高野進

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高野 進
Susumu TAKANO
Portal:陸上競技
選手情報
国籍 日本の旗 日本
種目 短距離走
所属 東海大学
東海大学大学院
東海大AC
生年月日 (1961-05-21) 1961年5月21日(62歳)
生誕地 静岡県富士宮市
身長 178cm
体重 69kg
引退 1996年1月
自己ベスト
200m 20秒74(1986年10月15日)
400m 44秒78(1991年6月16日)
獲得メダル
日本の旗 日本
陸上競技
アジア競技大会
1982 ニューデリー 400m
1986 ソウル 400m
1986 ソウル 4×400mR
1990 北京 200m
1990 北京 4×100mR
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高野 進(たかの すすむ、1961年5月21日 - )は日本陸上競技選手、指導者。

富士市立吉原商業高等学校東海大学体育学部卒業。東海大学大学院修了。男子400mの日本記録保持者である。東海大学体育学部競技スポーツ学科専任教授、東海大学陸上競技部短距離ブロックコーチ。日本スプリント学会会長。日本陸上競技連盟の強化委員会短距離部長、理事、強化委員長を歴任する[1]北京オリンピックおよびロンドンオリンピック陸上競技日本選手団監督。静岡県富士宮市出身。

経歴・人物

高校から陸上競技に本格的に取り組む。当初は棒高跳を専門にしていたが高校1年時の練習中にひざを故障、足が速かったこともあって短距離に転向し、400mを中心としたスプリンターとなる[2]。東海大学進学時は文学部に入学したが後に体育学部へ進み、学部卒業の後は大学院修了を経て母校の講師に就任した[3][4]。1991年の世界選手権400mは決勝進出を果たして45秒39で7位入賞。1992年のバルセロナ五輪400mでも決勝進出、日本のオリンピック短距離選手として1932年ロサンゼルス五輪吉岡隆徳以来となる60年ぶりのファイナリストとなり45秒18で8位入賞の成績を残した[5]

オリンピックロサンゼルスソウルバルセロナ世界選手権ヘルシンキローマ東京といずれも3大会連続で出場した。アジア競技大会は1982年ニューデリー大会、1986年ソウル大会、1990年北京大会の3大会連続で選出され、400mはニューデリ-・ソウルの2大会連続で優勝するなど4枚の金メダルを獲得した[6]日本選手権は200mを1度(1983年)、400mで7度(1982、1985-88、1991-92年)の優勝を飾った。

日本記録は200mと4×100mリレーをそれぞれ1回、4×400mリレーを2回、そして400mは1982年5月の第61回関東学生陸上で46秒51を記録して以来13回にわたって更新した[7]。1991年第75回日本選手権400m決勝で記録した44秒78は2012年3月現在も日本記録である。

1994年にアリゾナ大学へ1年間留学[8]、この渡米中にカール・ルイスのコーチであったトム・テレツから理論指導を受けている[9]。1995年から母校の陸上競技部短距離ブロックコーチを務め、1996年1月に競技生活を引退した後は母校を拠点に研究を続けている[10]。コーチとして末續慎吾宮崎久山口有希塚原直貴らを指導。末續を世界選手権200m日本人メダリスト、日本記録・アジア記録保持者へと育て上げた。また2003年に発足した日本オリンピアンズ協会の理事を務めた[11]。2006年には神奈川県厚木市にレストランを開業している[12]。2008年に特定非営利活動法人日本アスレティックスアカデミー(現・日本ランニング振興機構)を設立して理事長を務め、日産スタジアム・アスレティクスアカデミーなどの陸上教室を開催して幅広い年齢層を対象に陸上の楽しさを教えている[13][14]

主な成績

大会 場所 種目 結果 記録 備考
1982 アジア競技大会 ニューデリー 200m 6位 21秒68
400m 1位 46秒65
1983 世界選手権 ヘルシンキ 400m 二次予選3組5着 47秒06
4×400m 準決勝1組6着 3分07秒11
1984 オリンピック ロサンゼルス 400m 準決勝1組8着 45秒88
4×400m 準決勝1組8着 3分10秒73
1986 アジア競技大会 ソウル 400m 1位 45秒00 日本新記録
4×400m 1位 3分02秒33 アジア新記録
1987 世界選手権 ローマ 400m 二次予選2組5着 45秒81
1988 オリンピック ソウル 400m 準決勝1組8着 45秒88
4×100m 準決勝1組5着 38秒90 日本新記録
4×400m 準決勝2組6着 3分03秒80
1990 アジア競技大会 北京 200m 1位 20秒94
4×100m 3位 39秒61
1991 世界選手権 東京 400m 7位 45秒39
4×400m 予選1組4着 3分01秒26 日本新記録
1992 オリンピック バルセロナ 400m 8位 45秒18
4×400m 予選1組3着 3分01秒35
『日本陸上競技連盟七十年史』(1995), Sports Reference より

著作

関連書籍

脚注・出典

  • 日本陸上競技連盟七十年史編集委員会編 『日本陸上競技連盟七十年史』 日本陸上競技連盟、1995年。
  • Susumu Takano - sports-reference.com
  • Asian Games - アジア陸上競技連盟
  1. ^ 日本経済新聞 2007年3月13日朝刊、41ページ
  2. ^ 読売新聞 2005年1月9日東京朝刊、静岡版、静岡2面、33ページ
  3. ^ 朝日新聞 1996年6月8日朝刊、静岡版、静岡面
  4. ^ 髙野進プロフィール 日本ランニング振興機構. 2012年3月15日閲覧
  5. ^ 読売新聞 1992年8月4日東京夕刊、夕一面、1ページ
  6. ^ 日本陸上競技連盟七十年史編集委員会 (1995). 1097-1099ページ
  7. ^ 日本陸上競技連盟七十年史編集委員会 (1995). 704, 706, 713, 714ページ
  8. ^ 読売新聞 1994年4月13日東京朝刊、スポーツB面、18ページ
  9. ^ 日本経済新聞 2003年8月5日夕刊、13ページ
  10. ^ 日本経済新聞 1996年1月26日朝刊、37ページ
  11. ^ 9月5日「日本オリンピアンズ協会(OAJ)」発足 日本オリンピック委員会 (2003-09-08). 2012年3月15日閲覧
  12. ^ aff(あふ)バックナンバー 旬のインタビュー 第5回 東海大学助教授 高野 進さん 農林水産省(2007-08). 2012年3月15日閲覧
  13. ^ 各アカデミーの紹介 日本ランニング振興機構 2012年3月15日閲覧
  14. ^ 読売新聞 2007年7月7日東京夕刊、子供A面、10ページ

関連項目

外部リンク

先代
豊田敏夫
男子200m日本記録保持者
1986/10/15 - 1993/5/23
次代
井上悟
先代
友永義治
男子400m日本記録保持者
1982/5/23 -
次代
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