航空学生

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米軍管制官と質疑応答する航空自衛隊の航空学生

航空学生(こうくうがくせい 英語: Aviation Cadet)とは、航空自衛隊における操縦士海上自衛隊の航空機操縦士並びに戦術航空士の養成・課程在学中の自衛官である者の呼称。略称は『航学』。

海上自衛隊の採用者は『海上要員』、航空自衛隊の採用者は『航空要員』とも呼ばれる。

概要

航空要員が初等練習で搭乗するT-7
海上要員が初等練習で搭乗するT-5

軍が航空機を利用し始めた頃は、必要とされる能力の高さから操縦訓練は少年期から開始するべきという考えにより、1920年代にイギリス軍において創設された少年技術兵制度から優秀な航空兵が誕生したことから、旧日本軍でも航空機の操縦に専念する年少者を兵で採用し専門教育の修了後に下士官として扱う陸軍少年飛行兵(少飛)と海軍飛行予科練習生(予科練)からなる少年航空兵制度を運用していた。

しかし航空機の利用が進むにつれて単純な格闘戦や輸送だけでなく、戦略爆撃、戦術偵察、対潜哨戒、捜索救難など高度な判断力と権限が求められる任務が増えてきたため、第二次世界大戦後には多くの国で航空機の操縦は士官に限られるようになった。しかし航空自衛隊、海上自衛隊では操縦技量が高かった予科練の制度を引き継いだ航空操縦学生制度を創設し、後に航空学生と改称した。

現在では操縦士・戦術航空士共に主要な供給源であり、特に操縦士の約70%が航空学生出身である[1]

海上自衛隊は小月教育航空群小月教育航空隊(小月航空基地)、航空自衛隊は第12飛行教育団航空学生教育群(防府北基地)にて、座学ないし実技の教育訓練が行われる。

航空学生として各自衛隊に入隊すると2士に任用され半年後に1士、1年後に士長、2年間の航空学生課程修了と同時に三曹に昇任。その後は飛行幹部候補生として航空機に搭乗して訓練を行う操縦士基礎共通課程に進む。基礎課程合格後に固定翼・回転翼・戦術航空士に振り分けられ、機種・職種ごとに分かれた約2年の訓練課程に進む。全課程修了後に事業用操縦士を取得するとウイングマーク(航空機搭乗員徽章)を授与され、正式な操縦士となる。ウイングマーク授与後、海上要員は副操縦士として約2年間の部隊勤務を経験、航空要員は戦闘機(機種別)と救難機輸送機に分かれた課程を修了後に部隊勤務を経験する。

海上・航空自衛隊共に入隊から5年半で幹部候補生学校に入校し半年間の教育を受け、卒業後に幹部自衛官として三尉昇任し、編隊長(航空要員)、機長(海上要員)となる資格を得る。

1993年度から女性の採用(航空自衛隊は戦闘機、偵察機以外)を開始し[2]、2015年11月に性別よる機種制限を撤廃した[3]

旧日本陸軍には所沢陸軍飛行学校などの操縦士を養成する軍学校が存在したが、陸上自衛隊に航空学生制度は存在せず、地上部隊の中から飛行要員の選抜を行う陸曹航空操縦学生制度を運用している。

海上保安庁は固定翼機操縦士の訓練を海上自衛隊に委託しているため、海上要員と共に訓練を受ける。

航空学生課程

入隊先

  • 海上自衛隊航空学生(海上要員)
    • 山口県下関市の海上自衛隊小月教育航空群小月教育航空隊
  • 航空自衛隊航空学生(航空要員)
    • 山口県防府市の航空自衛隊第12飛行教育団航空学生教育群

課程の概要

  • 1年目
基礎教育として自衛官に必須の服務[4]や陸上警備の他、陸上自衛隊の演習場で戦闘訓練なども行う[5]
座学は英語・数学・物理が中心であるが、幹部自衛官に必要な教養として防衛学や哲学、心理学なども学ぶ[4]
  • 2年目
航空力学、電子理論、航空英語、航空生理など、操縦士に必要な専門教育[6]に加え、操縦訓練に備え落下傘による降下訓練などを行う[4]

昇任

  • 航空学生(曹候補者)の課程
    • 採用時:2等海士または2等空士(2士)
    • 採用から約6か月後:1等海士または1等空士(1士)
    • 採用から約1年後:海士長または空士長(士長)
    • 採用から約2年後:3等海曹または3等空曹(3曹
  • 飛行幹部候補生の課程
    • その後順次:2等海曹または2等空曹(2曹)、1等海曹または1等空曹(1曹)、海曹長または空曹長(曹長
  • 採用から約6年後:3等海尉または3等空尉(3尉

ただし、現に自衛官である者が航空学生として採用された場合は、その者の現階級あるいはこれと同位の階級の海上自衛官若しくは航空自衛官に異動させて航空学生が命ぜられる。

受験資格

  • 日本国籍を有し、18歳以上21歳未満で、次のいずれかに該当する者
  1. 高等学校卒業者または中等教育学校卒業者(卒業見込みの者も含む)
  2. 高等専門学校3年次修了者(修了見込みの者も含む)
  3. 高等学校卒業と同等以上の学力があると認められる者

陸上自衛官や高等工科学校生徒の者も受験可能。合格した場合は一度陸上を退職し、転官先に採用される事となる。

試験は第1次〜第3次試験まで行われ、段階的に選抜される。途中では独自基準の身体検査も行われる。

2次試験までは共通で、3次試験は海自が脳波測定など航空身体検査の一部を実施、空自は医学適性検査と実際にT-5の操縦を行う操縦適性検査を実施する。

海空を併願することも可能で、どちらにも合格判定が出た場合は希望する方を選択できる。

身体検査

主な合格基準は以下の通り。

  • 身長 - 158cm以上、190cm以下。
  • 肺活量 - 男子は3000cc以上、女子は2400cc以上。
  • 血圧 - 坐位で収縮期血圧140mmHg未満100mmHg以上、拡張期血圧90mmHg未満50mmHg以上
  • 脈拍 - 安静時100以下(1分間)
  • 視力 - 両眼とも遠距離裸眼視力が0.2以上で矯正視力が1.0以上、中距離裸眼視力又は矯正視力が0.2以上、近距離裸眼視力又は矯正視力が1.0以上で、近視矯正施術(オルソケラトロジーを含む。)を受けていないこと。
  • 視器 - 斜位、眼球運動、視野、調整力、夜間視力、色覚等に異常のない者

過去には握力検査もあったが、現在は撤廃されている。

民間のパイロットに適用される『航空身体検査[7]』と類似しているが、肺活量%肺活量ではなく絶対値であったり、身長に上限がある他、自衛官であるため刺青の禁止や自殺企図の既往歴がチェックされるなどの違いがある[4]

倍率

パイロットとして確実に就職できる最短コース[8]であるため受験倍率は非常に高い状態が続いており、航空要員は2013年採用試験では受験者2823名に対し採用者は39名(72.4倍)と非常に難関[9]であり、受験者の中には日本航空高等学校などに在籍し受験前に海外で操縦士の資格を取得している者もいる[10]。一度不合格になったが浪人し再度受験する者や航空大学校と併願する者もいる。

航空要員の女子は2014年採用が2名、2013年採用は1名と非常に少なく倍率は190倍を超えている[9]

特色

海上自衛隊生徒の冬服。胸の生徒識別章を除いて海自航空学生と同等
  • 同じ幹部候補である防大生とは違い、採用された時点で階級が指定される自衛官である。同じで入隊する自衛官候補生とは違い、入隊直後から非任期制の自衛官で防衛省の定員に含まれる。
  • 防大・一般大出身の飛行要員は上級指揮官になることを前提として地上勤務などに就かせているが、航空学生は入隊当初からパイロット・戦術航空士となることを前提とした教育訓練を受け、飛行関連部隊の中堅(現場レベル)の指揮官として育成される。
  • 最短で20歳から操縦訓練を開始し、勤務期間中も地上勤務に当たらせる事が比較的少ない為、総飛行時間は一般幹部よりも格段に多い[11]ため技量が向上する。一方で、地上勤務が少ない故に幅広い知識・経験を集める機会も少なくなり、大半が3佐どまりで定年を迎える。2佐以上に昇進したケースは下総教育航空群司令部首席幕僚や第201教育航空隊司令を経験した岡崎拓生(海上要員3期)や徳島教育航空群司令を経験した村上浩(海上要員22期)など少数である。
  • 空自は戦闘機パイロット育成が主流であるため、精神的、身体的、操縦技量に厳しい選抜基準を設けており、エリミネート率(パイロットになれない者の割合)は30〜40%といわれる。戦闘機パイロットに向かない者は輸送機や救難機などにコース変更を余儀なくされる。
  • 海自では11人前後が乗り組む哨戒機のパイロットと戦術航空士が主流であるため、身体能力や操縦技量よりも機長としての判断・指揮能力が重視される。またパイロットと戦術航空士を両方育成するため定員は70名であるが、最終的に50名程度まで絞られる。他にも、遠泳や短艇の操船など海自共通課目の他、救難機搭乗員に必須となる救命技術、短期ではあるが艦艇や潜水艦での訓練など空自には無い課目が存在する。
  • 航空学生課程を卒業した後であれば途中リタイアした者でも、航空機の整備などへコース変更が可能である。
  • 航空学生の徽章は翼の間に錨{海自}や桜(空自)を配したワッペン型のものでありウィングマークではない[12]
  • 海自の航空学生は制服が『詰襟の七つボタン』、学生歌が『若鷲の歌』の歌詞を変更した『海の若鷲]』であるなど旧日本軍の海軍飛行予科練習生の伝統を引き継いでいる。
  • 空海共にクラブ活動としてファンシードリルが盛んであり、基地祭などで披露される。
  • 候補生ではあるが課程在籍中から正規パイロットと同じく航空加給食が支給され、3曹から幹部食堂での食事が許可されるなどの特別待遇がある[13]
  • パイロットには英語が必須であるため、英語教育に時間が割かれており、英語のスピーチコンテストも実施される。
  • 戦闘や落下傘による降下など、一部の訓練は陸自の施設を利用して行う。

類似制度

外国の類似制度として中華民国空軍空軍軍官学校などがある。

アメリカでは陸軍航空隊と海軍にAviation Cadet Training Programという教育制度が存在したが、現在の操縦士はアメリカ空軍大学など航空教育の専門機関か、各軍の士官学校からの選抜者で構成されている。

著名な卒業者

  • 岡崎拓生 - 海上自衛隊航空学生第3期。第201教育航空隊司令。
  • 村上浩 - 海上自衛隊航空学生第22期。徳島教育航空群司令。
  • 二階堂裕 - 海上自衛隊航空学生第25期。
  • ロック岩崎 - 航空自衛隊航空学生第26期。戦闘機操縦士。退職後にエアショーに出演
  • 高部正樹 - 航空自衛隊航空学生課程修了。期は不明

脚注

関連項目

参考文献

  • 岩崎貴弘『最強の戦闘機パイロット』講談社、2001年。ISBN 4062106728
  • 岡崎拓生『翔べ海上自衛隊航空学生―パイロット人生38年の航跡』光人社、2911年。ISBN 978-4769827115
  • 杉山隆男『兵士を見よ』新潮社(新潮文庫)、2001年。ISBN 4101190143

外部リンク