティノフのボクサーとしての才能を高く評価しており「僕はウスティノフが将来ボクシング世界王者になると信じているよ」とまで発言している[3]

戦績[編集]

プロボクシング[編集]

プロボクシング 戦績
29 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
28 21 7 0 0 0
1 1 0 0


日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2005年5月13日 2R TKO Oleg Tsukanov ベラルーシの旗 ベラルーシ プロデビュー戦
2 2005年5月20日 6R TKO Oleg Romanov ベラルーシの旗 ベラルーシ
3 2006年10月17日 3R TKO Richard Raskievic ポーランドの旗 ポーランド
4 2006年12月25日 1R TKO Valery Meyerson ベラルーシの旗 ベラルーシ
5 2007年2月10日 2R TKO Ergin Solmaz トルコの旗 トルコ
6 2007年3月24日 5R TKO Alexander Mileiko ウクライナの旗 ウクライナ
7 2007年7月6日 1R TKO Vitaly Shkraba ベラルーシの旗 ベラルーシ ドイツインターナショナルヘビー級王座決定戦
8 2008年2月23日 1R TKO Earl Ladson アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
9 2008年4月19日 8R 判定3-0 Sedreck Fields アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
10 2008年5月17日 8R 判定3-0 Rudolf Abramyan ロシアの旗 ロシア
11 2008年7月12日 2R KO Hans-Joerg Blasko ドイツの旗 ドイツ
12 2008年8月22日 2R KO Daniel Bispo ブラジルの旗 ブラジル
13 2008年10月11日 1R KO ジュリアス・ロング アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
14 2009年2月26日 5R TKO Maksym Pedyura ウクライナの旗 ウクライナ EBA欧州ヘビー級王座決定戦
15 2009年3月21日 2R TKO Byron Polley アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
16 2009年6月20日 10R 判定3-0 マイケル・スプロット イギリスの旗 イギリス
17 2009年8月15日 4R TKO Talgat Dosanov カザフスタンの旗 カザフスタン
18 2009年10月21日 3R TKO Andrei Kindrich ウクライナの旗 ウクライナ
19 2009年12月12日 12R 判定3-0 モンテ・バレット アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBAインターナショナル・ヘビー級王座防衛戦
20 2010年3月20日 3R TKO Ed Mahone アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
21 2010年6月26日 12R 判定3-0 パオロ・ヴィドス イタリアの旗 イタリア EBA欧州ヘビー級王座防衛戦
22 2010年10月16日 2R TKO Oezcan Cetinkaya トルコの旗 トルコ
23 2011年5月28日 1R TKO Guido Santana ボリビアの旗 ボリビア
24 2011年7月30日 2R TKO Akmal Aslanov ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン
25 2011年10月22日 12R 判定3-0 Denis Bakhtov ロシアの旗 ロシア EBA欧州ヘビー級王座防衛戦
26 2012年3月3日 3R TKO カートソン・マンスウェル トリニダード・トバゴの旗 トリニダード・トバゴ
27 2012年4月26日 7R TKO Jason Gavern アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBOインターコンチネンタルヘビー級王座決定戦
28 2012年9月29日 11R KO Kubrat Pulev ブルガリアの旗 ブルガリア IBF指名挑戦者決定戦
29 2013年4月20日 8R 判定3-0 イベカ・ペルコビッチ クロアチアの旗 クロアチア

プロキックボクシング[編集]

キックボクシング 戦績
64試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
52 30 21 1 1 1
9 1 8 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ジャビット・バイラミ 3R終了 判定3-0 Battle of Champions, Moscow 2007年11月30日
マット・サモア 1R 1:45 TKO Kings of Oceania April 2007 2007年4月14日
クリス・クリソポリディス 1R KO K-1 Oceania Round 3 2006年11月18日
ミルコ・ヴラホビッチ 2R KO Ichigeki Bulgaria 06 2006年10月28日
ロイド・ヴァン・ダム 5R終了 判定3-0 The Battle of Arnhem V 2006年10月8日
パヴェル・マイヤー 1R KO KB in Russia, Moscow 2006年9月30日
エヴジェニー・オルロフ 1R KO Belorechensk Fight Night 2 2006年8月23日
テオドール・サリエフ 5R終了 判定 Bangkok, IFMA, Amateur Muaythai World Championships, アマチュアムエタイ 2006年6月7日
セルゲイ・アルヒポフ 不明 Bangkok 2006年6月3日
ポール・スロウィンスキー 2R 2:55 KO(左ボディ) MARS WORLD FIGHTING GP in SEOUL 2006年4月29日
アルヴェン・ベリンスキー 5R終了 判定3-0 ブルガリアキック 2006年4月7日
ビヨン・ブレギー 2R 無効試合(ブレギーによる金的) K-1 SLOVAKIA GRAND PRIX 2006 - NOC kickboxing 2006年2月17日
ブリース・ギドン 1R 0:35 KO K-1 France Grand Prix 2006 in Marseilles
【決勝】
2006年1月20日
クリストファー・キャロン 2R TKO K-1 France Grand Prix 2006 in Marseilles
【準決勝】
2006年1月20日
アレクサンダー・ノボビッチ 3R終了 判定3-0 K-1 France Grand Prix 2006 in Marseilles
【1回戦】
2006年1月20日
アーシュイン・バルラック 3R終了 判定3-0 Fights at the Border IV
【決勝】
2005年12月10日
コース・ウェッセル 2R TKO Fights at the Border IV
【準決勝】
2005年12月10日
セバスチャン・ヴァン・シーレン 2R TKO Fights at the Border IV
【1回戦】
2005年12月10日
ブレクト・ウォリス 1R KO The Battle of Arnhem IV 2005年10月2日
イオヌット・イフティモアイエ 3R+延長1R終了 ドロー Local Kombat 16 2005年9月16日
× ルスラン・アヴァソフ 不明 Bishkek, kyrgyzstan, Stadium "Spartacus"
【決勝】
2005年6月7日
エドゥアルド・ボズノビッチ 不明 Bishkek, kyrgyzstan, Stadium "Spartacus"
【準決勝】
2005年6月7日
アンドレイ・ズラウコフ 不明 Bishkek, kyrgyzstan, Stadium "Spartacus"
【1回戦】
2005年6月7日
ムラデン・ブレストバッチ KO K-1 Slovakia 2005年5月6日
× エドゥアルド・ボズノビッチ 判定0-3 Arbat Fight Club, WBKF, Moscow
【1回戦】
2005年4月20日
フレディ・ケマイヨ 3R終了 判定3-0 K-1 Italy 2005 Oktagon
【決勝】
2005年4月16日
グレゴリー・トニー 3R終了 判定3-0 K-1 Italy 2005 Oktagon
【準決勝】
2005年4月16日
ビヨン・ブレギー 1R TKO(脛の負傷) K-1 Italy 2005 Oktagon
【1回戦】
2005年4月16日
× ブレクト・ウォリス 5R終了 判定 Total Kombat 3 2005年2月5日
パヴェル・マイヤー KO 不明 2004年12月
バルラック・デュスコ 4R TKO Local Kombat 9 2004年9月11日
ヤン"ザ・ジャイアント"ノルキヤ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2004 in LAS VEGAS
【1回戦】
2004年8月7日
ジェフ・フォード 1R KO Belarus vs USA, Minsk, Belarus 2004年7月1日
× ロイド・ヴァン・ダム 3R終了 判定1-2 Mugendo World Grand Prix
【準決勝】
2004年5月29日
モハメッド・フォウチ 2R KO Mugendo World Grand Prix
【1回戦】
2004年5月29日
アンドレイ・ズラウコフ 3R終了 判定3-0 K-1 POLAND 2004
【決勝】
2004年5月15日
セルゲイ・アルヒポフ 3R終了 判定3-0 K-1 POLAND 2004
【準決勝】
2004年5月15日
ミンダウガス・カリカウスカス 3R終了 判定3-0 K-1 POLAND 2004
【1回戦】
2004年5月15日
ポドリチャン・デニス 5R終了 判定 WSFC 8 - West Siberian Fighting Championship 8, ムエタイルール 2004年5月6日
オーレル・ボコシ 1R KO WKN EUROPEAN Title THAI BOXING, Daugavpils, Latvia 2004年5月2日
ルスラン・アヴァソフ 6R KO Tournament "Cup of Gold Bars" (over 91 kg)
【決勝】
2003年12月24日
ピーター・マエストロビッチ 3R 2:28 KO K-1 SPAIN 2003
【決勝】
2003年12月20日
ゲーリー・ターナー 3R終了 判定3-0 K-1 SPAIN 2003
【準決勝】
2003年12月20日
イベカ・ペルコビッチ 3R終了 判定3-0 K-1 SPAIN 2003
【1回戦】
2003年12月20日
アスラン・ハムザトフ 4R TKO BARS - BARS 2002年11月27日
アンドレイ・キルサノフ 5R終了 判定3-0 Tournament "Cup of Gold Bars" (over 91 kg)
【準決勝】
2003年10月29日
アンドレイ・リバルコ 3R終了 判定3-0 Tournament "Cup of Gold Bars" (over 91 kg)
【1回戦】
2003年10月29日
エヴジェニー・オルロフ 3R KO BARS - Cup of Arbat Final (+94 KG) 2003年2月19日
ルスラン・ビザエフ 4R TKO BARS - Cup of Arbat Final (+94 KG) 2003年2月12日
デビッド・シュベリデゼ 2R KO BARS - Cup of Arbat Final (+94 KG) 2003年2月5日
ルスラン・ビザエフ 判定3-0 BARS - Cup of Arbat Final (+94 KG) 2002年7月31日
スレン・カラヤン 2R KO BARS - Cup of Arbat Semifinals (+94 KG) 2002年7月24日
× セルゲイ・アルヒポフ 5R終了 判定 Tournament "Cup of Gold Bars" (over 91 kg)
【準決勝】
2003年7月2日
アンドレイ・キルサノフ 3R終了 判定 Tournament "Cup of Gold Bars" (over 91 kg)
【1回戦】
2003年7月2日
× アレクセイ・イグナショフ 3R終了 判定1-2 K-1 WORLD GP 2003 in PARIS
【準決勝】
2003年6月14日
グレゴリー・トニー 2R 2:40 KO(右ローキック) K-1 WORLD GP 2003 in PARIS
【1回戦】
2003年6月14日
アンドレイ・キルサノフ 3R 1:32 KO K-1 MOSCOW GRAND PRIX 2003
【決勝】
2003年5月28日
ルスラン・ビザエフ 2R 0:40 KO K-1 MOSCOW GRAND PRIX 2003
【準決勝】
2003年5月28日
アレクサンダー・マザロフ 2R 0:43 KO K-1 MOSCOW GRAND PRIX 2003
【1回戦】
2003年5月28日
エドゥアルド・ボズノビッチ 4R TKO IAMTF, Bangkok 2003年3月14日
エヴジェニー・オルロフ 3R KO BARS - Cup of Arbat Final (+94 KG) 2003年2月19日
ルスラン・ビザエフ 4R TKO BARS - Cup of Arbat Final (+94 KG) 2003年2月12日
デビッド・シュベリデゼ 2R KO BARS - Cup of Arbat Final (+94 KG) 2003年2月5日
アスラン・ハムザトフ 4R TKO BARS - BARS 2002年11月27日
ルスラン・ビザエフ 判定3-0 BARS - Cup of Arbat Final (+94 KG) 2002年7月31日
スレン・カラヤン 2R KO BARS - Cup of Arbat Semifinals (+94 KG) 2002年7月24日
× アンドレイ・キルサノフ 3R終了 判定0-3 K-1 UKRAINE GRAND PRIX 2002
【準決勝】
2002年5月4日
ジャロスラフ・ザボロトニー 3R終了 判定3-0 K-1 UKRAINE GRAND PRIX 2002
【1回戦】
2002年5月4日
× ロブ・ハネマン 3R終了 判定0-3 K-1 CZECH CHAMPIONSHIP TOURNAMENT 2001
【リザーブファイト】
2001年12月1日

総合格闘技[編集]

総合格闘技 戦績
1 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
0 0 0 0 0 0 0
1 0 0 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× Zubov Andrei 5分2R終了 判定0-3 Perm Regional MMA Federation - MMA Professional Cup 2007年11月23日

主な獲得タイトル[編集]

ボクシング[編集]

キックボクシング[編集]

  • WFCA世界ヘビー級王者 '06
  • K-1地区予選フランス大会 '06 優勝
  • Fights at the Border IV 優勝
  • WFCA世界ヘビー級王者 '05
  • K-1地区予選イタリア大会 '05 優勝
  • K-1地区予選ポーランド大会 '04 優勝
  • K-1地区予選スペイン大会 '04 優勝
  • WKBF Golden Panther Cup (+91kg) '03 優勝
  • K-1地区予選ロシア大会 '03 優勝

ムエタイ[編集]

  • IFMA世界スーパーヘビー級金メダル(2006年)
  • WKNヨーロッパムエタイ王者(2004年)
  • IAMTF世界アマチュアムエタイ王者(2003年)
  • IMTF世界ヘビー級王者(2003年)
  • IMTF欧州ヘビー級王者(2002年)
  • ベラルーシムエタイ王者(2002年)

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]