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アラカン・ロヒンギャ救世軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アラカン・ロヒンギャ救世軍
指導者 アタウラー・アブ・アマー・ジュヌニ(Ataullah abu Ammar Jununi)[1][2]
活動期間 2013年 (2013)[3] – 現在
2016年10月9日 (2016-10-09) –現在
活動地域 ラカイン州北部
バングラデシュ・ミャンマー国境
主義
規模 ~200 (2018年1月)[4][5]
500[6]–600[7] (2016–17 推計)
敵対勢力

State opponents:
ミャンマーの旗 ミャンマー

バングラデシュの旗 バングラデシュ
Non-state opponents:
アラカン軍[8]
ロヒンギャ連帯機構
戦闘と戦争

ロヒンギャ#ロヒンギャ危機

ミャンマー内戦 (2021年-)
テロ組織指定者
Flag
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アラカン・ロヒンギャ救世軍(アラカン・ロヒンギャきゅうせいぐん、ビルマ語: အာရကန်ရိုဟင်ဂျာ ကယ်တင်ရေးတပ်မတော်、英語: Arakan Rohingya Salvation Army)は、ミャンマー西方のラカイン州で活動する反政府武装組織。略称ARSA。指導者はアタウラー・アブ・アマー・ジュヌニ(Ataullah abu Ammar Jununi)。

結成

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2012年にミャンマー各地で起きた反ムスリム暴動は、ミャンマーの内外のムスリム・コミュニティで大きな反響を生んだ。

アタウラー・アブ・アマー・ジュヌニ(Ataullah abu Ammar Jununi)もその1人である。アタウラーはパキスタンのカラチ出身のロヒンギャ移民で、家族でサウジアラビアに移住した後、富裕層の子弟の家庭教師をするなどして、わりと裕福な生活をしていたところ、2012年から2013年にかけてのミャンマーにおけるムスリムと仏教徒の衝突を知ったことをきっけに、ロヒンギャ・ナショナリズムに目覚めたのだという。

パキスタンに帰国したアタウラーは、サウジアラビアの富裕層やサウジアラビア在住のロヒンギャからの寄付からなる豊富な資金をバックに、ターリバーンなどのイスラム過激派の協力を取り付けようとしたがことごとく失敗。その後、仲間たちと一緒にバングラデシュに密入国し、2013年、コックスバザールの難民キャンプでARSAを結成した[11]。アタウラー含めて中心メンバーはパキスタン人で、ミャンマー語もベンガル語も話せないとのことだが[12]、少数ながらウズベキスタン人、マレー人のメンバーもおり、バーティル・リントナーは、これをもって彼らがジハードに殉じる組織ではないかと分析している[13]。

ミャンマー情勢の分析で有名な安全保障の専門家・アンソニー・デイビスは「国際的なイスラム教聖戦主義や『イスラム国』(IS)、アルカイダと、何も実質的につながっていない」と分析しているが[14]、バングラデシュ側の報道によると、ハルカトゥル・ジハード・アル・イスラーミー(HUJI)などのバングラデシュの過激派組織の支援を受けていた可能性が高いのだという[12]。

ARSAのメンバーはバングラデシュやラカイン州北部に潜伏しながら、軍事訓練を受け、メンバーを募り、兵器を入手して勢力拡大を図っていた[12]。

ロヒンギャ危機

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2016年10月19日、ARSAは、350人ほどの集団でラカイン州の国境警備隊の複数の監視所を襲撃、警察官9名を殺害し、兵器を強奪した。この時のARSAの兵器は貧相で、わずかな銃器の他は、鉈や鋭くとがらせた竹の棒を使用していたのだという[14]。国軍はこの襲撃に対して大がかりな掃討作戦を実行して、結果的に約7万人のロヒンギャがバングラデシュに流出。当時、ARSAは世間に知られておらず、ロヒンギャ連帯機構(RSO)の犯行が疑われたが、やがて件の武装勢力は「ハルカ・アル・ヤキン」(信仰の運動)という名前で、サウジアラビア出身のムスリムがリーダーであり、豊富な資金を持ち、外国で訓練を受けていたということがメディアやSNSで知られるようになった[12]。

そして2017年8月25日、新メンバーを加え、兵器を増強したARSAは、今回は組織名を明らかにして、鉈や竹槍で武装化した集団がラカイン州の約30ヶ所の警察署を襲撃し[15]、数日間の戦闘で治安部隊に14人、公務員に1人を殺害した。これに対して国軍はロヒンギャ住民の殺害や村々の放火を伴う掃討作戦を展開し、結果的に約70万人と言われるロヒンギャ難民がバングラデシュに流出する未曾有の事態となった。なおこの際、ARSAはヒンドゥー教徒の人々を虐殺したとも伝えられている[16]。国軍の弾圧後、ARSAのスポークスマンは「攻撃は国軍の反撃を呼び起こすのが目的だった」と語ったが、バーティル・リントナーは、その目的を(1)国際的な注目を集めること(2)それによって資金を調達すること(3)兵士をリクルートすること、と分析している[13]。

2018年8月25日、ARSAは襲撃から1周年を迎えた節目となる日に、ツイッターでロヒンギャの保護と安全かつ尊厳ある帰還は、正当な権利であるとするコメントを発表した[17]。2017年の襲撃の際に自身にも多数の死傷者が出たものの、コアメンバーは無傷だったと伝えられているARSAだが[12]、以後、国軍に対する武装闘争を止め、アタウラーも公に姿を現していない。

その後、バングラデシュコックスバザールにあるロヒンギャの難民キャンプが、2020年ので新型コロナウイルスの感染拡大により、キャンプの警備が手薄になった隙を突いて、ARSAのメンバーがキャンプに潜入し、みかじめ料の徴収や徴兵を行い始めたと伝えられている。バングラデシュ政府はミャンマー側が帰還を拒否する口実とすることを避けるために「難民キャンプにARSAのメンバーはいない」としているが、2020年12月現在でキャンプ内に1500人ほどの勢力がいるものと推定されている[18]。

2021年クーデター後

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2022年後半になって、バングラデシュ当局もキャンプにおけるARSAの存在を認め、幹部の逮捕と組織の解体に着手し始めた。2023年~2024年の間、ARSAとRSOはコックスバザールにあるロヒンギャ難民キャンプで激しく支配権を争い、RSOが優勢で、多くのARSAのメンバーがRSOに逃亡し、ARSAは潜伏を余儀なくされた。しかし、それでもARSAはキャンプからは一掃されず、RSOと違ってミャンマー国内の拠点も維持した[19][20]。ただ、両組織とも、互いのメンバーだけでなくキャンプ内のリーダーや教育者を殺害したり難民を身代金目的で誘拐する事件を起こし、ロヒンギャ一般からは自身らを代表する組織とは思われていずテロ組織に近い受け止め方をされている[21]。ARSAが、ラカイン族を含む非ムスリムの村々を襲撃し、人々を虐殺しているという報道もされている[22]。

この両組織以外にも、キャンプには、アラカン・ロヒンギャ軍(英語版)(ARA)、ロヒンギャ・イスラミ・マハズ(英語版)(RIM)、ムンナウ・グループ(Munnah group)などの小規模な武装組織があり、いずれもまたメタンフェタミンの違法取引にも関わっていると伝えられている[19]。

2024年初頭、アラカン軍(AA)がラカイン州北部に進軍し始めたのをきっかけに、国軍は当地でロヒンギャの若者を徴兵し始めた。当初は強制的なものだったが、同年5月~8月にかけてAAがロヒンギャ虐殺事件を起こしたことにより、志願兵も増えていった。また、国軍は資金・兵器の提供および市民権付与の約束と引き換えにARSA、RSO、ARAなどのロヒンギャの武装勢力との協力関係も構築した[23]。そしてロヒンギャの武装勢力が国軍と協力したことは、ラカイン族との間に深刻な亀裂をもたらした。結局、ラカイン州北部はAAに占領されたが、国軍、AA、ロヒンギャ武装勢力で数千人の戦死者を出し、新たに20万人近くの難民がバングラデシュへ逃れる事態となった[19]。

そして、2024年11月8日、ARSA、RSO、ARA、RIMの4組織は、国軍・国境警察隊と親密なロヒンギャ実業家・ディル・ムハンマド(Dil Mohammad)の仲介で、「ミッション・ハーモニー」という非公式合意を締結、難民キャンプでの停戦と、協力してAAと戦うことで合意した。この合意により、難民キャンプ内の殺人等の暴力事件は激減して治安が回復する一方、各武装勢力は公然と徴兵を行うようになり、志願兵も増加していった。各武装勢力は宗教指導者とも協力して、キャンプ内で団結集会を頻繁に開催し、AAとの戦いをジハードと定義づけ、人々を鼓舞した。2024年末~2025年半ばまでに徴兵された若者の数は3,000~4,000人にも上ると言われている[24]。

ARSAはラカイン州北部で散発的に戦闘を行っているが、その標的は主に一般市民で、2024年半ば~2025年半ばにかけて20人の市民を殺害し、30人を負傷させたのだという。ARSAは戦闘の様子を撮影してSNSに投稿しており、マレーシアやサウジアラビアに住む在外ロヒンギャからの資金集めに活用している[19]。

2025年3月18日、バングラデシュ・ナラヤンガンジで当局によりアタウラーが逮捕された[25]。当局が彼を逮捕したのは「融通が利かない」ことが理由だったのだという[19]。アタウラー逮捕後はARSAスポークスパーソンを務めていたマウラナ・ボーハン(Maulana Borhan)が新たな指導者に就任した[26]。

脚注

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  1. ↑ J, Jacob (15 December 2016). “Rohingya militants in Rakhine have Saudi, Pakistan links, think tank says”. 2017年8月26日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年8月26日閲覧.
  2. ↑ Millar, Paul (16 February 2017). “Sizing up the shadowy leader of the Rakhine State insurgency”. Southeast Asia Globe Magazine. 2017年2月24日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年2月24日閲覧.
  3. ↑ Winchester, Mike. “Birth of an ethnic insurgency in Myanmar” (アメリカ英語). 2022年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年9月13日閲覧.
  4. ↑ Olarn, Kocha; Griffiths, James (11 January 2018). “Myanmar military admits role in killing Rohingya found in mass grave”. CNN. 2018年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年1月16日閲覧.
  5. ↑ “'Beyond comprehension': Myanmar admits killing Rohingya”. www.aljazeera.com. 11 January 2018. 2018年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2018年1月16日閲覧.
  6. ↑ Katie Hunt. “Myanmar Air Force helicopters fire on armed villagers in Rakhine state”. CNN. 2016年11月15日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2016年11月15日閲覧.
  7. ↑ Bhaumik, Subir (1 September 2017). “Myanmar has a new insurgency to worry about”. South China Morning Post. 2017年10月9日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年10月8日閲覧.
  8. ↑ Mathieson, David Scott (11 June 2017). “Shadowy rebels extend Myanmar's wars”. Asia Times. 2022年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年6月13日閲覧.
  9. ↑ Kyaw Thu, Mratt; Slow, Oliver (28 August 2017). “With ARSA attacks, northern Rakhine plunges into new, darker chapter”. Frontier Myanmar (英語). 2017年8月29日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2017年8月29日閲覧.
  10. ↑ “List of Individuals, Entities and Other Groups and Undertakings Declared by the Minister of Home Affairs As Specified Entity Under Section 66B(1)”. Ministry of Home Affairs of Malaysia. 2021年9月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年3月4日閲覧。
  11. ↑ “自由の戦士か災いをもたらす者か?ロヒンギャ武装組織指導者 異色の人生”. www.afpbb.com (2017年10月1日). 2024年9月7日閲覧。
  12. 1 2 3 4 5 日下部尚徳,石川和雄『ロヒンギャ問題とは何か』明石書店、2019年9月、37-62頁。
  13. 1 2 “Rohingya Refugee Crisis: It’s Not Muslims vs. Buddhists, Says Writer Bertil Lintner”. The Irrawaddy. 2017年12月11日.
  14. 1 2 “【ロヒンギャ危機】 ロヒンギャ武装勢力の真実”. BBCニュース (2017年10月13日). 2024年9月7日閲覧。
  15. ↑ “ミャンマーの少数民族ロヒンギャ、衝突受け多数が隣国に避難”. BBC NEWS JAPAN. BBC (2017年8月28日). 2026年8月25日閲覧。
  16. ↑ 「【ロヒンギャ危機】武装勢力、ヒンドゥー教徒100人近くを大量虐殺か=人権団体」『BBCニュース』。2024年9月7日閲覧。
  17. ↑ “大弾圧から1年、警察襲撃のロヒンギャ武装組織が声明 難民らはデモ”. AFP (2018年8月25日). 2018年8月25日閲覧。
  18. ↑ ロヒンギャ難民武装組織が勧誘 バングラのキャンプ治安悪化『読売新聞』2020年(令和2年)12月29日夕刊13版、8面
  19. 1 2 3 4 5 “Bangladesh/Myanmar: The Dangers of a Rohingya Insurgency | International Crisis Group” (英語). www.crisisgroup.org (2025年6月18日). 2025年7月20日閲覧。
  20. ↑ “Breaking Away: The Battle for Myanmar’s Rakhine State”. 国際危機グループ. 2024年9月8日閲覧。
  21. ↑ 増保千尋 (2024-9-24). “見過ごされるロヒンギャの惨状”. ニューズウィーク日本版 (CCCメディアハウス).
  22. ↑ globalarakannetwork (2024年8月3日). “Untold and Unheard: The Rise of ARSA and RSO Terrorism in Maungdaw, northern Arakan” (英語). Arakan Network. 2024年8月5日閲覧。
  23. ↑ “In world's largest refugee camps, Rohingya mobilise to fight in Myanmar”. Reuters (アメリカ英語). 2026年5月30日閲覧.
  24. ↑ “Bangladesh/Myanmar: The Dangers of a Rohingya Insurgency | International Crisis Group” (英語). www.crisisgroup.org (2025年6月18日). 2025年7月20日閲覧。
  25. ↑ “ARSA leader Ataullah arrested in Narayanganj”. Financial Express (英語). 2025年3月18日.
  26. ↑ “‘New leader takes charge of ARSA in Rohingya camps’”. Daily Star (英語). 2025年3月21日.

関連項目

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  • アラカン軍 - 仏教徒のラカイン族(アラカン族)からなる民兵組織。元来はカチン独立軍の分派(ラカイン族部隊)だったが、アラカン・ロヒンギャ救世軍に対抗する形で急成長。また、ミャンマー軍との武力衝突も発生している。
  • ロヒンギャの民族運動