アル

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アル (Al、ar、Aru)には以下の用法がある。

アラブ系固有名詞におけるal[編集]

アラブ系固有名詞におけるアルの文法的働きと表記[編集]

ال(ʾal-, アル=)

アラビア語の定冠詞。英語の「the」に似た機能を持ち、家名部分やスポーツのチーム・クラブ名に集中的に現れる接頭辞。

特定の存在を指定する「その」「あの」、物質名などを示す総称、ファーストネームについて意味合いを強調するtheとは異なるニュアンスの使い方など固有名詞内で様々な役割[1]を果たしている。

人名のフルネームにおいては、

  • ファーストネームが限定名詞であることからそれを形容詞修飾する「~出身の」「~家の」「~学派の」といったバックグランドを示すラストネーム部分に文法上必要となる
  • 家名部分が先祖男性の職業名や通称であり定冠詞を必要とする

といった理由から英語のtheに相当するال(ʾal-, アル=)がラストネーム/ファミリーネーム(日本の家名、名字に相当)の先頭につけられている。出自を示す部分につく定冠詞アルはその人が男性であっても女性であっても変わらない。

英字ではal-◯◯、al◯◯、al ◯◯、Al-◯◯、Al◯◯、Al ◯◯などと色々な表記パターンが存在する。日本語ではアル=◯◯、アル・◯◯、アル◯◯というカタカナ表記になっている他、慣習上固有名詞から全部省き本体である◯◯部分のみ残す表記が広く行われている。

アラビア語の冠詞

創作や誤情報における実際のアラブ人名とは異なるアルの解釈[編集]

アラブ人名に含まれる「アル」については事実と異なる解説や用法がしばしば見られる。その代表例は以下の通りとなっている。

アルは「~さんちの息子、~家の息子」「~家の男児」:ゲーム作品等で見られる独自設定で、「アル◯◯」が「◯◯家の息子、◯◯さんちの息子」「◯◯家の男児」というのは現実のアラブ人名のルールではない。(実際のアラビア語では ابن(ʾibn, イブン, (~の)息子)を用いる。)「アラブ系家名の最初にアルがつくのは男性だけ」というのはこの独自設定から派生したもの。

アルは「~家」:アラビア半島諸国の王家であるサウード家サーニー家の家名のアラビア語名称「アール・サウード」「アール・サーニー」に含まれるアール(Al)はآل(ʾāl, アール, 家・一族)という別の名詞だが、日本語カタカナ表記がしばしば「アル」になることから定冠詞アルと混同されているケースも少なくない。

アルは「~出身の」「~家の」という意味:アルは英語の the に相当する部分で、人名の具体的な訳には表れない。~地方出身の、~家出身のという部分はラストネームの最後で表現され、例えば الحربي(al-Ḥarbī, アル=ハルビー, ハルブ族出身の)というラストネーム末尾の「ī(イー)」音が「~の、~出身の」を意味する文法的機能を持った箇所となっている。

アルがついた家名は王族・貴族・豪族のみ:上記の名詞 آل(ʾāl, アール, 家・一族)と混同されたもの。アラビア半島の首長家にこのアールがついているファミリーが複数あり、英字やカタカナでの表記がそっくりな定冠詞アルと間違われたため、単なる定冠詞由来の「アル=◯◯」が王族・名家のアラブ系キャラクターのファミリーネームとして設定されているケースが散見される。

アラブ人名の中でアルがついている部分は例外無く必ず家名:中世のアラブ人などではファーストネームにアルがついていることが少なくない。そのため中世アラブ人の名前をモチーフにしたキャラクター名に含まれるアルはファーストネーム由来のことも多い。

後継者のみ家名の前にアルがつき当主になるとアルが取れる:人名が限定された固有名詞であるために必要になる文法的な理由でついているため、後継者かどうかは一切関係なく定冠詞アルが必要となるような部分で義務的に付加されているのみである。

アル=◯◯のあだ名として「アル」で呼ぶ:アラビア語の定冠詞アルは本体である◯◯の語頭につく接頭辞であるため、アラブ圏では「アル=◯◯」というファーストネームや家名の人を「アルさん」と呼ぶ慣習は無く、◯◯部分の切り取りと変形を経て愛称が作られる[2]

実際の人名・固有名詞におけるアルの役割[編集]

サウジアラビア代表の一員として活躍した元サッカー選手・サッカー指導者。サーミーがファーストネーム。父方がサウジアラビア、母方がイエメン系[3]。ジャービルはアラブの男性名で、アル=ジャービル部分は定冠詞を含む家名部分で父(アブドゥッラー)や祖父(ムハンマド)の名前とは異なる人名がそのままラストネームとして使われているもの。フルネームの直訳は「(アル=)ジャービル(家の)サーミー」。日本では英語風発音に基づいたサミ・アル・ジャバーといったカタカナ表記も多用されている。
  • アッ=ダウサリー(アッ=ドーサリー)
サウジアラビアのサッカー選手に多いラストネーム。意味は「ダワースィル族出身の」で、ファーストネームを形容詞修飾しているため定冠詞アル+形容詞という構成になっている。そのためムハンマド・アッ=ダウサリー(アッ=ドーサリー)というフルネームの意味は「ダワースィル族出身のムハンマド」となるが、アッ=ダウサリー(アッ=ドーサリー)のみ使って諸外国におけるファミリーネームのように人物を指すことも広く行われている。日本で多いカタカナ表記はアル・ドサリ。
中世に活躍したとされるイスラーム神秘主義家・詩人。名前の直訳は「アディー族出身のラービア」。出自を示す形容詞アダウィーをファーストネームに合わせ女性形に変え、さらに定冠詞を添えた上で形容詞修飾しているもの。なおその人物が女性であっても、現代アラブ人名ではラストネーム部分の形容詞を女性形に変えることはしない。一般的な日本語表記は定冠詞を省いたラービア・アダウィーヤ。
シーア派第3代イマーム。日本では定冠詞アルを抜いたフサイン・イブン・アリー・イブン・アビー=ターリブ(/アビー・ターリブ)という表記が多いが、アラビア語圏では通常ファーストネーム部分に定冠詞をつけたالحسين(al-Ḥusayn, アル=フサイン)の形が用いられている。このようなファーストネームに定冠詞アルがついている人名は近現代以前のアラブ人にしばしば見られ、アラビア語文法書は定冠詞が無いものとの間に微妙なニュアンスの差があると定義[4]している。フルネームの直訳は「アブー=ターリブ(/アブー・ターリブ)の息子であるアリーの息子 アル=フサイン」。
中世の科学者。直訳は「アル=ハイサムの息子」で、アル=ハイサムという定冠詞のついたファーストネームを持つ男性を父祖とする一家の出身であることを示すため実際には「アル=ハイサム家の者、アル=ハイサム家出身男性」に相当する意味合いになる。日本ではアル=を抜いたイブン・ハイサムという表記が多い。ファーストネームを出さずに出身の家名を用いイブン(~の息子)という語と組み合わせたもので、中世のアラブ系学者「イブン・◯◯」に関しては◯◯が実父の名前ではなく何代も前の先祖男性のファーストネームであることがほとんど。「イブン・◯◯」のまとまりが日本の名字・家名・姓に近い働きをしているケース。
アッバース朝第5代カリフ。意味は「正しき道に導かれし者ハールーン」で、限定名詞扱いであるファーストネームのハールーン(聖書のアーロンに相当)に形容詞رشيد(rashīd, ラシード,(イスラーム的に)正しき道に導かれた)を修飾させるため文法上必要となった定冠詞ال(ʾal-, アル=)を添えたもの。直後の子音rに合わせアル=ではなく発音変化したアッ=となっている。
アラブ世界のサッカーチームによくあるクラブ名。日本ではアル・イッティハード、アル・イテハドといった表記も見られる。英語のThe United(ザ・ユナイテッド)に相当。

西洋の人名におけるアル[編集]

西洋の人名の通称・愛称。「Alfred(アルフレッド)」「Alfons、Alphonse(アルフォンス)」「Albert(アルバート)」などが正式な名前。

その他[編集]

ar
alu
中国語、漢字の音写
  • 阿魯 - 金王朝の皇族。

脚注[編集]

  1. ^ محاضرات النحو2- المحاضرة 29 - المعرف بأداة التعريف” (アラビア語). جامعة أهل البيت عليهم السلام (2017年5月24日). 2022年12月5日閲覧。
  2. ^ الاتحاد, صحيفة (2010年11月28日). “أسماء «الدلع» صرعة كل الثقافات والأزمان” (アラビア語). صحيفة الاتحاد. 2022年12月5日閲覧。
  3. ^ سامي الجابر: والدتي يمنية ونحن من جماعة دهام بن دواس” (アラビア語). صحيفة الوئام الالكترونية (2022年4月15日). 2022年12月6日閲覧。
  4. ^ دليل السالك إلى ألفية ابن مالك”. 2022年12月8日閲覧。

関連項目[編集]