准士官
准士官(じゅんしかん)とは、下士官出身者で士官に準じる待遇を受ける者の分類をいう。階級名としては、准尉(じゅんい)・特務曹長(とくむそうちょう)・兵曹長(へいそうちょう)などの語が当てられることが多い。
准士官の英訳には自衛隊の准尉[1]などにwarrant officer(WO)が使われるがこの用語を使う英国、米国、NATO軍を構成する国などに置いて国、軍種、歴史的に准士官の階級は士官(commissioned officer)・下士官(non-commissioned officer NCO)とは別の系統の階級、最下級の士官もしくは最上級の下士官等、別に分類され異なる。またwarrant officerは士官見習(officer candidate, officer aspirant, officer designate)や士官学校生(officer cadet)とは別のものである。これらも国や軍種で法律的立場や階級は曖昧なものから兵卒・下士官、仮の士官まで様々である。
沿革
近代的軍隊草創期においては、士官は貴族・士族等の階層の出身者によって構成された。このことから、一般の下士官が士官に昇進することは困難であった。そのため、下士官の中で功労があり特別に処遇すべき者に、士官でもなく下士官でもない士官相当の待遇を与える必要が生じた。そこで、設けられたのが准士官の制度である。英国また後の米国でのWarrant Officer(米音でウォーラント オーフィサー、英音でウォラント・オフィサ)の名称と階級は初期英国王立海軍と共に発する。当時は軍人である貴族が艦長(captain)や海尉(lieutenant)となり、王または国家より委任(commission)を受けた士官(commissioned officer)として船の指揮を取った。これらの士官達は多く船や航海等に関する知識や経験が乏しく船の船長(master)や船員に航海や操船などの技術を頼った。その為本来軍の指揮系統では無いが、船の上級職である航海士、経理官、船医、従軍聖職者、水夫長、職人長などには一般水夫や兵士とは別の待遇と権限を与える為に王または国家より認可状(warrant)が与えられ、これがwarrant officer(准士官)となった。[2][3] 米国のwarrant officerは現在もこの様な職能に基づく独立した階級である。英国海軍においてwarrant officerの役割・役職、階級、名称は兵器や装備の進歩、軍のシステムの変化(初期には海軍は民間商船を徴用し軍船とし後の時代でも艦長の責務・権限は船員の募集・徴募、給料、教育にまで及んでいた)等により士官と下士官にそれぞれ吸収されたり無くなったりした。西欧諸国では、准士官中を更に複数等級に分類する国が多い。
類型
NATO軍人階級符号では、WO-1からWO-5の符号が与えられているが、各国の定義する准士官と必ずしも一致しているわけではない。准士官制度のあり方は国によって様々であるが概ね次の類型に分けられる。
- 上級下士官型
- 准士官の階級は下士官に分類される。上級の下士官に士官に準ずる待遇を与える制度。現在の英国軍の准士官制度はこの上級下士官型に分類できる。
- 士官相当官型
- 准士官の階級は士官に分類される。1960年代までの英国海軍の准士官制度では、准士官は少尉相当官であった。1915年12月2日以降の日本海軍の特務士官はこの一種と見ることができる。
- 独立階級制度型
- 准士官の階級は士官・下士官のどちらにも分類されない。このような准士官制度の場合、NATO軍人階級符号では、WO-1からWO-5の符号が使用される。アメリカ軍の准士官制度は戦闘指揮を執る士官ではなく、軍務上必要な特殊技能を有する者を「上意下達型」の階級から切り離した独立階級制度型に分類できる。アメリカ軍の場合は、NATO軍人階級符号 OR-5以上の下士官は上級の下士官へ昇任する代わりに准士官へ転官することができる。
- 役職型
- 第二次世界大戦でのドイツ軍では「准尉」は階級でなく役職で、上級の曹長が任命された。これに対し同時期の武装親衛隊には「SS准尉」が階級として存在する。
上級下士官型
日本陸軍
大日本帝国陸軍では、当初は准士官と並んで下副官(階級としては曹長)を置いていたが、後に下副官制度は廃止された。実際日本陸海軍の准士官は概ね判任官1等であり、少尉に相当する奏任官6等とは明確に区別されていた。しかし、軍服は将校と全く同様の将校軍衣袴や将校軍刀といった軍装品を着用・佩用する事ができ、将校集会所に顔を出す事も出来る等、将校待遇がなされていた。また給与も下士官兵の月給制ではなく、将校同様に年俸制となっていた。
陸軍武官官等表(明治19年3月9日勅令第4号)では、准士官(判任官1等)として、陸軍砲兵上等監護・陸軍工兵上等監護・陸軍二等軍楽長の3種類が置かれている。
1894年に特務曹長という階級名となる(明治27年7月16日勅令第104号など)。特務曹長の呼称を用いたのは兵科准士官のみで、呼称変更前の最終段階では歩兵・砲兵・工兵・航空兵・輜重兵・憲兵の各特務曹長があった。特務曹長の名称を用いない准士官としては同じく最終的には兵科の砲兵上等工長・工兵上等工長の2つの他、各部には経理部の上等計手・上等縫工長・上等靴工長、衛生部の上等看護長・上等磨工長、獣医部の上等蹄鉄工長、軍楽部の楽長補の階級があった。1932年に陸軍准尉という階級名に変更された。終戦時に於ける階級の種類としては兵科の准尉と憲兵准尉、技術部の技術准尉、経理部に主計・縫工・装工・建技の3種、衛生部の衛生准尉・療工准尉、獣医部の獣医務准尉、軍楽部の軍楽准尉、法務部の法務准尉があった。
歩、騎、砲、工、輜重の各兵科には准尉という階級が1917年から1920年までの間にも存在した[4][5]。ただし、この場合の准尉は士官であり准士官の特務曹長の上位であった。実役停年二年以上の現役特務曹長のうち優秀者を選抜し試験に合格した者が陸軍士官学校で教育を受け准尉となった。この制度は1920年に少尉候補者制度に改められた。
准尉・特務曹長は現役定限年齢が40歳であったが、そのまま予備役に編入され除隊する者、予備役少尉に進級して引続き在隊する者、志願して試験に合格し士官学校の少尉候補者教育を受け現役少尉に進級する者があった。また日露戦争時には幹部不足を補うため戦時特例として特務曹長の優秀者を少尉に特別進級させた。このため、日露戦後の各部隊の中隊には、この准士官から戦時特別任官した年寄の尉官が一定数居た(ただし、戦時中の士官学校生徒量産のため進級停滞が起り、特別任官者の昇進は中尉までが限界であった)。
兵科部隊の特務曹長(のちの准尉)は、通例中隊附諸官の一人として人事掛を務め、中隊事務室の筆頭としてこれを主宰し、下士官兵の人事を取扱った。兵の身上調査書を維持保管し、諸勤務の割当、進級転属賞罰の立案(決裁は中隊長)、内務班の管理を行い、その思惑ひとつで兵士の運命が決まるため、「人事の特さん」等と呼ばれ恐れられ、尉官でも新任の場合、隊内を知り尽くしている特務曹長には頭が上がらないことさえあった。特務曹長は中隊事務室に席を置く他、専用の個室を持つ場合があり、配員は各中隊に1人であったが、戦時の臨時編成部隊要員としてもう1名増員される時もあり、増員分は演習掛(兵の教育)・馬掛(歩兵砲や機関銃の中隊の如く馬匹のいる中隊)などを担当した。古参の特務曹長の給与は大尉とほぼ同じであったが、小さな一戸建の家を借り、そこから部隊に通うのが普通で、将校と比べるとつましい生活振りであった。現役定限年齢が40歳なので、大抵の者は早くから予備役編入後の生活設計を立てていた。
日本海軍
大日本帝国海軍では、次のような主要な変遷がある。
- 1884年(明治17年)7月11日:准士官として、海軍兵曹上長・海軍兵曹長・海軍木工上長・海軍木工長・海軍機関工長属・海軍機関工長・海軍楽長が置かれる。
- 1886年(明治19年)7月12日:准士官(判任官1等)として、海軍上等兵曹・海軍軍楽師・海軍機関師・海軍上等技工・海軍船匠師を置く。
- 1915年大正4年12月2日勅令第216号別表の海軍武官官階表において、海軍兵曹長・海軍機関兵曹長・海軍軍楽長・海軍船匠長・海軍看護長・海軍筆記長の官階を、准士官から特務士官に変更。
- 1920年(大正9年)4月1日以降:1897年9月16日以降の海軍上等兵曹等の官名を改め、海軍兵曹長又は海軍(機関・軍楽・船匠・看護・主計)兵曹長とする。
海軍廃止時には海軍兵曹長のほか、海軍(飛行・整備・機関・工作・軍楽・衛生・主計・技術・法務)兵曹長が置かれていた。
官階 | 1897年~1915年 | 1915年~1920年 | 1920年~1942年 | 1942年~1945年 |
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特務士官(奏任官四等) | 特務大尉 | 大尉 | ||
特務士官(奏任官五等) | 特務中尉 | 中尉 | ||
特務士官(奏任官六等) | 兵曹長 | 特務少尉 | 少尉 | |
准士官(奏任官六等) | 兵曹長 | |||
准士官(判任官一等) | 上等兵曹 | 上等兵曹 | 兵曹長 | 兵曹長 |
自衛隊
自衛隊では、当初は幹部と曹との間には准士官に相当する階級は設けられていなかったが1970年(昭和45年)5月25日に制定された「防衛庁設置法等の一部を改正する法律」(昭和45年法律第97号)により、三等陸尉・三等海尉・三等空尉(3尉)の下、一等陸曹・一等海曹・一等空曹(1曹)[注 1]の上として、准陸尉・准海尉・准空尉(准尉)が新設された。当時の俸給月額は41,500円ないし87,600円である(同時期の3尉は44,100円ないし88,200円)。
陸海空3自衛隊の全てで「Warrant Officer」の英訳が当てられている。3自衛隊で共通の英訳が当てられている階級は准尉のみである。
現行制度の准尉は、「高い専門性を有する技術職配置」と「曹士最高位としての総括的配置」の2つの性格の位置付けがなされている他に長年の現場経験から幹部に準ずる指揮を行う立場として位置づけられている[注 2]。海上自衛隊における准尉はすべて専門的技術職であり、幹部を補佐する准幹部として配置されているが、陸上自衛隊や航空自衛隊にあっては曹士の総括的配置と専門的技術職との両方がある[6]。
陸上自衛隊
「服務指導の分野に於いて、特に慣熟した隊務経験に基づき陸曹以下を指導する職」、「整備等の分野において、機能維持上特に慣熟した技能を必要とする職」、「教育又は訓練の分野において、特定の技能について陸曹以下を指導する職」、「司令部要員等で上記の職と同等以上の責任と経験を必要とする職」として、以下のようなポストに准陸尉が配置される。昨今では初級幹部低充足から小隊長職、業務隊班長職等の幹部配置に補職させる場合もある。
海上自衛隊
「特技職における熟練者として高度の知識及び技能並びに海曹士としての長年の経験を背景に幹部を補佐する職」、「分隊士及び別に定める係士官の職務を通じ、特技職に係る専門業務及び一般業務全般について幹部を補佐し、海曹士を総合的に指導監督する職」[7]として、以下のようなポストに准海尉が配置される。初級幹部の配置に補職する場合もある。なお、先任伍長は海曹長(海曹長が配置されていない場合には、1等海曹)[8]の階級にある者が補職されるため、准海尉が充てられることはない。
- 掌船務士等(艦艇乗組みの准海尉は、主としてその特技に関する専門的事項について科長を補佐する。また、分隊の准海尉として分隊長の命を受け、内務に関する事項について分隊長を補佐する[9]。)
- 海上訓練指導隊指導官(艦艇乗組み幹部及び海曹士の術科指導を実施)
- 司令部の班長等、特技職に係る専門業務及び一般業務全般について幹部を補佐し、海曹士を総合的に指導監督する職
航空自衛隊
「曹士隊員の服務指導等に関し、指揮官を直接補佐する職」、「総括的業務を通じて曹士隊員の指導及び指揮官等の補佐に当たる職」、「特技に関する高度な専門的知識を持って指揮官の補佐及び曹士隊員の指導に当たる職」として、以下のようなポストに准空尉が配置される。なお、准空尉を幹部配置に補職する(された)事例はない。
- 隊総括准尉
- 准曹士先任
- 特技准尉
区分 | 陸上自衛隊 | 海上自衛隊 | 航空自衛隊 |
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甲階級章 | |||
乙階級章 (海自は丙) |
独立階級制度型
アメリカ軍
アメリカ軍の准士官(Warrant Officer)は、士官よりも下、下士官よりも上で、そのどちらにも属さない別個の階級であり一等から五等までの五段階に分けられており数字が大きい方が上位である。士官とも下士官とも独立した階級制度であり、本来は高度な技術を備えた専門職のための階級である。特殊な例としては、軍の内部で発生した犯罪の捜査を行うCID(犯罪捜査部)の捜査官は、将校でも下士官でもないその特性が捜査に都合がよい事もあり准士官が充てられている。アメリカ空軍の准士官は1986年に廃止された。アメリカ海軍にはWarrant Officerの階級はないがChief Warrant Officerの階級はある。
Chief Warrant Officerには給与等級 E-7(一等軍曹)、E-8(曹長)または E-9(上級曹長)に該当する階級から昇任できる。アメリカ陸軍やアメリカ海兵隊では准士官には給与等級 E-7未満に該当する階級からも昇任できる。
このように、アメリカ軍の昇任経路からみると下士官(E-7, E-8, E-9)と准士官(WO1, CW2, CW3)の階級が同等の階級として並立している。一方、待遇からみると、アメリカ軍の二等から五等准尉の給与と特権は階級によるが士官と同じである。准士官には将校の給与と同程度の給与が支払われる。しかし、アメリカ軍の給与制度は階級と勤続年数によって基本給が決まるためベテラン軍曹が新任少尉より高給であることは珍しくなく、軍歴が長く忠誠の高い者から選ばれる准士官は勤続評価が高いことが普通であり、時として将校よりも高いことすらある。一等准尉の給与は少尉よりも若干高く、二等准尉の給与は大尉/少佐とおおまかに同じ、三等准尉の給与は少佐/中佐とおおよそ同じである。
序列 | 階級名 | 略語 | 陸軍 | 空軍 (1986年廃止) |
海軍 | 沿岸警備隊 | 海兵隊 |
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W-1 | Warrant Officer One | WO-1 WO1(陸軍) |
N/A | ||||
W-2 | Chief Warrant Officer Two | CWO-2 CW2(陸軍) |
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W-3 | Chief Warrant Officer Three | CWO-3 CW3(陸軍) |
|||||
W-4 | Chief Warrant Officer Four | CWO-4 CW4(陸軍) |
|||||
W-5 | Chief Warrant Officer Five | CWO-5 CW5(陸軍) |
N/A |
脚注
注釈
出典
- ^ http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2004/2004/html/1651c1.html
- ^ Welsh, David R. (2006). Warrant: The Legacy of Leadership as a Warrant Officer. Nashville, Tennessee: Turner Publishing Company. p. 6. ISBN 978-1-59652-053-0
- ^ “A Brief History of Warrant Rank in the Royal Navy”. Naval-History.Net. 2010年4月7日閲覧。
- ^ JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A03021102600、御署名原本・大正六年・勅令第九十五号・陸軍武官官等表中改正(国立公文書館)
- ^ JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A03021257900、御署名原本・大正九年・勅令第二百四十一号・明治三十五年勅令第十一号(陸軍武官官等表)中改正(国立公文書館)
- ^ “防衛力の人的側面についての抜本的改革報告書”. 防衛力の人的側面についての抜本的改革に関する検討会 (2007年6月8日). 2010年4月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月13日閲覧。
- ^ 准海尉以下の自衛官及び自衛官候補生の経歴管理に関する達 第6条(5)(海上自衛隊達第14号・平成16年5月12日)
- ^ 先任伍長に関する達(海上自衛隊達第13号・平成15年3月11日)
- ^ 自衛艦乗員服務規則 第10章 乗組准海尉(海幕人第10346号・平成25年12月2日)