サーニー家

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サーニー家(آل ثاني Āl-Thānī)は、現在のカタール首長王族マアーディード族(المعاضيد al-Ma'ādīd) (Al-Maadeedに属する。

カタールは1766年にクウェートから移住してきたハリーファ家 (Al Khalifa familyが支配し、さらにペルシャからバーレーン島を奪うとハリーファ家が支配するバーレーンの統治下にあった。サーニー家はカタール土着の豪族で、19世紀前半に度々反旗を翻すが1840年に1度鎮圧される[1]。その後も抗争は続き、 19世紀中頃よりイギリスと提携し、イギリスの保護領の形でカタール支配を確立した。現在は独立国カタールをサーニー家の世襲による首長制(絶対君主制の一種)で治めている。

首長以外の一族の影響力も強く、2002年の内閣閣僚の6割はサーニー家が占めていた[1]が、2013年6月にタミームが首長となり新たに任命した20人の閣僚の内、サーニー家は首相を含め3人であった[2]。 また、サーニー家以外では、アティーヤ家(Attiyah)がカタールの有力家族であり[1]、現在の外務大臣ハーリド・ビン・ムハンマド・アル=アティーヤや現国防大臣のハマド・ビン・アリー・アル=アティーヤがいる[2]。また、アブドゥッラー・ビン・ハマド・アル=アティーヤ (Abdullah Bin Hamad Al-Attiyahが国副首相兼エネルギー・工業大臣として2007年11月に来日している[3]

名前について[編集]

アール=サーニー家の一族の名前の始めには、よく「H.H.」(HH)が使われる。これは英語"His(Her) Highness"の略であり、王族に対する称号である。現在のカタールの場合は首長一家全員に与えられる[4](アラブ各国で事情が異なるので注意)。

「H.E.」は"His/Her Excellency"を意味し、現在のカタールでは政府機関の長などに与えられる称号である。ただし、H.H.の称号が許されている者はH.H.が優先される[4]

「Shaikh」(シェイク、男性)、「Shaikha」(シャイハまたはシェイカ、女性)は「長」を意味する称号で、現在のカタールでは首長一族全員に与えられる[4]

「bin」は「誰々の息子」を意味する接続詞で、「本人・ビン・父・ビン・祖父」のように使われる[4]。「bint」は「誰々の娘」を意味する。

「Amir」は首長を意味する称号である[4]

サーニー家(アール=サーニー)の主な人物の一覧は、下記の通りである。本記事では男子に関しては、名前のうち本人の名と父の名(「本人・ビン・父」)のみを記す。

歴代首長[編集]

  1. サーニー・ビン・ムハンマド(Sheikh Thani bin Muhammed)
    アール=サーニー家の創始者。1825年から1850年までカタール初代ハーキムHakim)。
  2. ムハンマド・ビン・サーニー英語版(Sheikh Muhammad bin Thani)
    1850年から1878年までカタール2代目ハーキム。
  3. ジャーシム・ビン・ムハンマド英語版(H.H.Sheikh Jassim bin Muhammed Al Thani)
    1878年から1913年までカタール初代アミール
  4. ムハンマド・ビン・ジャーシム英語版(H.H.Sheikh Muhammed bin Jassim Al Thani)
    1913年から1914年までカタール2代目アミール。第一次世界大戦時、イギリスと提携した。
  5. アブドゥッラー・ビン・ジャーシム英語版(H.H Sheikh Abdullah bin Jasssim Al Thani)(1880年 - 1957年
    1914年から1945年1946年から1949年までカタール3代目アミール。
  6. アリー・ビン・アブドゥッラー英語版(H.H.Sheikh Ali bin Abdullah Al Thani)(1895年 - 1974年
    1949年から1960年までカタール4代目アミール。
  7. アフマド・ビン・アリー英語版(H.H.Sheikh Ahmad bin Ali Al Thani)(1917年 - 1977年
    1960年から1972年までカタール5代目アミール。イギリスから独立時の首長。
  8. ハリーファ・ビン・ハマド(H.H.Sheikh Khalifa bin Hamad Al Thani)(1932年 - )
    6代目アミール、在位1972年 - 1995年。アフマドの従兄弟、ハマドの父。5代目アミールのアリーの時に皇太子だったが、譲位はアリーの子アフマドになされ、ハリーファは首相となった[1]。1972年、無血クーデターに成功し、6代目アミールとなる。1995年、外遊中に息子ハマドに追放されるが、2004年10月に帰国[5]
  9. ハマド・ビン・ハリーファ(H.H.Shaikh Hamad bin Khalifa Āl-Thānī)(1952年 - )
    カタールの前首長(7代目アミール、在位1995年6月25日 - 2013年6月25日)。ハリーファの子。2006年時点で10人の息子がおり[6]、息子は順不同にTamim, Jassim, Joaan, Khalifa, Mohammed。娘は順不同にal-Mayassa, Hind[7]
  10. タミーム・ビン・ハマド(HH Sheikh Tamim Bin Hamad AL-THANI)(1980年7月3日 - )
    現在の首長(8代目アミール、在位2013年6月25日[8] - )。ハマドの子、ジャーシムの弟、モーザ皇太后の第2子。2005年1月8日にSheikha Jawahar bint Hamad bin Sohaim ath-Thaniと結婚[7]

現在の主要人物[編集]

元首相(在職1996年10月29日 - 2007年4月3日)。前首長ハマドの異母弟。
前首長ハマド・ビン・ハリーファの第2夫人。ハマドの母と同じミスナド家出身。現首長タミーム・ビン・ハマドの母[9]
  • ハマド・ビン・アブドッラー(H.H Sheikh Hamad bin Abdulla bin Khalifa Al-THANI)
アブドッラー・ビン・ハリーファの長男で、QIPCOのCEO。
元首相(在職2007年4月3日 - 2013年6月25日)。前首長ハマド・ビン・ハリーファの従兄弟。
首相(在職2013年6月26日 - )。
前首長ハマドの三男。第2夫人モーザ皇太后の第1子[6]。現首長タミームの同母兄。皇太子だったが2003年8月に廃され、代わって弟タミームが皇太子となった[5]。廃太子の理由は公式には明らかではないが、重度の糖尿病のためとの噂がある[6]
前首長ハマドの子。ジャーシム、タミームの同母弟。
元内務大臣。
シャールジャ国際空港の管理者。
  • サウード・ビン・アブドゥッラフマーン(Sheikh Saud bin Abdulrahman AL-THANI)
カタールオリンピック委員会専務理事。

注釈、出典[編集]

関連項目[編集]